第22話 primary14-1

「思い込みが激しいって?・・・・・・へえええそんなこと言ったんですが、有栖川さん」


治験の検診日。


研究所ラボの検査室で一通りの検査を終えて、会議室に移動して雫とのヒアリングの最中に、どうにもモヤモヤが抑えきれず、雫に有栖川から言われた一言を零した。


ちなみに今日の有栖川はやっぱり至っていつも通りで、この間の自分の発言が失言だったとは微塵も思っていないようだった。


そういうところもまた腹立たしい。


デリカシーを母親のお腹の中に置き忘れて来たのだろうか。


淡々と自分が担当する検査を行っていく有栖川の手つきは確かで、不安はゼロなのだけれど、どうしてそういう一面を、普段も見せてくれないのかと思ってしまう。


最初に出会った時から、探るような視線を向けられて居心地の悪い思いをしたし、そのすぐ後に自分の恋心を見透かされてからかわれたし、この間は思い込みが激しいと辛口を零された。


治験の説明会の時、靴擦れを気遣う優しさを見せてくれた彼の気遣いポイントは、もうすで残っていない。


ああもずけずけ物を言わなければ、見た目の良さでモテそうなのに。


図書館の同僚曰く、研究所ラボの研究者の年収はエリートサラリーマンを優に超えてしまうらしい。


顔良し、頭良し、経済力抜群、でも性格が悪いというのは致命的だ。


会うたび一言二言辛辣な台詞を零していく彼は、紗子の中で現在苦手ランキングの最上位を独占している。


「そんな風に言われたことなんて無いし、自分でも無自覚なんですけど・・・・・・どこを見てそういう風に思われたのか気になっちゃって・・・・・・西園寺さんから見て、そんな風に受け取れるところってあります?」


出会ってから半年も経っていない彼女にこんな質問を投げるのは不適切なのだろうが、紗子の周りにいる気の置けない友人は、茜だけだし、職場での紗子は、基本的に”図書館の妖精”扱いなので、こんなことを問いかけてもまともな返事を望めそうにない。


どうか遠慮なく教えてくださいと真剣な表情で向き直れば、雫が困ったように笑った。


「わー・・・美人さんの接近戦って同性でも心臓に悪いですね・・・」


「え!?あ、距離近いですか?す、すみませんっ」


知らず知らずのうちに雫の顔を覗き込んでしまっていたらしい。


ついこの間まで誰とも目を合わせないようにしていた反動か、最近こうして人の顔を凝視しては相手を慌てさせてしまうのだ。


そういえば、茜にも間近で見つめられるとドキドキすると言われたことがあった。


「いえー。有難いですー。私も倉沢さんの美人度にあやかりたいです」


「・・・・・・美人」


久しぶりに聞いた褒め言葉を反芻すれば、雫がそうですよーと太鼓判を押して来た。


噂話のように耳にしたことはあったけれど、面と向かって言われた事は一度もなかった。


「倉沢さんくらい美人だったら、そりゃーもうモテモテの学生時代だったでしょうねー」


羨ましいなぁ、と付け加えた雫は、高校時代のオメガの性質が目覚めてしまったため、恋を知らない青春時代を送ったそうだ。


彼女の中で紗子がかなり美化されていることは間違いない。


「遠巻きに噂されることは多かったですけど・・・・・・モテてるって実感したことはほとんどないんです」


紗子に思わせぶりな視線を向けてくる男子は、大抵彼を思っている女子がクラスに居て、その女の子たちのグループから弾かれないように必死に件の男子を避けているうちに、紗子に向けられていた視線はいつの間にか無くなっていった。


学生時代に何度か受けた告白も、少し離れたところから様子を見守っている男性生徒数人が居て、記念受験的にされたもので、当然ごめんなさい以外の選択肢は無かった。


自分のなにを見て何を知って告白してくれているのかさっぱり理解できなかったし、彼らは紗子の容姿をグループでほめそやすことはしても、紗子の目の前で自分たちの気持ちを口にしたことはない。


結局鑑賞物の一つだったのだろう。


だから、誰にもときめいたことが無かったのだ。


ついこの間までは。


「高嶺の花だったんですよー。倉沢さん相手だと、同世代の男の子はちょっと足踏みしちゃうでしょうしね」


まるで見て来たような雫の言葉に思わず目を見開く。


紗子が視線を合わせると逃げるように去っていく男の子のほうが多かったのは事実だ。


そしてそれを見た女の子たちから総スカンを食らって、クラスで居場所を失くすところまでがセットで、それを何ループも繰り返して来た。


そのうち目を合わせるのが嫌になって、そうしたら、気取っているとかお高く止まっている、とか言われるようになって、ああ、結局何をやっても自分は、あの子たちのグループには入れないんだなと思い知った。


そして諦めて一人になったのだ。


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