小百合 後編
愛美を連れて実家に帰ってきてから2ヶ月…京介はまだ迎えにきてくれない。
私は京介が謝ってくれるならすぐに許してあげるのに…どうして来てくれないの?
ぐずってる愛美をあやしながら話しかける。
「愛美もパパと会いたいよね?ママも会いたいわ…」
「ぱ~」
「…そう。パパよ…。愛美がパパって言えるようになったって早く教えてあげたいね」
「ま~」
あの日まで京介は愛美に惜しみない愛情を注いでくれた。愛美は昌雄との子供だけど…私と京介の子供でもある。
妊娠したと知った時はすぐに堕ろそうかと思った。京介とする時は避妊していたから…昌雄とした時に出来た子供だってすぐにわかった。盛り上がりすぎてゴムが切れても続ける事が何回かあったから。
でも…堕ろそうとしたら昌雄に止められた。
「下手に堕ろすとバレる可能性がある」
「でも…」
「京介とすぐに子作りすりゃいいんだよ。そうすりゃバレねぇって」
「…本当に?」
「ああ。アイツはお人好しだからな。小百合が浮気してるとか考えてもいないだろうぜ」
「浮気なんかしてないわよ。昌雄との関係は契約の対価だもの…」
「…そういう訳だから、今日から頑張れよ」
「…うん」
その日から避妊をやめて京介に毎晩頑張ってもらった。私達の子供の為に頑張ってくれている京介との行為は凄く気持ち良かった…
私は悪くない。京介も悪くない。愛美ももちろん悪くない…そうなると、悪いのは昌雄…
ちゃんとゴムを買っておかなかった昌雄が悪い。
堕胎を止めて産ませた昌雄が悪い。
京介と飲みにいったあの日に求めてきた昌雄が悪い。
そうよ。全部、昌雄のせいよ。昌雄も志乃みたいにいなくなれば…いえ、ダメね。昌雄を排除しても愛美の父親が昌雄なのは変わらない。どうすれば京介とやり直せるんだろう…昌雄が消えて済む問題ならすぐに解決するのに…
志乃が大学で落ちぶれていく姿を見ながら京介と楽しい日々を送ったあの頃は本当に幸せだった…昌雄が消えたら悩み事が消えて無くなればいいのに…
…ん?私の手で昌雄を消したら京介への愛の証明になるんじゃないかしら?……そう。きっとそうよ。京介は私が昌雄を愛していると勘違いしているから怒ってるの。私が本当に京介だけを愛しているってわかってくれればまたあの生活に戻れる…間違いない。
…ちゃんと計画を立てなきゃ。昌雄を消すのは難しくないけど…後の事を考えなきゃいけない。捕まったら京介とやり直すって目的が達成できないからね。
昌雄を消す計画を立てていたある日、京介が実家に来た。…多分、離婚の話をしにきたんだと思う。状況は何も変わっていないもの…京介が私に会いたくて我慢できなかったって可能性もあるけど…
皆でリビングで話し合った。私の両親や愛美もいる。京介は弁護士を連れてきていた。
「ぱ~」
「ふふっ。愛美がパパって言えるようになったのよ。可愛いでしょう?」
「……ああ」
なんでそんなに辛そうな顔をするの?愛美が頑張って覚えたんだからもっと褒めてあげて欲しいのに…
「小百合。今日で終わりにさせてもらう」
「…何が?」
「離婚だ」
「……絶対に名前は書かないから…」
「托卵。浮気。これは間違いなく不貞行為に該当し、別れる理由として十分です。離婚届に貴女の署名捺印が無くても離婚は可能です」
「嫌よ!私は絶対に別れない!」
「俺はもうお前とは無理だ」
京介は強い口調でそう言い切った。…なんで?少し前まで…本当に幸せだったのに…なんでこんな事に…
やっぱり…昌雄のせいよ。そう。まだやり直せる。あの男さえ…
「…昌雄さえ…いなければいいのよね?」
「…もうそんな話じゃない。俺はお前を信用できないんだ」
「…少し時間をちょうだい。京介への愛を…証明してみせるから…」
「無駄だ。何をしても俺は…」
「昌雄を殺してくるわ。だから離婚するなんて言わないで」
私の発言でリビングの空気が凍り付いた。
「小百合…馬鹿な事を言うんじゃない!」
「そうよ…そんな事をしたら…」
「うるさい」
両親を睨み付けて黙らせる。今、京介ととても大切な話をしているの。邪魔しないで欲しい。
「…ね?すぐに殺してくるから…また私とやり直しましょう?」
「…お前の気持ちはわかった。だが…駄目だ」
「…なんで?なんでよ?私が京介だけを愛しているって証明できればそれでいいじゃない!なんでダメなの!」
「話はもう托卵だの浮気だのじゃ済まねぇんだよ。お前も昌雄もやっちゃいけない事をやり過ぎた」
「…なんのこと?」
「あの事件…お前達も関わってるんだよな?」
「………」
「志乃や他の女達を後藤に渡したのは…小百合。お前だ」
「……そうだけど、そんな事どうでもいいじゃない。今は私が京介をどれだけ愛しているかって話の途中でしょう?」
「…それこそどうでもいい。お前がどう思っていようが…俺はお前を信用する事は2度と無いんだからな」
京介は酷く冷たい目で私を見ている…前はあんなに優しい目で見てくれたのに…
「…本当に…もう無理なの?」
「ああ。無理だ」
…京介と結ばれて…幸せな生活を送る為に頑張ってきたのに…なんでこんな事になっちゃったんだろう…
「…京介」
「…なんだ?」
「私はどうすればいい?」
「…自首しろ。警察で全て話してこい。被害者の女達には話をしてある。俺がお前達と話すまで被害届けを出すのは待ってもらってるんだ」
京介の目を見て本気で怒っているのがわかってしまった。そこまで準備しているなら私を逮捕するのなんか簡単でしょうに…
自首しろと言ってくれているのは京介なりの慈悲なのかもしれない…
「ねえ…我が儘を言っていいかな?」
「…聞くだけ聞いてやる」
「私が自首するまで離婚しないでいて欲しい…貴女の妻としての最後の務めにしたいから」
「……わかった。それまで待ってやる」
京介のその言葉を聞いて、私は離婚届に名前を書き、判子を押した。これを役場に出すまでは私は夫婦…私はまだ京介の妻でいられる。離婚届を京介に渡し、最後に甘えようと思った。
「…最後に愛してるって言って欲しい」
「それはできない」
「…そう」
やっぱり…ダメだった…
「……小百合との結婚生活は楽しかったとだけは言っておいてやる」
「…その言葉だけで十分よ。京介。愛していたわ」
「……そうかよ」
京介はその言葉を最後に弁護士と一緒に帰っていった。私を信用しないとか言いながら…自首するところは見届けないんだね…本当に優しいんだから…
私は愛美に最後の食事を与えてその日のうちに警察に向かった。浅倉 小百合としての最後の務めを果たす為に…
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