昌雄 後編
小百合が警察に自首した。これは俺にとって死刑宣告に等しい。警察から逃げても俺から情報が漏れる事を恐れるお偉いさん達に狙われるだろう。小百合はマークされてないからまだ時間はあると思うが…
「…どうすっかな」
小百合が自首したのは京介に追い込まれたのが原因みたいだな。…托卵がバレなきゃ京介は動かなかった…そもそも托卵なんかしなきゃよかったって話だけどよ…
「仕方ねぇじゃん…奪われても諦められなかったんだからよ…」
小百合にはうっかり出来たと言ったが…嘘だ。俺は子供が出来るまで続けるつもりだったのだから…
堕ろすと気付かれるからそのまま産めと小百合を唆した。堕胎したなんて京介にバレたら離婚は間違いない。それなら京介との子供にすれば良いってな。小百合は京介の事が最優先だから騙すのはチョロかったぜ。
俺の子供を孕ませて京介と小百合の仲を壊したかったのかもしれない。
小百合に俺の子供を産ませる事で自分の女だと思い込みたかったのかもしれない。
俺にわかるのは…小百合にマジになりすぎたって事だけだ。だからいずれこうなる気はしていた…
京介の次の狙いは俺らしい。仕方ねぇな…お偉いさんが動くまで遊んでやるか。
俺の事を独自に調べていた京介に対して連絡を取って会う事にした。場所は寂れた公園の駐車場。ほとんど人が来ない場所だ。
「よう。京介。人の過去を調べるなんて趣味が悪いぜ?プライバシーの侵害って知ってるか?」
「昌雄。俺がそんな脅しで止まるとでも思ってんのかよ?」
「脅しじゃねぇって。正直…マジで不愉快だからよ…俺も苛ついてんだわ」
「そうかよ。俺はお前の悪事を知って気分が悪いけどな」
京介と2人で飲んだ日、我ながら信じられないミスをした。コイツにヒントを与えるような…いや、答えを教えたようなもんか…
小百合が妊娠してから出産するまで手を出さなかったからな…我慢できなかったんだよ。
「で、托卵と浮気の慰謝料が欲しいんだったか?いくら欲しいんだ?」
「…あ?」
「わざわざ訴えなくても払ってやるよ。俺とお前の仲じゃん。…とりあえず1000万くらいでいいか?」
「…喧嘩売ってんのか?」
「おいおい…そんなに怒るなよ…まったく意地汚い奴だぜ…1500万でどうだ?」
「………」
「小百合の使用料が1500万…まるで嫁を俺に売ってるみたいだな?…お前も普通にクズじゃね?」
「……ハッ。そんな見え透いた挑発に乗る訳ねぇだろ」
「だよなぁ。こんな程度でキレてたら俺と話し合いなんかできねぇよ」
「昌雄。お前の過去の悪事はもうバレてんだよ。事は浮気や托卵じゃ済まねぇ…覚悟しておくんだな」
「ふ~ん…だから?」
「あ?」
「確かに俺は悪い事をしてきた。だからなんだって言うんだ?」
「ふざけるな!お前のせいで…」
「うるせぇよ。俺からしたら防げる事を防がなかったほうが悪い。浮気なんかされたほうが悪い。托卵は騙されてる奴が悪いんだ」
「………」
「それを後になってギャーギャー言いやがって…慰謝料は払ってやるからよ…お前はもう黙っとけや」
「…黙らねぇよ。嫁を信じて何が悪い?裏切った奴が悪いに決まってんだろうが!」
「信じてたら浮気されました~って…阿呆か?裏切った奴も裏切られた奴も悪いに決まってんだろ。つまりよ、皆が悪いんだって」
「…皆が悪いだと?」
「違うってのか?人なんか簡単に裏切るんだぜ?お前みたいに相手を信用するなんて言って警戒を解く奴は阿呆だ。そんなの狙ってくれって言ってるようなもんだろうが」
「……ずっと相手を疑えって事か?」
「いや。そもそも信用しなきゃ裏切られないって話だ。最初から裏切ると割り切ってりゃ裏切られてもノーダメだろ?」
「そんな相手と付き合ったり結婚できる訳ないだろう!」
「だから結婚なんかしなけりゃいい。この国の結婚率が低下してるのはそういう事だ。皆が他の奴を疑ってる結果だな」
「…お前…そんな人生で寂しくないか?」
「別に。何十年も1人の女を疑いながら過ごすほうが辛いだろ?知ってるか?お前が托卵って騒いでるけどよ…托卵の割合って20人に1人くらいいるらしいぜ。怪しい数字ではあるけど、ありそうだよな。お前自身も誰かに托卵されてたかもな?」
「…違うとも言い切れねぇけどよ。俺の両親は仲が良いから俺は2人の子供だって信じてる」
「また「信じる」ね。仲が良いってんならお前と小百合の仲も良かったと思うぜ?だが、愛美は俺の子供だ」
「……」
「現実なんてそんなもんって事だ。わかったか?わかったら金持って帰れや」
京介に金の入った紙袋を突き出す。爺共からの報酬。女を売って稼いだ金。この金に湯浅が体を売って稼いだ金が含まれていると知ったら京介はどう思うだろうな?
