幽霊の愛した小説

一河 吉人

第1話 幽霊の愛した小説

「駅の北側にね、本屋があったでしょう?」

「おじいちゃんが一人でやってる、あの小ぢんまりとした?」

「あれがね、最近潰れちゃいましてね」

「ああ、郊外に大型モールが出来たから……」

「よくお世話になってたので、大変残念です」

「僕もよく下世話にお世話になってましたから、悲しいです」

「……」

「あの暖簾の向こうに初めて入った感動、一生忘れません」

「……その店舗跡に、幽霊が出るようになったんです」

「へえ、幽霊ですか」

「幽霊です」

「暖簾の向こうにですか?」

「こっちです」

「ああ、暖簾の向こうに行けなかったのがよっぽど未練だったとかそういう」

「暖簾はいいんです。置いといてください」

「はい。幽霊が出るんですね」

「しかも金髪の、外国人の幽霊」

「こんな田舎でも、髪を染めてる人くらいはいませんか?」

「と思うでしょう?」

「違うんですか?」

「なんと足がある」

「それは海外の人ですね」

「英語も喋ってる」

「英語圏の方ですね」

「日本人じゃないから、自分の主張ははっきりと伝える」

「そんなとこまで洋風」

「思わせぶりにお皿を数えるとかじゃないんです。『本屋が欲しい、本屋が欲しい』ってさめざめと泣いて、通行人を怖がらせるんです」

「よっぽど本が好きだったんでしょうねえ」

「ええ、未練があったんでしょう。それでね、あまりに可哀想なものだから、言ってあげたんです。『モールにも、本屋はありますよ』って」

「え、会ったんですか?」

「はい。そうしたら『え、本屋なんてどうでもいい』」

「え? でも『本屋が欲しい』って」

「実はね、本屋が欲しいとは言ってなかったんです」

「どういうことですか?」

「そもそも英語で本屋はbookstoreやbookshopで、bookmartではないんです」

「つまり?」

「幽霊はね、こう言ってたんです。『本屋欲しい、本屋欲しい』じゃなくて『ブクマ欲しい、ブクマ欲しい』って……」


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幽霊の愛した小説 一河 吉人 @109mt

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