書店爆発犯の孤独に終焉を

里場むすび

爆発炎上残存書籍

 巨大な大樹だった。天を貫かんばかりにそびえ立つそれはゆうに家屋が万は入ろうという容積を持ち、事実としてそこには多くの人が住んでいた。

 樹木都市——この世界では珍しくない、都市の一形態である。

 この都市において樹皮は要塞の役割を担い、ゆえにこそ魔術的・伝統的を問わず様々な手法により頑丈化されている。

 その樹皮に今、大きな穴が空いている。

 穴からは黒煙がもうもうと上がり、周囲にはこげくさい匂いがたちこめる。火花は空気中をちりちりとただよい、衝撃に吹き飛ばされた樹皮の断片は下層の枝や砦の上に落下して、未曾有の異常事態に住民たちをおののかせる。

 ある者は困惑から現実を認識できず、またある者は外敵を討たんと躍起になり、またある者は樹皮の修繕に頭を抱え————そして、


「……ここも、外れでしたか」


 そんな人々を見下ろすように、縁の焼け焦げた樹皮の穴から、身体を出す者がひとり。

 女だ。若々しい容姿をした、耳ながの。

 服は黒と赤を基調とし、優美さと上品さを醸し出すもの。コルセットの抑制するようなラインからスカートのふわりとした膨らみは誰しもが見惚れるであろう麗しさ。

 しかし、その両手には呪符に覆われた直方体の固形物——爆弾が、いっぱいに握られていた。

 周囲の喧騒をよそに彼女はため息をつく。背後から迫り来る衛兵をヒールを履いた足で蹴りつけ悶絶させると、そのまま踊るようにステップを踏んで外——上空1000メートルはあろう中空へ。そして、まじないにより作り出した黒翼で空を滑空する。

 衛兵たちは手も足も出せず、ただ樹皮爆破の犯人が逃走するのを見ていることしかできなかった。

 すべてが終わってから、報告を受けた総督は苦虫を噛み潰したような顔で穴の縁に立っていた。

「とんでもないやつだ……あんな危険物を隠し持っていながら、検問をくぐり抜けて、樹皮の破壊をするなんて」

「修繕には少なくとも半年はかかります。この間に侵攻を受けては……」

「あの呪耳のろいみみ、一体どこの都市の者だ? ……いや、どこであろうと構わん。早急に調べろ! 周辺都市の怪しい動きは一つとして見逃すな!」

 総督は焦っていた。彼にはまだ幼い娘がいる。彼女を護り、育てるためにこの都市は必要だ。娘に災禍のふりかからぬようにするためにも、彼は万全を期す必要があった。

「ちげぇよ……あいつぁ、そんなんじゃぁ、ねぇ」

 総督に意見をしたのは、全身ぼろぼろの男だった。男は爆発が起きた現場にあった、書店の店主であった。

「では、貴様はあの女の正体にこころあたりがあると——?」

 問いつつ、総督は店主の耳に目をやる。女と同じ耳なが。忌まわしく悍ましく、道を踏み外した者の烙印たる、呪耳。

 店主は笑みとともに頷いた。

「へっ。お前にも心当たりならあるだろうさ————なんせあいつぁ、爆発を起こす前、おれにこう訊いてきたんだ——『ここに、壊れない本はあるか』ってな」


 ◆


 半年後。また別の都市にて。

 そこは火山の中、それもマグマの中に設けられた都市だった。難攻不落、どろどろのマグマがいかなる者の侵略をも拒む溶岩都市。その都市の要塞たる空気膜は爆発の衝撃で穴が空いた。流れ込む溶岩を浴びながら、女は落胆の言葉を吐く。

