ナナナナナナ

羊蔵

ナナナナナナ


「ナナナナナナありますか」

 電話口から、舌っ足らずな子供の声。

「ナナナナナ?」

「ナナナナナナありますか」

 子供は繰り返した。

「御本のお探しですか?」

「ナナナナナナはにげます」

 最後はそういって切れてしまった。

 いたずらだろうか。そうでないなら、ここは書店なのだから、矢張り本に関する要件という事になる。

 しかし、あんな子供が街の古書店なんかに電話をかけてくるだろうか? たぶん、親の電話を弄って、偶然リダイヤルボタンを押してしまったのだろう、と納得することにした。


 それは忘れた頃になって見つかった。

 いつ仕入れたのかわからない竹久夢二の画集のなかにはさまっていた。

 それは本というより冊子で、たぶん文学部のつくった同人誌か、何かの記念品なのだろうと私は考えた。前の持ち主が挟んだまま忘れてしまったのだろう。

 表紙には「七七七」とあった。

 最初は七百七拾七のことだと思ったが、少ししてあの電話のことを思い出した。

「ナナ、ナナ、ナナ。か」


 呟いた瞬間、七の字が左右ひっくり返った。乱視にでもなったのかと思ったがそうではなかった。私の頭が狂ったのでなければだが、文字が動いたのだ。

 睡っていたメダカが急に尻尾を振ったみたいな感じだった。

 「七七七」が「ナナナ」になったのだ。

 さらに、下に影みたいに隠れていた一対のメダカが姿を見せる。

 「ナナナ」が、

 「ナナナナナナ」になった。更に、

 「ナナナナナナ」は、

 「メメメメメメ」とも、

 「ノノノノノノ」とも動いて、

 「〆〆〆〆〆〆」となり、最後に全体で、

 「○」

 をつくったあと、八方に游ぎ散ってしまった。

 後には糞のあとみたいな滲みの散った冊子だけが残った。

 中も白紙だ。


 ナナナナナナはにげます。


 子供の言葉を思い出す。あれは忠告だったのか。

 私の声が寝ていた文字を起こしてしまった。

 自分の呟いた「ナナ、ナナ、ナナ」を後悔したが、もう冊子の内容を確かめる術はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナナナナナナ 羊蔵 @Yozoberg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説