京介 中編

 小百合と付き合い出してから…俺は志乃との思い出を少しずつ忘れる事ができた。


 「京介君。今日…泊まりに行ってもいいかな?」


 「ああ。いいよ」


 小百合は大人しいけど、性欲は強いらしい。付き合い始めてすぐに週に何回か泊まりにきて体を重ねるようになった。

 小百合が前に誰と付き合っていたかなんて興味ない。今の小百合は俺の隣に彼女として居てくれている。それだけでいいから…


 大学時代は小百合と仲良く過ごした。そのままこの街で就職し、小百合と結婚して同居している。

 小百合は本当に良い嫁だった。気が利くし、料理も美味い。何より…


 「いってらっしゃい。アナタ」


 そう言って毎日出勤前にキスをしてくれる。こんな甘々な日々が続いていると、志乃の事を思い出す事なんてほとんど無くなっていた。

 結婚してしばらくして、小百合が子供が欲しいと言うから避妊を止めた。俺も小百合との子供が欲しかったからな…頑張ったよ。

 その甲斐あって小百合はすぐに妊娠した。まあ…本当に頑張ったからな。毎晩…

 

 小百合が妊娠したから性欲の発散に苦労するかと思ったけど、小百合は頑張ってくれた。妻の務めとか言って様々な手段を使って性欲を発散させてくれたんだ…


 「小百合…無理しなくていいよ…」


 「アナタが我慢して辛い思いをしてるのは嫌だもの…できないからって他の女に目移りされちゃうかもしれないし…」


 「…浮気なんてしないよ」


 「うん。信じてる。そんなアナタだから…私も何かしてあげたいのよ」


 そこまで言われたら…好意に甘えるしかないよな…小百合…愛してるよ…



 しばらくして子供が産まれた。可愛い女の子だ。2人で悩んで「愛美」と名付けた。人から愛される子になって欲しい…そう願って付けた。

 愛美は俺の両親や小百合の両親から愛された。…きっとこの先、俺達は幸せに暮らして行くんだろうな。そう思っていた…



 愛美が産まれてから3ヶ月。俺は昌雄に誘われて居酒屋に飲みにきている。

 

 「お前…本当に橘と結婚してたのか?」


 「ん?ああ。身内だけの結婚式だったから招待できなくてスマン」


 「いや、それは別にいいけどよ…あの女…捕まった後藤達と親しくしてたって噂があったんだぞ?」


 「だからなんだ?それが事実でもあの時に捕まってないって事は小百合は犯行に加担してなかったって事だろうが。俺が友人だと思ってた奴は捕まってるしな…捕まってないなら無罪だろ?」


 「…湯浅も後藤達にやられてたのに…よく付き合えたもんだ」


 「は?」


 「…知らなかったのか?」


 「…聞いてないからな」


 …本当にそうだったとしても…今更だろう…


 「…その感じだと湯浅が自殺した事も知らないんじゃないか?」


 「…自殺?」


 「……後藤達が捕まった後、クズと付き合ったらしくてな。良いように使われて捨てられたんだとさ。それがショックだったんだろうよ」


 「…そうかよ」


 知らねぇよ。一時期付き合ってたからといって俺に志乃の人生を背負わなきゃいけない理由なんて無い。…今の俺には守らなきゃいけない家族がいるんだ。


 「…まあ、お前が幸せだって言うなら別に良いんだけどよ。後から知るより今知っておいたほうが良いかと思ってな」


 「志乃の事なんか知った事じゃない。俺には相談された記憶なんてないしな」


 「…そうだな。相談されなきゃ動けないよな…」


 「ああ…。何を知ったところで…今更だろう」


 その日の酒はびっくりするくらい不味かった。…でも、酒を飲む手は止まらなかった。泥酔した俺を昌雄がタクシーで家に送ってくれたが…なんでコイツ…俺のアパートを知ってるんだ?小百合と結婚してからここに引っ越したんだぞ?

 てっきり昌雄のアパートに運ばれるかと思ってたのに…


 「あら…酔い潰れちゃってるのね」


 「ああ。潰す手間が省けて助かったぜ」


 「もう…ダメよ。まずはこの人をベッドに寝かせてあげなきゃ…」


 「そうだな。俺達の子供を育ててくれてるんだ…丁重に扱ってやらなきゃな」


 「ねえ…本当にバレてないのかしら…」


 「飲んでる時に俺がお前の事を良く思ってないみたいに話したからな…コイツはすぐに人を信じる馬鹿だから気付かないって」


 「もう…私の愛する旦那様を馬鹿にしないでよ」


 「はいはい。そういう事にしておいてやるよ」


 気持ち悪くて動けないけど意識は割とハッキリしてるんだよな…托卵って奴だよな…コイツら…どうしてやろうか…

 俺をベッドで寝かせた後、小百合と昌雄はリビングで情事を始めた。

 俺は音を立てないように這って移動し、廊下でスマホを録画状態にしてセット。ベッドに戻って眠りに落ちる。もう限界だ。動けない。ちゃんと録画できてたらいいな…



 翌日、目が覚めると昌雄はいなかった。廊下のスマホを回収して小百合が用意してくれた朝食を食べながらテレビの電源を入れる。


 「アナタ。二日酔いは大丈夫?」


 「ああ。大丈夫だよ。アイツはいつ帰ったんだ?」


 「…アイツ?」


 「俺をアパートまで送ってきてくれて…ベッドまで運んでくれたんだ。昌雄には御礼を言わなきゃな…」


 「…そ、そうね」


 テレビを見ながら小百合の反応を横目で見ると明らかに顔色が悪くなっていた。


 「…今度、DNA鑑定に行こうか」


 「ち…違うの…」


 「俺はもうお前達の事を信用しないよ」


 本当に世の中…クズばっかりだよな。あの時…志乃の話をちゃんと聞いてやらなかった俺も含めてさ…

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