恋に生きた女子医学生

愛の希望

第1話 恋に生きた女子医学部生

私は医学部の学生時代、医学部卓球部に属していた。ある日、卓球の練習後、控え室で先輩達と雑談をしていた。窓を見るとミニスカートの可愛い女子学生が通った。その子の笑顔で胸がドキッとした。思わず「可愛い。」と叫んだ。「どこの女子大生かなと。」と思った。するとその子が入ってきた。笑顔で「医学部のSです。入部希望します。」と言った。後輩の医学部生であった。その場にキャプテンもいたので入部はすぐ受諾された。S子が帰ってから、恋バナになった。S子と同じクラスの後輩が「あの子は色々な同級生と付き合っているので、辞めたほうがいいです。」と言った。私のS子への関心を見てとった先輩は、「残念だな。」とピシャリと言った。先輩は恋愛の秘密を知っていた。しかし私は知らなかった。

 そしてS子は部員となった。卓球は全くの初心者であった。しばらくは後輩部員として距離があった。当時は部費獲得の為、部でダンスパーテイを主催していた。そのチケットの作成と会場等の手配を命じられた。ダンスパーテイの当日、主催者として私は受付や進行で多忙であった。会場が埋まり、当日券も結構さばけて、安心した。ムードのある曲をBGMにダンスが開始された。そこで先輩から許可をもらいダンスをしようとした。ふとS子が一人で佇んでいるのが見えた。傍に行きダンスを申し込む。S子の華奢な手がとても柔らかく、暖かい。体を抱くとふわふわで、蠱惑的な匂いで満たされた。そのまま夢中でずっと踊っていた。曲が終わり、ダンスも終わった。曲が終われば相手を変えるのがマナーである。私はS子と目を見つめあっていたが、「俺にも紹介してくれ。」と言って見知らぬ男が先輩に掛け合っていた。先輩の同級生、つまりは医学部生である。その男とS子がダンスするのをじっと見ていたが、また仕事に戻った。やがて曲が終わり、参加者は解散した。大成功であった。お金を集め、会場代を払い、仕事も終了した。ふと、S子が見つめているのに気が付いた。部員は皆帰り始めていた。S子を「一緒に帰らない。」と誘った。可愛らしくうなずくS子の手を引き、道を歩いた。会場から下宿までは徒歩20分くらいである。春とはいえ夜は冷える。次第に寒さがつのり、私は上着を脱いでS子にかけてやった。「ありがとう。」と上目遣いで礼を言う声が美しい。寒くはあったが、一緒に歩ける興奮で気分は高まっていた。そのまま下宿まで送り別れた。

 翌日、目が覚めるとS子を思い出した。柔らかい手、暖かい体、美しい声、魅惑的な目、その全てにまた触れたいと思った。講義は耳に入らなかった。部活の時間が待ち遠しかった。部室に行くと、既に部員が練習している。講義をサボルというのは日常茶飯事だ。着替えて練習していると、S子が来た。神秘の笑顔をたたえている。S子と練習したかったが、相手を決めるのはキャプテンなので、待っていた。しかし相手にはなれなかった。S子は先に帰ったが、帰る前に笑顔で私を見つめた。明らかに好意のあらわれであった。その夜、S子の下宿に電話した。当時は携帯電話もなく、下宿住まいでは呼び出しであった。会いたいと伝えると、了解して会ってくれた。喫茶店で話した。思わず身を乗り出してS子に接近していた。S子も身を乗り出して答えてくれた。夢の時間がすぎた。次のデイトの約束をして、下宿まで送っていった。その夜は嬉しくて眠れなかった。それ以後も、あの素敵な女の子を恋人にしている、という恋心は強く、会えないと飢餓感に襲われた。燃えるような恋愛に切なさが募った。当時はインターネットもなく、電話も呼び出しでプライバシーが保てない。そこでせっせとラブレターを書いた。S子からは返事が来なかった。会えるのに手紙はいらない、と言われた。本当に好きな男女なら、デイト以外に手紙でもメールでも何度でも書くことを後年知る。

