京介 後編

 あの日…錯乱した小百合は俺とDNA鑑定に行く事を拒否。愛美を連れて実家に帰っていった。

 小百合の父親からお怒りの電話があったが、俺は更なる怒りをぶつけて黙らせた。


 『小百合がいきなり帰ってきてずっと部屋で泣いている。君は小百合にいったい何をしたんだ!』


 「アンタの娘に托卵されたんだよ!浮気女が泣いていようが知った事か!」


 『…托卵!?しょ、証拠はあるのか?』


 「証拠を得る為にDNA鑑定に行こうとしたら逃げたんだよ!俺に偉そうに説教したいなら浮気してない証拠を出しやがれ!」


 そう言って電話を切る。…もちろん、この程度で済ませる気は無い。俺の髪の毛はその場で切って渡せばいいから…小百合と愛美の髪の毛が必要だ。小百合の髪の毛は小百合の櫛から。愛美の髪の毛は愛美のベビーベッドから採取した。

 それを持って鑑定を依頼。結果が出るまで他に出来る事…アイツらが何時から浮気をしていたか調べなきゃな。

 学生時代の知人に連絡をして情報を集める。同時に興信所に依頼。調べるのは…小百合が俺に近付いてきた頃にあったあの事件の事だ。昌雄と飲んでいる時から気になっていた…あの事件、何かある気がする…


 知人の繋がりを利用してわかったが、昌雄の交友関係はかなり広かった。…俺がこうやって聞き込みをしている事も昌雄の耳に入っている可能性が高いな。

 それならそれで構わない…どうせ隠れて調査なんて出来ないだろうしな。

 昌雄がある時期から小百合と関係を持ち始めた事はわかったが…あくまでも当時の記憶を頼りにした証言。証拠として使うには弱すぎるが…時期が気になるな。どうもあの事件より前から昌雄と小百合は関係があったみたいなんだが…

 小百合には誰とでも寝る女という噂があったらしい。だが、昌雄が他の噂を流し始めてからはその噂は消えた。

 昌雄が流した噂は…「小百合に手を出すと後藤がキレる」という噂。随分とストレートな噂だが、効果は絶大だったそうだ。

 しかし、後藤と小百合と関係があったという情報は無い。むしろ後藤は小百合を避けていたって情報がいくつかあるんだよな…

 上手くまとまらないが、なんとなく情報は集まりつつある。だが、決め手となるピースがいくつか欠けている。慌てるな…確実に追い詰めなきゃ意味が無い…焦らずに情報を集め続けよう…


 DNA鑑定の結果…愛美は小百合の娘だが、俺の娘ではないらしい。あの時の会話通り…愛美の父親は昌雄なのだろう…

 愛美が産まれた時は涙を流して喜んだっていうのに…最初から騙されてたなんてよ…

 愛美を抱いた時の感触はまだ残っている。俺が抱くと愛美はいつもへにゃっとした顔で笑うんだ…凄く可愛かった…

 …愛美は何も悪くないけど…俺の娘じゃないんだ…もう…忘れよう…今はやらなきゃいけない事があるしな…


 鑑定書を小百合の実家に送った後、小百合に対して離婚届けを書いて送れと小百合の父親から伝えてもらったが…1ヶ月経っても届かない。逃げ続けていれば俺の怒りが収まるとでも思っているのだろうか?

 馬鹿が…絶対に許さねぇよ…小百合も昌雄も可能な限り苦しませてやる…


 大学の知人関係から集めた情報はある程度まとまった。違う人脈を使わないと新しい情報は得られない気がする。

 できれば静かに暮らして欲しかったが…あの事件の被害者達から話を聞くしかないか。あの事件の事を思い出させてしまうから避けたかったんだけどな…

 何人かは連絡がとれた。1人だけ近くに住んでいるみたいだから無理を言って会ってもらう事にした。松本 優…あの事件の被害者で後藤達を通報した時は志乃と松本が中心になって被害者達をまとめていたそうだ。


 「…済まない。俺の都合でアンタに嫌な事を思い出させる事になる」


 「……志乃の元カレの頼みだからね。あの子には本当に救われたから…」


 事件の事を調べるうちに被害者達が被害を受けていた期間もわかっている。志乃が俺を避けはじめる1ヶ月前…志乃が泊まりにこなくなったくらいから始まっていた。

 …俺がもっと志乃に気を配っていたら気付けたかもしれない。いや…今更だな…志乃はもう…


 「何を聞きたいのかしら?」


 「笹嶋 昌雄と橘 小百合について何か知らないか?」


 「笹嶋については名前しか知らない。小百合に関しては大学時代の友人だったわ」


 「…なるほど」


 「小百合とはあの事件で縁を切ったけどね」


 「どうしてだ?」


 「…あの日の被害者はね、小百合に誘われた子達なのよ」


 「……なんだって?」


 「誘われた子達はみんな被害にあったのに…小百合は1度も呼ばれてなかったのよ…あそこに…」


 「あそこ?」


 「…私達にとっての地獄よ」


 松本は辛そうな表情をしている…踏み込みすぎたか…


 「…済まない」


 「…そういう訳だから…私達は小百合と縁を切ったのよ。飲み会に誘った本人だけが助かるとか…許せる訳ないじゃない」


 助かる事が怪しい…か。被害の始まりとなったのは飲み会だったのか…恐らくはあの時…志乃が小百合の事が心配だと言って同行した飲み会…

 あの時、俺は…昌雄の手伝いを頼まれていた。偶然という可能性もあるが…小百合と昌雄が同時に動いているのに無関係とも思えない。

 あの飲み会の前から2人は関係を持っていたという噂がある。同時期に昌雄が流した噂…「小百合に手を出すと後藤がキレる」それは後藤と小百合…あるいは噂を流した昌雄が後藤と関係があるという意味じゃないだろうか…

