志乃 中編
京介を避け続けて2ヶ月が過ぎている…私はもう限界を迎えていた。心が折れて奴らに服従するという意味じゃない。従い続ける事に限界を感じている。
…深夜、男達が全員帰った後に私はこう言った…
「…もう…人に…彼に知られてもいい…あのクズ共に復讐してやる…」
同じアパートで嬲られていた女の子達のうちの何人かが私の言葉を聞いて賛同してくれた。
「…私も手伝う…」
「私も…」
「…やめてよ…貴女達が逆らったら…私も報復されちゃうじゃない…」
全員が賛同してくれた訳じゃない。反対する子もいた。でも…終わりの見えない地獄から抜け出す為には痛みを伴っても動き出さなきゃいけない。
報復はもちろん怖い。でも、アイツらは油断している。私達にはもう逆らう気がないと…動くなら今しかない。
私はこの部屋のベッドにこっそりとレコーダーを仕掛けてあった。これを証拠にすれば後藤達や教授を捕まえる事ができるはずだ。
通報すればきっとこの部屋の事も徹底的に調べられる。後藤達が私達の家族に報復するかもしれないと言えば警察が守ってくれると思うし…
ここでされた事全てが証拠になる。皆が協力してくれればきっと…
最初はこの部屋に盗聴器やカメラがあるか心配してたけど、後藤達の反応を観察し続けた結果、ここには私が仕掛けた物以外はそういった類の物はないと判断した。教授とかが私達と関係を持った証拠が残る事を嫌がったんだと思う。
「私達が一斉に動けば…きっと大丈夫。皆でこの地獄から抜け出しましょう」
「…貴女…強いわね。頼もしいわ」
「私には会って話したい人がいるの…だから…こんなところに何時までもいられないのよ…」
「そう…会えるといいわね…」
この人は確か…松本さんだったかな。大学で見かけた事がある。
私達は表向きは従いつつ、耐えながら証拠になりそうな物を集めた。2週間後…皆で集めた証拠はかなりの数になった。そろそろ動く時だ。
作戦決行日…私は協力してくれる女の子達と一緒に警察に行って全てを話した。まだ協力的じゃない子達も私達が本当に動いた事を知れば協力してくれるかもしれない…そうすれば後藤達の罪はもっと重くなる…
警察の動きは私達の予想以上に早かった。多分、今回の事はそれだけ大事なんだと思う。後藤はしばらく身を隠して逃げていたけど、他の連中はすぐに捕まっていた。
数日後…後藤が捕まった事を聞いて…私は本当に安心した。ずっと傍にいた女の子達と抱き合いながら泣いた…
後藤達の毒牙にかかっていたのは私達だけじゃなかった…過去に被害にあった子達も私達の動きに合わせて被害届けを出してくれた。私達の知らない男も関係していたらしい。芋づる式に逮捕されていき、大学内で12人。大学以外で8人逮捕された。
また何か証拠があれば今後も逮捕者は増えるだろう…身近にこんなにたくさんの犯罪者が潜んでいたなんて…本当に怖かった…
少し落ち着いたので私は京介に電話をした。
「…京介…!少し話したい事があるんだけど…」
「…今更なんの用だよ?」
久しぶりに聞いた京介の声は酷く冷たかった…
「やっと終わったから…京介に全部聞いて欲しくて…」
「終わった?俺とお前の関係ならとっくに終わってるだろう?」
「……え?」
京介の言葉が理解できなかった…終わってる…?何が…?
「俺は今から彼女とデートなんだよ…聞いてやってもいいけど、長い話になるなら今度にしてくれ」
新しい…彼女?なんで…やっと話せると思ったのに…やっと会えると思ったのに…なんでそんな事になってるの?
「…わかった。もういい。さよなら」
私はそう言って電話を切った。もう…どうでもいい…今まで頑張って耐えてきたのは無駄だった…私がずっと京介を想って耐えてきたのに…京介はその間…他の子と仲良くやってたんだね…酷いよ…
京介と別れて1週間。時間はたっぷりあったからずっと考えていた。
冷静になって考えたら3ヶ月間も避け続けていた恋人の事なんて諦めて当然だよね…私が勝手に期待してただけ…京介は何も悪くない。
京介の新しい彼女は小百合だった…あの子は後藤達の手から逃げられていたみたいだ。本当に良かった…
2人を祝福するのは私にはまだ辛くてできないけど…せめて2人の邪魔にはならないようにしよう…
それからの大学生活は悲惨だった。被害者の女の子達と助け合いながら自分の身を守る生活…そんな生活に疲れて大学を辞めた子も少なくない。
「なあ…これ、お前だろ?俺にもやらせてくれよ」
「…嫌よ」
こんなクズの相手も慣れてしまった。後藤達の流した動画で私達を脅すクズは片っ端から通報すると決めている。たまに大学の教員が脅してきたりするけど…例外は無い。
「ああ?この動画がどうなってもいいのかよ?」
私はクズを無視して警察に電話を掛けた。あの事件から私達の事を気に掛けてくれる女の刑事さん…凄く助けてもらっている。
「…もしもし。また脅迫されてるんですけど…」
『すぐに行くわ』
電話をしながら持ち歩いているデジカメで男の顔を撮った。この男の名前を知らないからね。逃げられても顔さえわかれば捕まえられる。
用件を伝え終わったので電話を切った。これも証拠の為に必要な事…
「お前!ふざけんなよ!声をかけただけだろうが!」
「…間違いなく脅迫よ」
「……ハッ。手持ちの動画を消したら証拠がなくなるだろうが…」
「あっそ」
私はそう言い残してその場を離れた。大学に向かってきている刑事さんに証拠を渡さなきゃいけないから…
10分後…大学に来てくれた刑事さんに証拠のデジカメとレコーダーの一つを刑事さんに渡した。レコーダーは複数持って常に録音している。私達の置かれている状況は…そういう状況だから…
この後は警察に行って被害届けを出さなきゃいけない。…もう慣れてるけどね。
「湯浅さん。大丈夫?乱暴とかされなかった?」
「…大丈夫です」
「貴女が他の子達の為に矢面に立ってくれてるのはわかるけど…無茶しないでね?」
「…はい」
もうすぐ地獄のような大学生活が終わる。それまで頑張ればいい。社会人になったらきっと…
そう思っていたけど、クズはどこにでもいるらしい。大学のある街にある春から勤め始めた会社でもあの時の動画で脅迫された…部長とかいう油ぎったおじさんから…
「君もこの会社を辞めたくはないだろう?…一晩でいいんだ…」
気持ち悪い。私はポケットのデジカメで部長の顔と見せつけてきたスマホの画面を撮り、刑事さんに電話をした。いつもの流れだ。
会社の中は大騒ぎになったけど関係無い。自己防衛の為だから。私は警察に行った後に会社に戻って事情聴取をされたが、動画の事を話す義務は無いから黙秘した。
自宅謹慎って言われたけど…クビになりそうね…できるか知らないけど…
アパートに帰って無音の部屋で考え事をする…私はこの先もこんな生活を続けなければならないのだろうか…もう…疲れちゃったよ…
京介の為に頑張れたあの時…他の子達の為と思って頑張ってた大学時代…今の私にはもう頑張る理由が無い…
部屋にあったカッターナイフから目が離せなくなり…手に取ってしまった…
刃を出して…手首に当てる…私は何も考えずに…刃を引いてしまった…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます