前向きな気持ち
小学生や中学生の時は、友達もいっぱい居て、
クラスの学級委員に選ばれて、"さやっち"ってみんなから呼ばれて親しまれていた。
中学を卒業して、隣県の公立高校に入学すると、
今までの友達や知り合いとも、会う回数も減っていった。
聞き慣れない言葉遣いや環境の変化に合わせることでいっぱいだった。
私って結構人見知りするタイプだったんだ…。
クラスの人たちとも馴染めず、心細い日々を過ごしてきた。
高校1年の7月頃にもなると、私の存在を認めているのか、気に障るのか、クラスの女子グループ4人が私にいじわるをしてくるようになる。
「奏浜さんだっけ?ライター持ってる?」
「ぇ…、持って…ないです…」
「あ?なに?声ちっさ…」
「なにあんた、しゃべれないの?」
後頭部の髪をぐいっと掴まれる。
「せんこーにチクったら許さねぇからな」
何かの因縁を付けるための口実だろうか、それだけを言い放ってその場を離れる女子グループ。
何処で手に入れたのか、校舎の裏でタバコを吸っているのだろう。
悪いことをしているのは分かっていたから、
私は関わりたくなくて、目を合わせないように学校生活を送っていたのに、
徐々に私への干渉が激しさを増していく。
秋になると私へのいじめはエスカレートしていった。
先生にはバレないように陰湿ないじめ。
…どうして…私だけ…。
クラスの男子たちは関わらないように見て見ぬふりをして避けていく。
私だけが…我慢すれば…、いつか…。
いつまで…我慢すれば…、終わりがくるの…。
あぁ…友達に会いたいな…。
携帯電話なんて持っていなかったのもあり、中学時代の友達の連絡先も分からなかった。
父子家庭で育った私は、酒癖の悪い父親を避けていたから、誰にも相談出来ずにいた。
「あの…奏浜さん…」
「……」
名前を呼ばれて顔を上げた。
同じクラスの"志嶋実波(しじまみなみ)"が声を掛けてきた。
…また新しいいじめでもするの?…
「私と一緒に来て」
「…うん」
悪いことをするような子では無かったから、私は志嶋さんの後を追い、教室を出た。
校舎3階の多目的教室。
藍色の絨毯が敷かれた床と電子オルガンがいつも居る教室とは雰囲気が違って落ち着けた。
中に案内され机に座る。
「…ここ、手芸部の部室になってるんだけどさ…。良かったら奏浜さんも手芸、一緒にやらない?」
「…手芸部?他の部員は居ないの?」
「3年の先輩が2人と私だけなの、先輩たちはもう引退だから…」
「…そうなんだ」
「…私、あなたを助けなきゃって思ったの。
一緒に居たら、守ってあげられるでしょ」
それが彼女との出会いだった。
そこから少しずつ仲良くなって、私も元の明るさを取り戻していった。
馴染めない高校生活で初めて出来た"友達"。
*******
「さやちゃん。卵とって」
「―…ぇ」
ちょっと昔のことを思い出していた。
めいちゃんに話し掛けられて顔を上げた。
「冷蔵庫から卵取って、卵とじにするんだって」
「ぁ、うん、ごめん…」
冷蔵庫から卵を4コ取り出しめいちゃんに渡す。
「どうかしたの?卵でとじない方が良い?」
買い出しから戻ってからさやちゃんの表情が暗い気がして、なんか心配になっちゃう。
いつも明るいさやちゃんなのに…。
「ううん、なんでもないよ。嵐矢さん私も卵とじカツ丼でお願いしますね!」
「はい、分かりました」
スーパーで買ってきたトンカツや天ぷらを一度油で揚げ直しをする。
恵衣さんは俺の隣で玉ねぎを切ってくれている。
大家さんは本屋の仕事の残りがあると数分前に隣の店舗に向かった。
六倉さんはジム帰りでシャワーを浴びている。
ブーン、という音とともに共同キッチンの窓を締め切ったカーテンが赤く染まる。
佐山さんが運転する車のテールランプの灯りだ。
佐山さんが仕事から帰ってきたようだ。
「佐山さん帰ってきたみたい」
「佐山さんにもカツ丼か天丼か聞かないとですね」
ダイニングテーブルに座って、嵐矢さんとメイちゃんの料理をしている身長差のある背中を眺めていると、本当のカップルみたいにお似合いで、見ている私までほんわかした気持ちになる。
この幸せなひとときがずっと続けば良いのに…。
「たくろう!佐山さんは天丼だってさ」
「悪いね嵐矢くん。私の分まで用意してもらって」
大家さんと佐山さんが一緒にキッチンに入ってきた。
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