 推測を重ねているだけだが…後藤と小百合は全くの無関係じゃない。本人同士…あるいは昌雄によって繋がっていたと考えたら…

 飲み会自体が罠だった?小百合が集めた女達を後藤に渡す為に開かれた?

 そこまで考えて吐き気がした。それが真実だとしたら人間がする事じゃねぇ…そんなの人身売買じゃねぇかよ…

 志乃が俺から距離を取り始めてすぐに小百合は俺に近付いてきた。俺と小百合は元々知り合いだったが…あの時の小百合はやたら積極的だった気がする。

 …まさか…俺に近付く為に志乃を?…そんなのあり得ねぇだろ…流石に…無いよな…?


 「浅倉?」


 「胸糞悪くなる推論を立てた…おかしい点があったら指摘して欲しい…考えた俺自身がおかしいと思ってるから遠慮はいらない…」


 「え、ええ…」


 俺は考えた推論をまとめ、わかりやすくして松本に話した。あくまでも小百合と昌雄が当時から関係を持っていたという前提での話。持っていなければただの偶然。後藤達がただのクズだったって話になると思う。


 「………」


 「…出来れば否定して欲しいんだが…」


 「…なんか…ありそうな気が…」


 なんてこった…納得されちまった…


 「当時…警察はここまで考えなかったのか?」


 「多分、そこまで推察するほどの情報を集められなかったのよ…詳しい人間関係なんて学生達本人じゃないとわからないところもあるでしょう?」


 「そういうものか。…小百合は事情聴取されたんだよな?」


 「ええ…おかしな話だけど…被害者としてね」


 「被害者だとおかしいのか?」


 「…あの子だけ後藤達に呼び出されてなかったのよ?被害らしい被害なんて何も受けてないはずなのに被害者だなんて…」


 被害者じゃないのに被害者として扱われる可能性……加害者である後藤達が小百合を被害者にする事で庇ったって事か?なんでだ……まさか、昌雄か?


 「多分…後藤達の裏に誰かいるって事だよな?」


 「…ちょっと…怖い事言わないでよ…」


 「でもよ…そうじゃなきゃおかしいだろう?後藤達には小百合を庇う理由なんてない。協力者なら道連れにするはずだ。なのに小百合はまるで庇われていたようにしか思えない。…誰かにそう指示されたんじゃないのか?」


 「…そんな…じゃあ…」


 「小百合も含めて…まだ捕まってない奴がいる。そしてそれは多分…昌雄だ」


 そう考えたらピースが埋まる。まだ何かに繋がっているかもしれないけどな…

 推論を話して警察は動いてくれるだろうか?…ある程度の情報を警察がまだ持っているなら動く可能性はゼロじゃないと思うが…発破が必要だろうな。俺じゃダメだ…関係が弱すぎる。それなら…

 

 「松本…頼む。お前の人脈…連絡の繋がる被害者達の事を教えてくれ」


 「…何をする気?」


 「アイツらを刑務所にぶち込む。その為にはお前達の協力が必要なんだ」


 「……わかったわ。私達を苦しめた元凶を潰す為なら…協力する」


 「ありがとう…なあ、この件が無事に終わったらさ…志乃の墓参りに付き合ってくれないか?」


 「………え?」


 「俺…志乃の墓の場所を知らねぇんだよ…松本なら知ってる気がして…」


 「そんなの知らないわよ…志乃は生きてるのにどこの墓に入ってるっていうの?」


 「………は?」


 「…志乃は今、実家で暮らしてるわ。先週も電話で話してるし…」


 「え…えぇ?だって昌雄が…その…自殺したって…」


 「まあ、社会人になってすぐに自殺未遂で入院はしたけど…両親が迎えに来てそのまま実家に帰ったのよ」


 「そうか…そうだったのか…」


 あれ?なんか涙出てきた…


 「…志乃の実家の連絡先も教えてあげるわ。スマホはダメ。この話は志乃の両親にしなさい。自殺未遂なんてしてるから…両親も心配してるのよ…ごめんなさいね」


 「いや。ありがとう。志乃の両親に頼んでみるよ」


 「…あの子が惹かれたのもわかる気がするわ」


 「ん?」


 「何でもない。…これからきっと大変よ…できる限りは協力するけど…浅倉も頑張ってね」


 「ああ…アイツらは許さねぇよ…」


 松本の協力を得て…俺は被害者達と連絡をとった。やれやれ…ただの浮気調査が随分と大事になっちまった…

 まあ…ついでだな。俺の怒りをぶつけるついでに被害者達の怒りをぶつけるだけだ…

 小百合…昌雄…覚悟しとけよ…

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