第2話 primary2
誰かの話し声が怖い、と思うようになったのはいつの頃だっただろう。
漏れ聞こえてくる話題が自分のことでも、そうでなくても、耳鳴りを感じるようになって、いつからか眩暈が始まって、身体が震えるようになった。
だから、最初の
上がっていく体温と、浅くなっていく呼吸。
背中を冷や汗が伝って止まらない。
視界が歪んだと思ったら、急に頭がぼんやりして来る。
さっきまで考えていられた仕事の事が綺麗に頭から抜け落ちて、満たされない身体が寂しいと訴え始める。
こんな変化は初めての事でこれは自分の身体なのにまるで誰かに操られているかのように、疼きが止まらない。
身体の震えが火照りからくるものだと気づいた時には、朦朧とした意識の中で名前を呼びかけてくる同僚男性に向かって手を伸ばしてしまっていた。
・・・・・・・・・・・・・
『えー・・・倉沢さん、オメガだったんだ?』
『うっそマジで!?』
『フロアその話題で持ちきりよー』
『あーでもそう言われれば納得かもねー』
まあ見た目から男引き寄せそうよねぇと嘲笑する声が続いて、分かるーと複数の同意が聞こえてくる。
この手の嫌味にはもう慣れていたつもりなのに、自分の第二性別がオメガだと分かった今は、ただただ悲しくて恥ずかしい。
『なんかぽかったもんねー・・・会議室で二人きりになってから
『あの子に熱上げてた営業もこれで目ぇ覚めるんじゃないの?』
川上くんとー角谷さんとー・・・と紗子に視線を送っていた男性社員の名前が次々と上げられる。
『良かったじゃん。あんた川上くんちょっといいなーって言ってたでしょ』
『そうよねぇ・・・・・・さすがに会社で誘うとかないわー・・・わざと抑制剤飲んでなかったのかな?』
『こわー・・・だとしたら、とんだ悪質シンデレラじゃんそれ』
『会社でアルファ漁りされる前に休職決まって良かったよね』
耳を塞いでも彼女たちの声はどこまでも追いかけてくるのだ。
そして最終的には紗子を取り囲んでみんなで断罪する。
あなたがオメガだから、悪いのよ、と。
断片的に甦ってくる記憶はどれもいびつに歪んでいて、胸を切り裂くものでしかない。
眠ると悲しい夢ばかり見て逃げたくなる、と零してしまったのは、自身もオメガでオメガ
オメガ属性が判明する前からギクシャクしていた親子関係は、紗子が初めて
元々出来の良い兄が中心で回っていた家は、さらに異端の紗子を弾くようになって、結局オメガ属性が分かってから一度も実家に戻らないままだ。
嘲られるか、弾かれるか、もしくは疎まれるか。
それしか知らなかった紗子が、心の内を話すことが出来た相手は橘田茜が初めてだった。
いつか自分もこんな風に自分の経験を誰かに語って、勇気づけることが出来るのだろうか。
『不安は、お腹に溜め込んだままだと悪夢になって出て来るから、全部吐き出しちゃいましょう。そうしたらきっと、お腹も空きますよ』
橘田茜はそう言って、やせ細った紗子の手を握ってくれた。
私が一緒に支えるから、大丈夫ですよ、と力強く彼女が頷けた背景には、同じように手を取って引っ張り上げてくれた大切な存在があったから。
それを持たない自分との決定的な差を目の当たりした瞬間感じたのは、新たな孤独だった。
茜は最初から無意識のうちに自分だけのアルファを見つけていたのだ。
どんな時も自分に寄り添って守ってくれる唯一無二の存在を。
それを持っていたから彼女はこうして元の生活に戻れた。
けれど、紗子にはそれがない。
これまでだってずっとなかった。
だから、同じオメガでも、茜と同じ場所にはいけない。
一度も口にしたことなどないが、ずっと紗子は茜が羨ましかったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
憧れれば憧れるほど期待は膨らんで、そのたびどこにも行けない自分の現実を思い出して目を伏せる。
素敵なアルファと結ばれれば、こんな生活を送らなくて済む。
けれど、その為には、自分の足でシンデレラのガラスの靴を探しに行かなくてはならない。
図書館の書庫と自宅にしかほとんど居場所のない紗子に、運命の番探しはかなり難しい。
だから、夢物語は夢物語のままで、憧れ続けて終わろうと思っていた。
幸い身近に素敵なアルファと結ばれた親友がいる。
彼女を自分の御伽噺のヒロインにして、めいっぱい素敵な恋の話を聞かせて貰おう。
心の栄養は、身体の栄養に繋がっていると茜は教えてくれた。
だから、始めたばかりの義兄との恋に四苦八苦する茜は新鮮で、とても眩しい。
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