「ここも外れ」


 ◆


 そこは氷河の中の都市だった。

 やはり爆発させられ、都市は浸水にさらされることとなった。

「ここも」


 ◆


 そこは普通の都市だった。爆発により、都市機能に甚大な麻痺が生じた。

「はぁ……逆にあるかと期待しましたが、やはりありませんね」


 ◆


 そんなことを繰り返していたある日。

「おや……」

 女は、見覚えのある樹木都市に辿り着いた。

「情報屋も信用なりませんね。『あそこは一度試して、印も付けた』といつか言ったはずですのに」

 双眼鏡を覗けば、一箇所だけ、樹皮が比較的新しくなっているのが見えた。

「……まあ、アレはこういった特異都市にこそ生まれるもの。もう一度、寄ってみましょう」

 と、都市に入って1分もしないうちに女は捕えられた。

 多数の衛兵に組み敷かれる女を、気難しそうな若い少女が見下ろした。その軍帽も制服の徽章も、彼女が今の総督であることを表している。

「この都市に500年に一度という大損害を与えた女を、みすみす侵入させると思ったか」

「…………?」

「なにより、貴様は父の大切なものを奪おうとしたそうじゃないか。そして、父の大切な友人にも大きな損害を与えた。あの日のことはじっくりと、話を聞かせてもらうぞ」

「あーーーーーーーーーーっ!!!!」

「っ!? なっなんだ!?」

「あ、あなたはもしかして……! いえ、間違いないですね!! 確かめさせていただきます!!」

 瞬間、女はなにもないところに爆弾を出現させた。それはこの世界における常識の埒外の現象。衛兵たちは戸惑い、動くこともできない。

 そんななか、少女——現総督だけが動いた。

 爆破の瞬間、手を握る。空間を抉り取るように、未来の爆発を握り潰すように。

 果たして、凶行は未然に防がれた。

「やはり……! やはりやはりやはり!!」

 気の抜けて、抑えの甘くなった衛兵の拘束を逃れ、女は少女の手を取りに行く。

「——っ」

「そう——考えてみればそうでしたね……私がそうだったのだから、埒外書物はヒトの形をとっていてもおかしくない——そしてその、拡散と対になる収束の力————あなたが、私のつがい……だったのですね!!」

「——な、なにを言って————」

 力。たしかに女の言う通り、少女には力がある。この世の魔術や呪いとは異なる奇妙な力が。

 そして、少女には奇妙な感覚があった。女をひと目見た瞬間から。胸の裡で、とても強い、高揚感が。


「やっぱり、オタクが探していたのは、お嬢だったんだな」

 現場に現われたのは、呪耳の男だった。いつぞや爆破した書店の店主だ。

「成程。心当たりのあるような顔をしていたと思えば——あの『どこかに売った』という言葉は、嘘だったのですね」

「嘘じゃあねぇさ。現に、おれぁ売ったよ。そいつの親父にな」

「え……? おじさん、それ、どういう……」

 少女が問う。店主はわずかな逡巡のあと、

「本のなかにはな、ここではないどこかから迷い込んできた魂の宿った本がある。とくに、こういうヘンなとこに築かれた埒外都市ではよく発生するらしいんだが————まあ、お前の正体はその本だってことだな」

 あっさりと告げられた真実に、少女は驚愕することもできない。

 そんな彼女を優しく抱きしめたのは、かつてこの都市の樹皮を爆破し、要警戒人物に認定された女だった。

「大丈夫。大丈夫です。たとえ真実がどうであろうと、それであなたが何か、変わるわけではないのですから」

 父の大切な都市に混乱を齎し、父の友人の店を爆破した上、今日会ったばかりの女に言われたいセリフでは決してなかった。しかし——

「…………っ」

 どういうわけか、涙が溢れて止まらなかった。心の奥底、魂が、どうしようもなく歓喜していた。

 ——少女は安らぎを覚えていた。今までずっと、他の誰とも違っていた。そんな自分が独りじゃなかったという安心感。

 抵抗する気は失せ、少女は女のなすがままに抱擁を受け入れる。


 そんなやりとりの脇で、ひとりの衛兵が店主に耳打ちした。

「…………あの、元首。どうしましょうか?」

「もうただの書店主さ。そのままにしてやってくれ」

 目を細め、店主は言う。

「……本に宿る魂ってのは、前世で報われなかった者達の魂らしい。……だから、まあ。そっとしといてやろうや」


(了)


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