第10話 primary7-1
王道のカプレーゼにトマトとバジルのブルスケッタ、根菜のフリッタータにいわしのベッカフィーコ、メインは柔らかい骨付き牛すね肉のシチューとバジリコソースのグリーンピザ。
テーブルいっぱいに並べられたイタリアンはどれも美味しいし、量も申し分ない。
紗子一人だったらば、これだけで3,4日分の食料になってしまう。
通されたのは個室で、これがいつものように茜と真尋と3人だったならば、穏やかな食事会になったのだろうけれど、生憎今日は3人ではなかった。
紗子の体調を心配して茜が様子を見に来てくれるのはしょっちゅうで、真尋の車で買い物ついでにそのまま食事をして帰ることも珍しくない。
だから、仕事が終わる頃に迎えに行くからご飯行こう、と茜からメッセージが届いた時にも二つ返事で頷いたのだ。
この間の
それがまさか4人での食事会だったなんて。
緊張で頬を引きつらせる紗子に、茜が真尋の隣に座る同僚の有栖川を紹介する。
彼は、1週間ほど前、図書館で
二人のおかげですぐに抑制剤を飲むことが出来て、あの日は30分ほどで薬が効いて
あんなに早く薬が効いたのは初めてのことだった。
ここ最近ずっと調子が良かったから、そのせいなのかもしれない。
良すぎた反動のように、
トランスタイプのオメガと診断されている以上、これはもう一生抱えて生きていく性質だ。
それでも、久しぶりにベータだと思って生活していた頃のような感覚を思い出した矢先の
「あの日は・・・大変お世話になりました」
「いえ。すぐに治まって良かったですね」
もちろん迷惑もかけたし助けられたから、お礼を言うのは当然だ。
が、それでもこんな風にわざわざ食事会形式にする必要はないと思う。
真尋はともかく、ほぼ初対面の有栖川を前に、紗子が緊張しないわけがないのに、それを知ってもなおこの場に連れて来た茜の意図がわからない。
ここには茜も真尋もいるので、また
そして、真尋の同僚である研究者の有栖川に対する信頼も、同じ位あるのだろう。
それにしたって居心地が悪いことに変わりはないけれど。
オメガだと分かってから、こんな合コンみたいな場所に参加したことは無いし、グループデートの経験もない紗子には、これ以上どんな風に会話を続けていいのかさっぱりわからない。
黒縁メガネの有栖川は、あまり表情が動くタイプではないようで、感情が読めないから尚更だ。
真尋のように、茜の事にだけ集中してくれているならこちらも気負わずいられるのに、さっきから有栖川が向けてくる視線は、どうにも居心地が悪いのだ。
昔、会社員だった頃同僚の男性社員たちから向けられていたものとは種類が違うから、嫌悪感は抱かないけれど、その代わりずっと探られているような気持ちになる。
研究者というのはそういうものなのだろうか。
お礼を言ったきりの紗子に代わって、茜がにこやかに口を開いた。
「有栖川さんが急に来たときにはほんとに驚いたけど、私ひとりじゃ紗子を抱えられなかったから、すごく助かりました。図書館にはよく来られるんですか?」
「あそこの図書館、専門書も豊富だから、時々ね」
「へー・・・そうなんですね・・・んぐ」
「茜、ほら肉食え」
骨を取り除いた柔らかい牛スネ肉を茜の口に放り込んで、真尋がグリーンピザを頬張る。
「も・・・真尋くん、自分の分あるから」
もぐもぐと口の中の牛肉を咀嚼して飲み込んだ茜がむすっとふくれっ面になった。
こういう子供っぽい表情は、紗子の前ではあまり見せない。
彼女がどれくらい真尋に気を許しているのか窺える瞬間だ。
「牛肉に含まれるビタミンB2は美容ビタミンで、スキンケアやダイエットにも効果的、だろ」
「そうだけど・・・・・・あ、このいわし美味しい。紗子の好きな味だわ」
茜が紗子の皿にいわしのベッカフィーコを追加する。
「うん。オリーブ多めが美味しいね。オーブン焼きかなぁ」
「うちのオーブンじゃこの味は無理だわ」
「俺の部屋のやつは?機能多いだろ」
「レンジ機能しか使ってない宝の持ち腐れのやつね」
「最近はかなり稼働してるよな。ほら、有栖川にも分けたパンあっただろ?あれも茜が焼いたやつ」
「ああ、貰った。姫も美味しいって言ってたよ」
「パンまで焼いたの?凄いね、茜」
「折角機能があるんだから使わなきゃ勿体ないなと思って頑張ってみた。美味く出来たから、今度紗子にも差し入れするね・・・もう、真尋くんそんなに要らないってば」
「なんでだよ、カプレーゼ好きだろ?おまえ最近ちょこまか動いてるし、しっかり食っとけよ」
「ご飯もおやつも食べてるってば!」
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