【KAC20231】地下本屋

リュウ

第1話 【KAC20231】地下本屋

 朝っぱらから、スマホに電話だ。

 通知の音とバイブが机に共鳴し、早くでろよと促している。

「はい、はい、はい、今出ますよ」と、相手に聞こえるはずもないのにと思いながら、スマホを手にした。

「おはよう、依頼したいことがあるんだ」と、はいと感情のない事務的な声に答えた。

 僕の職業は、探偵だ。調べる時間のない人や調べている事を知られたくない人に代わって調べ事をする。

 浮気調査や迷子ペット捜索やお役所関係の調べ事もやっている。

 便利屋かもしれない。

 毎日同じルーチンワークや、上役の顔色を伺いながらの忖度をするような仕事が出来ない僕が、選んだ職業だ。

 しかし、仕事量の増減が激しいのが、この職業の難しいところだ。

 数年、警備会社に勤めて資格も持っているので、警備業もできるといえばできる。

 でも、あまりきちんとしていると、高額なヤバい一歩手前の仕事もできなくなるリスクがある。

 今回、依頼は出所調査らしい。

 探しているのは、”本”だ。

 今では、インターネットの技術の進化と普及、電子書籍への移行により、紙の本が無くなっていた。

 いや、無くそうとしていた。

 ある環境団体による森林保護や自然保護のための紙の使用をしないとのこと。

 マイクロプラスチックの食物連鎖による海洋生物や人体への悪影響の懸念のため、代替として紙が使われている。

 紙の需要が増えると再生処理が追い付かず、結局、焼却することとなり、紙を使わないことにしたらしい。

 象牙製品の取引制度のように、市場に出回る紙を制限するための取引制度を設けられた。

 調査してみると、本の印刷量が本用の取引量より多いことがわかったらしい。

 そこで、その本の出所調査を依頼された。

 依頼主が、掴んだ情報では、”地下本屋”と言うものがあるらしい。

 まず、そこから探ってほしいとのことだ。

 ”地下本屋”というのは、ビルの地下街にある本屋ではなく、世間という表に出ない本屋のことだ。

 僕は、冷えたコーヒーを飲み干し、ネット検索から始めた。

 裏の仕事の検索は、普段からやっていたので、難なく”活版印刷”という地下本屋らしき店舗を見つけた。

 早速、その”活版印刷”に向かった。

 店は、地下では無かった。

 町はずれの小さな古本屋だった。ちいさな入口から店内に入る。

 古本屋と言えば、所せましと古い本が並べられ積まれていて、独特の紙やインクの匂いと何年も積み重ねられた目が痒くなりそうなホコリを被った本を想像していた。

 まさに、その通りだった。

 個人的には、本の背表紙のレトロ感が好きだった。

 トレジャーハンターのように、とんでもない本を見つけてトラブルに巻き込まれる映画なんか、ありそうだなんて考えながら、店内を見て回った。

 しばらく探索しても、普通の古本屋だった。

 店の奥の店員を見つけた。

 ボサボサの髪の毛で丸い眼鏡をかけ、KISSのTシャツにカーキのコッパンと白のニューバランスを履いていた。黒い業務用のエプロンと名札でかろうじて店員だとわかった。

「あの、すみません」僕は店員に声をかけた。

 本の前陳作業の手を止めて、なにか?と僕の顔を見た。

「新しいのないの?」店員は、不信な表情でえっと返した。

「新しいのとは?」

「新刊とかの新しいではなく、古い本の再販とかさ」

「今、紙が手に入らないので、再販はないですね」店員は、作業を続けようとした。

「ここで手に入るって聞いたんだけど……、欲しい本があるんだ、紙に印刷された」

と言って、店員の手にプリペードカードを握らせた。

 仕事の手を止め、改めて僕の顔を手にしたカードを確認し、キョロキョロと周りを見回して、小声で呟いた。

「警察とかじゃないですよね」

「警察は、プリペードカードを渡すの?」と、僕は、名刺を渡した。

「少々お待ちを……」店員は、スマホに何か打ち込み、連絡しているようだ。 

 店員は、顔を上げるとこちらへと店の奥へ案内した。

 本棚と本棚の間に、簡易的なカーテンを開けると、壁についているテンキーを押すと扉が開いた。 

 どうぞと店員が手で中へと促す。入ると後ろで扉が閉まる音とシリンダーで施錠する鈍い音がした。

 中は、新しい本でいっぱいだった。

 僕は、目を見開いた。こんな空間があるのかと見渡す。印刷から装丁までできる工場だ。

「再販本の依頼なら、このアプリを使って行ってください」

 と、スマホを突き出した。僕は、そのスマホからバーコードを読み取り、アプリをインストールした。

 ”羅針盤”と書かれたアプリを起動する。ゲストでアプリに入ることが出来た。

 この部屋の地図が出てきて、矢印が点滅する。

「矢印に沿って進んでください。僕はここで」と、店員は部屋を出て行った。

 僕は、”羅針盤”に従って、工場のような部屋を進んでいった。

 奥の重厚な扉の前まできた。

 扉のインターフォンらしき画面をタッチした。

 画面にテンキーが表れる。その時、目の前が真っ暗になった。


「目が覚めたようだね」

 僕はゆっくりと目を開けたが、眩しい光で目を開けることが出来ない。

 声は、ライトの後ろから聞こえる。

 僕は、手や足が椅子に固定され動けないことが分かった。

「君が、寝ている間に色々と調べさせてもらったよ。探偵らしいな」

「目的は、なんだね?と言っても、答えるはずはないか……」

 手足に力を入れた見たが、びくともしなかった。

「知りたいのは、紙の出所か……。

 君はどう思っているのだ。紙の本を。

 必要ないと考えているのか?

 電子化してしまえば、紙の本なんていらないとでも思っているのか?

 この組織の名前でもある”活版印刷”は、すばらしい発明だと思わないのか?

 ”活版印刷”は、それまでの書き写す作業から解放し、安く多量に人々に本を提供した。

 印刷技術の発展により、本が多量につくられ、人々に知識を与えることに成功している。

 古本屋、捨てられた本は、貧しい人の手に渡り、思想や技術を平等に手にすることが出来ようとしていたのに。

 インターネット技術やアプリによって、機械を持たないまたは、持てない者を置き去りにしょうというのか。

 君はどう思う?」

 考えてもみなかった。もしかすると、紙媒体を無くしてはいけないのかと。

「私たちは、これからもこの活動をやめる気はない」

 と言って、デジタルの目覚まし時計を僕の膝に置いた。

「私は帰ることにしよう。ルネサンスの三大発明は、なんだった?」

 言い終わると、足音が遠ざかり消えていった。

 僕は、時計を見る。

 カウントダウンしている。

 ルネサンスの三大発明は、活版印刷と羅針盤と……。


 僕は、それから何も覚えていない。

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【KAC20231】地下本屋 リュウ @ryu_labo

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