採用試験の最終面接

常盤木雀

バーチャル本屋さんにて

 司書になろうと思ったきっかけなど、覚えていない。本が好きな理由も分からない。しかし、本を好きな人間にとってそれは自然なことではないだろうか。


「次は、この2週間の現地実習の感想を教えてください」


 十人の面接官のうちひとりが言う。

 私は今、大手バーチャル書店グループの採用試験を受けている。バーチャル書店とは、その名の通り仮想現実での書店だ。このグループは、他のバーチャル書店と比べて数倍も現実感を大切にしており、それが人気で世界中に展開している。日本での名前は『バーチャル本屋さん』だ。

 人間の目での見え方、触り心地、本の匂い……。全てがまるで実際の書店にいるかのような気持ちにさせてくれる。レンタルで電子書籍を読んだり、購入して電子保存したり現実の書籍を郵送で受け取ったりできる。周囲の人が見えるモードや自分ひとりの貸切モードなど、利用者の望む使い方ができるのも良い。


「はい。まず感想として、楽しかったですと申し上げます。実際の利用者と接し、『バーチャル本屋さん』に期待するものが人により異なると実感できました。本に囲まれるだけを望む人、本の紹介や展示を重視する人、書店内での社交を楽しみたい人など、思った以上に様々な利用理由がありました。書店の構築時には、どのような利用者をメイン層とするか検討が必要だと感じました」


 『バーチャル本屋さん』では、採用後一定の条件を満たすと、自分の書店を持つことができる。どの本を置くか、店内のレイアウトや飾りはどの程度か、など、すべて店主が決められる。販売のシステムや管理用のシステム、諸費用、行政の手続きなど、煩雑な部分をグループが引き受けてくれるのだ。

 ぎっしりと本が詰まった現実の古書店に憧れる本好きが、リスクなく自分の書店を手に入れられる方法なのだ。もちろん競争率はとても高いが。


「ほう。他にありますか」


「はい。他には、リファレンスサービスの利用者が予想以上に多く、驚きました。利用者にご満足いただけるサービスを提供できるよう、本や司書業務だけでなく幅広い知識を身に付けたいと強く思いました」


 『バーチャル本屋さん』では、大昔の図書館のように司書を配置している。利用者の望む資料を集めるのは大変だが、利用者からすれば膨大な数の書籍から当てはまるものを教えてもらえるのは便利である。

 実習用店舗での2週間で、私はたくさんの人の要望に答えた。しかし、自分としては満足できない回答になってしまったこともある。


「それでは最後の質問です。我々面接官十人の中に、何人か、いわゆる常連客がいますね。誰がどうして常連客であると考えたか、話してください」


 私はこっそり深呼吸した。

 ありえない。


 常連客は分かる。定義ははっきりしないとはいえ、三人は常連と呼んで差し支えないだろう。どんな利用方法だったかも概ね覚えている。

 しかし。


「お答えできません」


 司書として、利用者の情報を口外するものではない。特に、バーチャル書店では、自分がどういう人間なのかを特定されたくない人が多い。


「それはどうしてですか」


「司書として、個人情報の開示については慎重にあるべきとの考え方からです」


「これが最終面接であってもですか」


「……はい」


 気持ちが揺らぎそうになる。

 高い倍率を乗り越えてここまで来たのに、本当に良いのか。


「では、これで最終面接は終わりです。お疲れさまでした。結果は後日メールで送りますので、速やかにログアウトしてください」


「はい。ありがとうございました」



 お辞儀をしてから、ログアウトボタンを押す。

 結果は後日。

 最後の回答が正しかったのか否か、それとも別の理由で不採用なのか、メールが来るまで分からない。


 私はもやもやした気持ちを抱えながら、仮想現実セットを体から外した。


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