 S子との恋は進展していた。私はS子のファッションに影響された。女の子はこのように衣服を楽しんでいる、と驚愕した。そのくらいお金をかけていた。後でわかったが、S子は大学入試の日にも真っ赤なコートを着てきたくらい、人目に着くのは好きであった。当時は医学部の女子学生はおしゃれとは無縁であったが、その中でS子は当時のファッションを披露してくれた。ミニスカート、パンタロン、カラフルなブラウス、カチューシャ。女子大生なら普通にしているファッションも、医学部では新鮮であった。私もカラフルな服を買い始める。すぐに、色気づいている、と友人に言われた。S子とのデイトは続いたが、S子は何故か結構用時がはいり、デイトがおあずけの状態が多かった。そして運命の夏の合宿がきた。この頃には私とS子との関係は部内でばれていた。しかし人前では恋人としてのふるまいはしなかった。しかし合宿では自由時間もあり、接触も多くつい気持ちも緩む。練習後の夜は喫茶店に行く者、読書する者、あたりを散歩する者、色々であった。私はS子と待ち合わせて、暗がりでデイトした。気持ちが高ぶって、キスをした。S子の唇はとても湿っていて、柔らかく、私の唇を受け入れた。キスの後、S子は突然泣いた。一瞬動揺したが、しかし抱きしめると顔は涙で濡れてはいなかった。嘘泣きだと、当時の私でもわかった。

 それからもデイトは続いた。私はすっかり恋人気分であった。大学の図書館でもS子を見つけると、奥の本棚の陰に誘いキスをした。まだ防犯カメラのない時代である。ある時、S子から両親にあって欲しいと言われ、舞い上がって他府県のS子の実家に行った。そこで両親に会い、濃密な時間を過ごした。S子は琴を弾いてくれてこれが恋人の家で過ごす気分か、両親にも認められた、と有頂天であった。しかし、その喜びは数ヶ月後には消える。その後、多忙を理由に次第にデイトがへり、とうとう実家から大学に通うので時間がなく、しばらく会うのを控えたい、電話もかけないでほしい、と言われた。恋愛の真実を知らない私には驚天動地であった。今思えば何でも無い。しかし当時は何故会えないのか、を考え食欲もなく夜も眠れなかった。そのまま時間が過ぎた。1回目の恋の喪失であった。

 デイトはしなくても、部活にはS子は来る。しかし声はかけられない。じりじりとした部活であった。そのうちにS子の同級生である後輩から、S子が男子学生と親密な交際をしている、という話を聴いた。最初は信じられなかった。自宅通学で時間がないのではなかったか。しかし医学部のキャンパスでもS子とその男子学生の腕を組んで歩く姿を偶然見て、これが失恋だな、と納得した。混乱と失望で、大学の勉強はできなかった。かろうじて部活の卓球は続けていたが、S子が来ると心は乱れた。そのまま時が過ぎた。

 やがて春が来た。男の1歳は変化も乏しいが、女の1歳は驚愕の変化をする。S子は1歳年をとり、化粧も始めた。それがまた綺麗で、捨てたはずの恋心がうずいた。ある日、図書館でS子に呼び止められ、また交際してほしい、と言われた。「なぜ」とか「同級生の男はどうなったのか」と疑問が頭をよぎった。しかしS子に手を握られ、訴える目つきで「前は混乱して、距離をおきたかったの。」と言われると何も言えずS子を抱きしめていた。その場でキスをした。S子の素敵な香りで満たされた。再恋愛の始まりである。その後、S子が以前交際していた男子学生を振ったという噂がきこえてきた。舞い上がっている私の耳には、噂は入らなかった。自宅通学は本当であったので、遅くまでデイトはできない。駅まで見送り、駅でハグして別れるというのが、習慣になった。ある時、昼間にデイトした。時間があったので下宿に誘い、愛くるしく話すS子を見て、キスをして服の上から愛撫した。とてもまろやかな胸だった。抱き合って時間がとまった。しかしそこから先へは行けなかった。それを女としてS子がどうう受け取ったかは、わからない。S子との図書館でのキスは続いていた。しかし、2回目の恋は数ヶ月で終わる。「体調不良でしばらく休みたく、会うのを控えたい。」と言ってきた。そう言われては仕方が無い。しかしそれは嘘であった。2回目の恋愛の喪失であった。

