第23話 primary14-2

「そう・・・・・・ですかね・・・・・・」


「でも、最近すっごく表情も明るくなったし、なんかこう、女性らしさが増したので、これから大変ですよー。図書館でナンパされないように気を付けてくださいねー・・・・・・・・・あーでも、まあ、その辺は大丈夫かもしれないですけど」


何だか微妙な表情になった雫が最期に付け加えた大丈夫かもしれない、という言葉は正しい。


フロアに出る機会が増えても、誰からも呼び止められることはなかった。


これまで培ってきたステルス能力が活かされているせいもあると思う。


「フロア仕事を手伝うようにはなりましたけど、いまもメインは裏方仕事ですから、ナンパなんてされませんよ」


「あー・・・うん、そうですねー・・・・・・ちなみに、さっきの話なんですけど、思い込みが激しいって感じたことはありませんよ、私は。有栖川さんがそう思ったのは、何か事情があるんじゃないでしょうか?倉沢さんの意外な一面を見た、とか?」


「意外な一面なんて・・・・・・・・・あ・・・・・・」


問われて眉根を寄せて彼との出会いから今日までを振り返って、紗子は小さな声を上げた。


思い込みが激しい、に当たるのかは定かではないが、紗子の市成に対する憧れを、そんな風に受け取られたのだとしたら、まあ頷けないこともない。


図書館から駆け出して市成を呼び止めたところをばっちり見られていたわけだし。


盲目的に市成に焦がれている、と有栖川の目には映ったのだろう。


それはまあ、あながち嘘ではないのだけれど。


途端顔を顰めた紗子に、雫が気づかわしげな視線を向けてくる。


「・・・・・・・・・何かありました?」


「ええ・・・・・・まあ」


相変わらず苦虫を嚙み潰したような顔の紗子に、雫が言葉を選ぶように告げた。


「有栖川さん、私が知る限り意地悪な人じゃないんですよ」


そうは言われても、これまでの彼とのあれこれを考えれば、意地悪以外の答えに結びつかない。


「・・・・・・はあ」


「仕事熱心だし、麻生さんみたいに口煩くないけど、必要なフォローはちゃんとしてくれる頼れる先輩です」


「仕事熱心なのは・・・・・・まあ、認めます・・・・・・治験始めてから、図書館に来られるたびに毎回声を掛けられるので・・・一応、自分が読んだ被験者だから、気にしてるんでしょうね・・・・・・そういう気遣いは出来るのに、なんか私に対する言葉が辛辣なんです」


「・・・・・・・・・多分、図書館には、倉沢さんの様子を見に行ってるんだと思いますよ。トランスタイプのオメガは、急に体調が変わりやすいし、新しい薬はとくにどんな風に反応が出るか分からないので・・・・・・」


それが、あのフワフワしてる、という発言につながるのだろうか。


だとしたら完全に言葉のチョイスミスだ。


あれは、間違いなく紗子への売り言葉だった。


「・・・・・・・・・そう・・・ですか・・・」


市成に会えないにもかかわらず、必死に服や化粧に気を配っている紗子をこっそり馬鹿にしているのかと思っていたのだけど。


相変わらず微妙な表情の紗子に微笑んで、雫が明るい声で話題を変えた。


「でも、お仕事も順調で、体調も安定していて良かったです。気を張り過ぎて疲れちゃわないように、リラックスできる時間も作るようにしてくださいね。ストレスは大敵ですから」


「ありがとうございます。最近は、外に出る機会も増えて、お買い物が結構ストレス発散になってるんです。店員さんとのやり取りも楽しくなってきて」


「それ分かります。今日のレーススカートもすごく可愛いですよね!タイトスカートなんて、私には一生履けないんですけど!!!」


太腿の肉が気になるので、ワイドパンツかフレアスカートしか選べないと嘆く雫は、女性らしい肉付きの良い身体をしている。


ふんわりとした胸とほどよく張った腰回りは、紗子が目指すべきところだ。


「ちょうどサイズが残ってて、大急ぎで買いました。同じタイプのフレアスカートもありましたよ?西園寺さんに似合うかも」


「え、ほんとですかー?見に行って見ようかなぁ・・・・・・倉沢さんいっつもお洒落されてるから、すごく勉強になります。今日はこの後お出かけですか?」


「いえ・・・・・・家に帰るだけなんですけど・・・・・・最近お洋服選ぶのが楽しくて・・・」


「分かりますそれー。褒めてくれる人が居たらなあって私もいっつも思いますもん」


「そういう相手がいたら、張り合いになりますよね」


「なりますねぇ」


にこやかに微笑んだ雫が、腕時計を確かめてもう時間だと呟いた。


「それでは、この後20分ほど休憩して頂いて、体調に変化なければお帰り頂いて結構です。私はこの後打ち合わせがあって、ご挨拶に来られないんですが、有栖川さんが声掛けに来てくれますので、それまでゆっくり過ごしてくださいね」


「ありがとうございました。また次回もよろしくお願いします」


笑顔を返して、雫を見送って、用意して貰ったカモミールティーを飲みながら今晩の夕飯をどうするかぼんやりと考える。


しばらく目を閉じていたら、急に身体が重たくなって意識がどろりと混濁してきた。


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