「金なんていらねぇよ。俺の望みは金じゃねぇ。てめぇを刑務所にぶち込む事だ」
「はあ?そんなの待ってりゃいいだけだってわかってんだろ?お前が動かした女達が出した被害届け…多分、俺は数日中に逮捕されるぜ?逃げるけどな」
「だろうな」
「それがわかっててなんで俺の呼びかけに応じたんだ?」
「昌雄…自首しろ」
「あん?」
自首だと?コイツ…何を言ってるんだ?
「このまま待っててもお前は逮捕される。それじゃ俺の気は晴れない。だからよ…自分の非を認めて自首しろや。お前が無様に謝りながら自首すれば俺の気が晴れるからよ」
「あ?ふざけんな。死んでも嫌だね」
「…俺が切り札を持っていると言ってもか?」
「はあ?お前なんかに何ができるって言うんだよ…」
「………」
京介は1枚の紙を俺に見せてきた。…何かのリスト?書いてある名前を見て鳥肌が立った。…爺共のリストだ…足りない名前もあるが…なんで…
「これは名前だけしか書いてないただの紙だったんだが…お前のその反応で本当に切り札に化けたな」
「…お前…何をする気だ?」
「ああ。調べていくうちに大物揃いだとわかってな…こんな田舎の警察じゃ荷が重いと思ったから…匿名でいろいろ流す事にした」
「…やめろ。マジで冗談じゃ済まねぇぞ?」
「そうだな…しばらくは刑務所の中のほうが安全だと思わないか?まあ…絶対じゃないだろうけどな。保身に長けた奴は追い詰められた経験が無いだろうから何をやらかすかわからない…」
「……」
「お前が自首しないなら自首しなきゃいけない状況を作るだけだ。昌雄…俺を舐めるなよ?俺だけじゃない…志乃やお前達が食い物にした女達の怒りはお前1人じゃ受け止められない。クズはまとめて地獄に落ちろ」
「…は…ははは。なるほどなぁ…お前が被害者1人1人にわざわざ接触してたのはこの為か?」
「ああ。お偉いさんってのは会社のHPとかに顔を載せたがるからな…名前を聞いて検索して…地味な作業だったよ。逆に相手の顔しかわからなかった被害者にはこの街の大企業の役員とかの顔写真を見せた。時間はかかったが想像以上の人数をリストアップできたぜ」
「…ハッ…確かに田舎の警察じゃそこまでしねぇだろうな…コイツは忠告だ。やめておけ…その中にはマジでヤバい奴もいるんだ」
「断る。コイツらが諸悪の根源って奴だろう?刑務所にぶち込むべきだ」
「ガキが…刑務所にぶち込んだくらいじゃ何の解決にもならねぇんだよ…」
「だろうな。だから田舎の警察じゃダメって言ってるだろ?」
「……ああ。なるほどな。そんなに上手く行くとは思えねぇけど…勝手にしろや」
…馬鹿が。それでも抑えられない奴もいるんだよ。証拠が証言だけで上手くいくはずねぇだろうが…中途半端に刺激して報復されるだけだ…
「自首する気は無いんだな?」
「ねぇよ。自首するくらいなら捕まるまで逃げ回ってやる」
「そうかよ…せいぜい上手く逃げ回れよ。お前が逮捕されて祝杯を挙げる時を楽しみにしてるぜ」
「ハッ…いい性格してるぜ」
話し合いは終わりだ。俺は終わるが…京介も潰される。喧嘩両成敗って奴かな。逃げる為の計画を練る為に帰ろうと思ったら京介に呼び止められた。
「昌雄」
「あん?」
「忘れ物だ!」
思いっきりぶん殴られた…おい…ふざけんなよ…
「…何しやがる!」
「まだ忘れてるぜ!」
爪先がめり込むくらいの蹴りを腹に喰らう。痛すぎて立ち上がる事すらできねぇ…
「……っぐぅ」
「志乃と被害者達の痛みはそんなもんじゃねぇだろうけどよ…お前にも少しは痛みを感じてもらわなきゃ不公平だろう?」
「……ハッ…偽善者が…」
「クズよりマシだ。じゃあな」
京介は去っていった。チッ…俺が傷害程度で警察に行けないって読まれてたか。…どうすっかな…京介は止まんねぇだろうし…このままじゃ…
車の中でしばらく考えた。良い考えなんて浮かばない。京介がどうなろうと知った事じゃないが…俺もヤバい。…小百合や愛美まで報復対象になる可能性がある。
はあ…京介なんかに手を貸す形になるのは癪だが…仕方ないか。お望み通り自首してやろう。派手にばら撒いた後でな…
数日後…俺は京介がそろそろ動き出すと予想して自分の持っている全ての情報をリークした。確実に騒ぎになる。かなり危険だが連中の腹の中を掻き回すには必要だ。
後は自首してさっさと起訴されて刑務所に入ればいい。刑務所の中も安全じゃねぇけど外よりマシだ。
おそらく、俺に狙いを絞ってくると思う。これできっと…小百合達は守れるはずだ。後藤達には悪いけど、俺の手駒って事で地獄まで付き合ってもらう。
京介よぉ…綺麗事だけで生きていけるのなんて裏が全く見えてない奴だけだぜ?
この国で毎日何人の「自殺者」や「行方不明」が出てると思ってんだか…
その後、俺は遠くの街にある警察に行って自首した。これも布石だ。この街とあの街の警察…そして京介がリークした先の力があればあるいは…
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