 その後はまた悶々とした日々を過ごす。医学部生は必要な勉強も多く、試験も次々とある。S子に恋した時は勉強が手に着かず、恋が壊れた時は全く勉強できず、生活も乱れた。それがS子と出会って2年間続いている。次の春が来てS子はさらに大人の女として美しくなり、色香も漂いそれに伴って服装も洗練され、医学生とは見えなかった。しかし私は高嶺の花を見る思いで、S子の美しさに圧倒されていた。ある日、また図書館でS子に呼び止められた。「体調も治ったのでまたお付き合いしてください」と言われ、「考える時間をください。」と言って時間稼ぎをしたが、やはりS子の魅力にはかてない。数日後にはデイトをしていた。そして何故か2-3週間に1回しか会えなかった。そういう間隔の長いデイトでも私にとっては嬉しい再々恋愛期間であった。デイトをすれば笑顔のS子がいた。S子のさらさらで柔らかい手を握り、心がとろける香りと、アルカイックスマイルに魅せられた。そうして冬になった。

ある日曜日、私は自転車で部室へ向かっていた。日曜日でも部室に行くと、誰かがいて卓球ができる。偶然に前方にS子が歩いていた。しかも男と親しげに腕を組んでいる。そのまま行くと鉢合わせた。さすがにS子もデイトの現場を見つけられて観念していた。私とS子とその男は喫茶店に入った。三者会談である。その男は医学部の先輩で、昔ダンスパーテイでS子と踊り、それから交際していると聞いて愕然とした。さらにその男は私がS子の家に行った翌日に、S子の家に行き両親とも会っている。つまり家族ぐるみで承知していた面会であった。

 S子の同時数股交際はさらに暴かれる。以前、知り合った他学部の男との別れ話でもめて、その時も他の男もいて、三者会談で決着が付いたとのことだった。そういう話を勝ち誇った様に言うその医学部の先輩は、私を憐れんだ。いつも笑みを絶やさないS子も私を冷たい目で見ている。その瞬間、S子の真実がわかった。S子は恋愛享楽主義者だ。美貌と賢明さを兼ね備えていて、昔からそれらを駆使してとして女王の道を歩んできた。男は恋愛というプレイの道具である。不要になれば使い捨てて、別の男を探す。家族もS子のプレイに加担している。今まで何度も男性問題はあったであろうが、家族も容認していた。何かはじけた。お金をおいて喫茶店を出た。3回目の恋愛の喪失、そして壊滅であった。しかし不思議と気分は爽快であった。

 その後、衝撃的な事件が起こった。勝ち誇っていたその医学部の先輩がS子に振られた。その時、S子は医学部のある教授と恋愛をしていた。そういう大人をもまきこむS子の魔力には驚くばかりだ。それで教授にS子をとられた医学部の先輩が、怒り狂ってその件を書いた文書を医学部の数カ所に貼り付けたのである。すぐ撤去されたが、噂は飛びまくった。いまならネットで大炎上したであろう。

 恋愛とは、誠実な情熱と堕落な快楽が混ざっている。誠実さが堕落さを凌駕すれば、二人の愛が成就する。快楽が情熱を押しやれば単なるプレイになる。全てのS子の恋愛遊戯がわかった。私は恋愛の遊びの要素を知らずに、真剣に恋すれば成就すると誤解していた。恋愛は両面の要素を持っていて、恋人達をもてあそぶ。S子は確信犯的に恋愛の遊びを楽しんだ。さらに後日談がある。卒業して数年経った時、S子は電撃的に結婚した。しかしすぐ離婚した。恋愛をもて遊ぶ者は、恋愛の真の喜びは味わえない。

 恋愛の道は深い。私は1人の女性に3年間翻弄されたが、それは私の未熟さによるものである。恋愛に勝者も敗者もいない。人の歴史は恋愛の繰り返しで進化してきた。個人でも恋愛にもまれ、人生の秘訣を学べることは、恋愛をしないより遥かに良い。そういうことを教えてくれたS子に感謝している。

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