娘のぬいぐるみ

篤永ぎゃ丸

不器用な男と、愛娘

 俺は、娘をこの手で撃ち殺した。


 あれから十年が経つ。今、手元にある娘の形見は当時の匂いが染みついたテディベアだけ。これをギュッと抱きしめると、家族の時間を思い出す。


 娘はつぶらな瞳で、甘えん坊の性格だった。生まれて間も無くに母親を亡くしたのもあって、俺から片時も離れなかった。どこに行くにも、よちよちついて来る姿はとても可愛らしかったが、極度の人見知りで他の人が近付くと物陰に隠れてしまう。


 そんな様子を見た近所の奴らは、不器用な男に子育てなんてできる訳がないと、心配して声をかけてきた。


「いつか、限界がくるぞ」

「育てるなんて、無茶だ」


 俺がいなくなったら、この子はどうなる。頼れる人間は俺だけだ。他の奴に任せられる訳が無い。周りの反対を押し切って、娘の成長を見守った。おかげで周りから孤立しちまったが、家族がいればへっちゃらなんだよ。


 そして娘は、無邪気で礼儀正しい子に育ってくれた。他人に対して臆病だったのも克服して、俺の言い付けもキッチリ守る。確かな家族の絆に近所の奴らも感動して、俺らを受け入れてくれるようになった。


 だが、娘の反抗期は突然訪れる。


 ある日、農家のじいさんに迷惑をかけた。畑の野菜にイタズラをしたんだ。憤るじいさんに、娘は癇癪を起こして暴れ回った。物に当たって手が付けられない。俺が言っても言う事をきかない。もう、俺が撃ち殺すしかなかった。


 ——最愛の娘を亡くしてしまったが、今はこのテディベアがある。どいつもこいつも、俺らを家族として見てくれなかったが今は違う。堂々と人前に出てもいい、何も恐れる事は無い。


 みんな見てくれ。この丸い耳、つぶらな瞳。可愛らしい舌。お利口で甘えん坊の娘にそっくりだ。


 みんな見てくれ。この固い茶色の毛、鋭利な爪。ギュッと抱きしめると、癖のある獣臭がするが、全て娘にそっくりなんだ。


 これで俺らは、誰もが疑わない家族だぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

娘のぬいぐるみ 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