男と恋ばな
湿田さんの部屋の掃除から数日が経ったある日。
沢労は一階の共同キッチンでビーフシチュー用の野菜のカットをしている。
「玉ねぎと人参は切ったしあとは…じゃがいもだな。あとは六倉さんの牛肉待ちか…」
六倉さんはビーフシチューのル-と牛肉の買い出しに行ってくれている。
するとぬるーとした脱力感のあるオーラとともに佐山さんがキッチンに入ってきた。
「おや、今日の夕食はなんだい?」
「ぁ、佐山さん。今日はビーフシチューにしようと思います」
冷蔵庫にストックしてあった栄養ドリンクを取り出しダイニングテーブルに座る佐山さん。
「ビーフシチューかぁ…、懐かしいなぁ」
その一言だけなのにものすごい悲愴感…。
「…さ、佐山さんの分もありますから、楽しみにしていてくださいね」
「そうかい、ありがとう」
栄養ドリンクを一気に飲み干した。
「嵐矢くんは…彼女は居るかい?」
急な質問に、おもわずじゃがいもの皮を剥く手を止めた。
「彼女…ですか…、今は居ません。でも高校生の時に彼女は2人できました」
「そうか、その2人の女性とは仲良く出来たのかい?」
「そうですねぇ…、あんまり"恋人"と呼べるような付き合いじゃなかったと思いますね。学校から一緒に帰るぐらいで、デートらしいこともしてなかったです」
彼女は2人居たけど、今だに経験のない童貞です…はい…。
話が長くなりそうなので、じゃがいもをシンクに置きテーブルに座った。
「初々しいな…、私も最初はそんな付き合いだったな…」
「佐山さんは彼女さんとは上手くいってないんですか?"あけみさん"でしたっけ?」
「なんだ、知ってるんだね」
「すいません、夜中に公衆電話で話してるのを聞いてしまって…」
「そうだったのか…、あけみとは地元の高校の時からの付き合いでね、恋人になったのは社会人になってからなんだ」
「今はケンカ…してるんですか?」
「私はケンカをしているつもりではないが、あけみは私が浮気しているんじゃないかと疑ったままなんだ…」
「疑われるような事をしていないのに…ですか?」
「実は…、彼女の9月10日の誕生日にプロポーズをしようと思って、指輪を買ってあるんだ」
正直に言えば疑いは晴れるかも知れないけど、
プロポーズするために指輪買ってあるなんて、言いたくないもんな…、サプライズにしたいから。
「私も不器用でね…、プロポーズに贈る指輪がどんなものが良いか決められなくて、赴任先のスナックの若い子たちに相談に乗って貰っていたんだ。先月あけみと会った時、女の子とのLIMEのやり取りを見てしまったらしいんだ」
「あけみさん以外の女性と連絡を取っていたことを怒った、ってことですか」
「そういうことなんだ…、あけみとれ―」
「ただいまぁ」
六倉さんが買い物袋をもってキッチンに入ってきた。
「ぁ、ありがとうございます六倉さん」
「はい、それで?あけみさんが?」
途中から話を聞いていたのか、六倉さんもテーブルに座り、佐山さんの話を聞き入る。
「あけみともう一度連絡を取って、浮気じゃないことを説明したいんだ、プロポーズや指輪の話は避けながら」
「あけみさんは近くに居るんですか?会いに行くとか…」
「地元の新潟で保育士をしている、なかなか休みも合わなくてね…」
「男だけで話してても解決しなさそうなら、このアパートの"あけみさん"に聞いてみようぜ」
「…え?」
と言って六倉さんは101号室に向かう。
と六倉と一緒に大家の"明実さん"がキッチンに入ってくる。
「またなんで私が、あけみなんてややこしい名前の人との相談事なんて…」
「女の人の意見も欲しいっしょ?」
「すいません大家さんまで…」
これは話が長くなりそうだ。
「とりあえずお肉冷蔵庫にしまいますよ~」
テーブルの上に置きっぱなしの牛肉を冷蔵庫へ。
「あ、わりぃ」
大家さんが腕時計の時間を確認する。
「まだ17時20分かぁ、19時になったら、そのあけみさんに電話してみてよ。もし、機嫌悪いなら私が代わりにしゃべってあげるから」
「電話に知らない女性が出たら、ますます怒らないでしょうか?」
大家さんの提案ではあるが、不安がよぎる。
「大家さんの声を聞いて、浮気相手だ。なんて思うかね?」
「あ?どういう意味だよ」
「…いや、佐山さんと同い年の女性からしたら、スナックのママみたいな声の大家さんだと疑われないんじゃないかってこと」
「佐山さんの守備範囲が広くなければ…ね」
「年の差は3歳までですね、あんまり年が離れすぎると話が合わないですからね」
「あら、あけみさん落選か」
「まじかぁ~落選かぁ~、…じゃなくて!」
冗談も交えながらだと暗い話も苦にならないもんだな。
「あとの話は夕食の後、ビーフシチューでしょ?私の分もある?」
「ありますよ、今から作るんですけどね」
奏浜さん、湿田さんが帰ってくるまでの間、ビーフシチューの調理を進める。
佐山さんの彼女さんと上手く話は出来るのだろうか。
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