いいわけしないではっきり言ってよ!

「「ごちそうさまでした~」」

アパートの住人全員が共同キッチンで食卓を囲んだ。

ダイニングテーブルは4人掛けなので俺と六倉さんは立ったままビーフシチューを食べたわけだけど。

「本当に美味しかったですよ嵐矢さん!」

「うん、ありがとう嵐矢くん」

奏浜さんも湿田さんも喜んでくれた。

「牛肉が良かったからだろ?」

「そうですね六倉の買ってきた牛肉のおかげです」

と一応謙遜してみる。

「で、本題のあけみさんだけど。19時も過ぎたし、電話してみてよ佐山さん」

大家さんが佐山さんに電話の催促をする。

「はい…、それでは…」

佐山さんはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、あけみさんに電話を掛ける。

「スピーカーにして」

佐山さんの隣に座っていた奏浜さんがスピーカーをonにする。

呼び出し音が4回…5回と続く。

「"なに?"」

あけみさんが電話に出た。

不貞腐れているかのように機嫌の悪い声。

「あ、あけみ?良かった、出てくれて」

ひとまずあけみが出てくれてほっとした。

「仕事、お疲れさま」

「"はい、どうも。それで?なに?"」

「誤解されないように、ちゃんと伝えるから、よく聞いてくれよあけみ」

「"……はい、どうぞ?"」

あけみさんが少しずつ平静を保って佐山さんの話を聞こうとしてくれているような返事。

「今まで連絡を取っていたりさちゃんやみゆちゃんはスナックで働いている女の子なんだ、あけみのことも嫌いになって無いし、浮気もしていないんだ」

最初は誤解を解くところから話し始めた佐山さん。

「"…それで?その子たちの連絡先はどうしたの?"」

「全部、消去した。あけみ以外の女性の連絡先は無い」

「"…そう"」

「来週とか再来週の週末、会えないだろうか…」

「"あぁ…今月はねぇ、お遊戯会と運動会の準備で出勤しないといけないから、休みが無いのよね…"」

保育士は休みも少く低賃金だと聞いたことはあるけど、本当に大変そうなのはあけみさんの声から伝わってくる。

「そうか…、忙しい…よな」

会うことを諦めかけている佐山さん。

「ばか…諦めんなよ!」

明美さんが小声で佐山さんを叱る。

「"ん?他に誰か居るの?"」

「やば…」

小声で話したつもりだったが、あけみさんには聞こえたらしい。

あけみさんも不安が晴れず敏感になっているのだろう。

「あっ、どーもーあけみさん。俺、佐山さんと同じアパートに住んでる六倉って言います!」

「"ぁ、はいどうも…男の人か…"」

ナイスアシスト六倉さん!

「こんばんは!私、奏浜っていいます!同じアパートの住人です。あけみさんに質問なんですが、"佐山さんは私が貰う"って言ったら、困りますか?」

「ちょっと!さやなちゃん!」

いきなり声を出してあけみさんに話し掛けた奏浜さん。

なんて質問をぶつけるのか…。

「"それは!…困ります…"」

20代ぐらいの若い女性の声にビックリしながらも、冷静に答えたあけみさん。

「ほら、困るんだってさ、あけみさん」

「ビビってないで、この際はっきり伝えたら?」

あけみさんのその一言で結果は予想がついた女性陣。

「"なんなんですか…皆さん…"」

「私たちは、佐山さんを応援してるのよ。うじうじ悩んでて暗いから、はっきりさせろってさ」

「"…それは…、私も思っています…"」

「ほら、佐山さん!」

六倉さんが佐山さんの背中を叩く。

佐山さんは、ごくり、と息を飲む。

「今週の土曜日、1時間でもいいから。時間を作ってくれよ。私が会いに帰―」

「今週末じゃねぇだろ!明日の夜行けよ!あけみさん待ってるんだってよ!」

明美さんの喝!

「ごめんあけみ…。明日20時に浦佐駅に、行くから、宜しくお願いしたい…です」

「"…はい、…待ってます"」

ぎこちなく、はっきりしない佐山さんの誘い。

その言葉を聞いたあけみさんの声色は穏やかで期待と緊張が見え隠れしていた。

「まぁ。あとはあんたらの話しだから、私たちに言えることは無いわね」

「そうですね」

明美さんも奏浜さんも、隣で黙って聞いていた湿田さんも、安心して胸を撫で下ろす。

「それじゃぁ、おやすみ、あけみ」

「"うん、おやすみ"」

…あけみさんとの通話を切った。


「なんだよあんたら、私たちが心配するまでもなかったんじゃないの?」

「あとは明日、プロポーズですね!」

「指輪、忘れないようにな」

「はい。ありがとう…ございます、皆さん…」


あとは俺が出来るのは佐山さんのプロポーズが上手くいくのを祈るだけだ。


頑張れ、佐山さん。





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