京介 完結編

 小百合達が自首してから7年…俺は32歳になっていた。あれからは平穏とは言い難い日々を送っていたが、最近になってようやく落ち着いた日々を送れるようになった。だから日曜の朝は起きない。惰眠を貪らせてもらう。

 そう思っていたのに…いきなり寝室の扉が勢いよく開かれた。


 「お父さん!朝だよ!」


 「あさよ~」


 …志乃め…俺を起こす為に娘達を差し向けてくるとは…しかし、俺は起きる気は無い。

 布団にくるまって完全防御。娘達では打つ手はあるまい。父を甘く見るなよ?


 「もう…お父さん!起きなさい!」


 「ぱぱ~」


 愛美は本当に志乃に似てきたな…最近じゃいつも怒られている。妹の弥生は俺に似てのんびり屋なんだけどなぁ…


 「…弥生。お父さんがね。私達が嫌いだから起きてくれないって」


 「…ぱぱ…やよいのこときらいなの?」


 「うん。好きだったら起きてくれるはずだもん。嫌いだから起きてくれないのよ」


 「うぅ~…いやなの…」


 子供って残酷だと思う。俺を起こす為に妹すら使うというのか…愛美…恐ろしい子…


 「ぱぱ~…おきて~」


 …もう無理だ。俺には弥生を泣かせてまで惰眠を貪るなんてできない…布団から出て弥生を抱き上げる。


 「愛美。弥生。おはよう」


 「お父さん。おはよう」


 「ぱぱ~」


 ぐずってる弥生をあやしながら愛美の頭を撫でてやる。最近は機嫌の良い時以外じゃ撫でさせてくれない。…ちょっと寂しい。


 「弥生は私が連れて行くから、お父さんはちゃんと着替えてきてね」


 「わかったよ」


 「う~」

 

 弥生はまだ2歳だけど、8歳の愛美じゃだっこは難しいらしい。だから背負っていった。

 普段着に着替えて洗面所に向かう。顔を洗って適当に寝癖を直してうがいして終わり。

 リビングに向かうと美味しそうな朝食が並んでいた。


 「京介。おはよう」


 「ああ。おはよう」


 志乃は穏やかな表情で俺に挨拶をしてくれた。再会してから志乃はずっと俺の事を支えてくれている。

 朝食後…弥生が眠たそうだったので抱きながらニュースを見ていた。…どこかの役員が捕まったらしい。やれやれ…まだ捕まらずに普通に生活している奴がいたのか。


 「ん~…友達のお爺ちゃんに似てる…」


 「…そうか」


 …家庭を持っているクズも少なくない。家庭があるのに悪事に手を染める…俺には理解できないな。残された家族が不憫でならない…


 「京介…」


 「大丈夫だ」


 志乃はまだ回復していない。地元からこの街に帰ってくる時にかなり無茶をしたみたいで志乃は1人で外出できなくなった。数年経った今では家では普通に生活できるが、まだ1人で外出できない。最近は愛美と一緒なら外出できるようになったが…弥生と2人は無理みたいだ。

 俺は志乃と一緒にそれなりの会社で在宅勤務をしている。愛美が幼稚園に通っていた頃は俺が送迎していた。弥生が幼稚園に通い出したらまた送迎する予定だ。


 「今日は松本が来るんだろう?」


 「ええ。旦那さんと優弥君も連れてくるはずよ」


 「優弥君…かわいいよね」


 愛美は優弥君の事がお気に入りらしい。まだ生後半年くらいだからな…誰からも愛される頃だろう。

 松本は3年前に同じアパートに住んでいた年下の男性と結婚した。松本も男性不信だったけど、よく顔を合わせていたみたいだから徐々に信用していったのだと思う。俺も何回か会ったが、誠実そうな男だ。



 結婚した後…志乃は俺と体を重ねる時、震えていた。よほど怖い目に遭ったのだと思う。俺はいくらでも待つつもりだったけど…志乃は何度も求めてきたんだ。途中でやめても翌日に求めてくる。

 志乃は快楽を求めているのではなく、安心を求めていたのだと思う。俺に抱かれても大丈夫だという事実を確認したかったんだ。俺はそんな志乃が愛しくて…優しく愛し続けた。本番まで3ヶ月かかったけど…志乃がとても安心した顔をしていたから乗り越えられたんだと思う。



 …昌雄に言われた事は今でも覚えている。でもな。やっぱり俺には信用できる家族が必要なんだよ。支えてくれる志乃や…頑張る活力源になってくれる愛美や弥生が必要なんだ。

 松本もきっとそうだと思う。誰もが昌雄のように1人で生きていけるほど強くないんだ。裏切られても…求めちまうんだよ。

 1人で生きていける強い奴らは弱い俺達を見て馬鹿にするのかもしれない。でもな…弱いから…人と寄り添うから得られる幸せがあるんだよ。それを得る為、守る為なら傷付くのも怖くない。そういう物があるんだ。

 きっと根本的な考え方とかが違うから俺と昌雄は話し合いが出来なかった。だが、昌雄の考えの全てを否定する気はない。いろんな奴がいる…それを結論にして俺は考えるのをやめた。



 あの時…俺が情報を流すのに合わせて昌雄が流した情報は証拠にするのに十分な情報だったらしい。様々な会社の役員が逮捕され、会社自体で内部の膿を出そうという動きが出てきた。おかげでこの街の企業は大打撃を受けたが、なんとか踏ん張ったらしい。


 俺達が通っていた大学は閉校に追いやられた。昌雄の後釜らしい奴がヘマをしたらしい。大学の教授や大学のOB…かなりの数が逮捕された。当然、そんな大学に入ろうとする奴はいなくなった…離れる学生も大勢いたらしいしな。


 後藤達はいつの間にか余罪が増えていてまだ出てきていないらしい。…10年以上経ってるからまともになっていると思うが…俺は後藤と関わりがないからよくわからん。


 小百合は後5年ほどで出てくるらしい。その時…俺は会おうかと思っている。復縁とかは全く考えていないが…会って話をしたい。志乃も直接文句を言いたいらしいしな。…怖いからその時は女の刑事さんに同行してもらおう。引退してなければだが…


 昌雄はまだ当分出てこない気がする。アイツが何を考えているかサッパリわからないけど…疑いがあるってレベルの犯行も自分がやったとか素直に認めていたらしいし…一部の誰かの罪を被ってるんじゃないかと見られているらしい。



 愛美が中学生になった時に全てを話す予定だ。きっとその時、愛美は深く傷付くだろう。だけど…俺達が支える事で立ち直ってくれると信じている。俺達の家族としての絆はそれくらいの事では壊れないと…信じているんだ。



 知らないだけでこんな事はどこにでもある話なんだろう。ちょっとした違和感に目を背けなければ気付く事もあるかもしれない。

 隠されている人の裏の顔なんて誰にもわからない。

 志乃のように黙っているかもしれない。

 小百合のように騙しているかもしれない。

 昌雄のように暗躍しているかもしれない。

 それでも信じる事をやめられないのが俺の…人の持つ弱さであり…強さだと思う。

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