翔子 後編

 待ち望んでいた赤ちゃんがやっと産まれた…予定日より少し遅くて、大きくなりすぎていたから帝王切開で取り出した。

 元気な男の子。力いっぱい泣いてる姿は強がってる時の芦屋君にそっくり…可愛い。


 私はもう普通に高校に通う事ができない。だから子育てをしながら通信で高卒の資格や他の資格取得を目指している。

 芦屋君はまだ学生…大学に行くかはわからないけど、いずれ3人で暮らすなら私も稼がなきゃいけない。今だって両親にとって大きな負担になっているんだから…頑張らないと。


 子育てと勉強の両立は思っていたほど大変じゃなかった。茂と名付けた息子はとっても元気で私の活力源になってくれた。

 忙しいけど満たされた生活を続け、そろそろ芦屋君が卒業する頃になった。芦屋君の進路は聞いておかなきゃね。遠くの大学に行く可能性があるし…行く前に茂と会わせてあげなきゃいけない。言葉も覚え始めているけど…まだパパって言えない。やっぱりパパが近くにいなきゃ難しいわよね…


 芦屋君と連絡が取れないので校門の前で下校する芦屋君を待つ事にした。何人かの後輩は私に話しかけてくれたけど…遠巻きに見て内緒話をする子もいる…それくらいは覚悟の上だ。気にしない。

 茂をあやしながらしばらく待っていたら芦屋君が校門から出てきた。ちょっと背が伸びてる…前の小さい芦屋君のほうが好きだったのになぁ…

 芦屋君の隣に女の子がいるけど…誰だろう?妹さんとかかな?…まあ、誰でもいいか。早く用件を伝えなきゃ…


 「芦屋君」


 「あん?……お、お前…」


 「久しぶり。ちょっと大きくなったわね」


 「…何の用だよ」


 「芦屋君の進路が知りたくて…遠くの大学に行くならしばらく会えなくなっちゃうでしょ?」


 「………」


 「悟。この女…誰なの?」


 「ああ。貴女とは初対面ね。挨拶が遅れてごめんなさい。私は真壁 翔子。芦屋君の彼女よ。この子は茂。芦屋君の息子。よく似てるでしょう?」

 

 「…息子って…悟!アンタ…あの噂は嘘だって言ってたじゃない!」


 「…俺は子供なんて知らねぇ…その女も俺とはもう無関係だ…」


 「もう…芦屋君はまたそんな事を言って…もう18なんだから大人の自覚を持ちなさい!」


 「……馬鹿みたい…私、関係ないから。悟。2度と私に話しかけないで」


 「お、おい!」


 女の子は帰っちゃった。…家族水入らずでって事かな?良い子なのね。


 「…お前なぁ!」


 「何?」


 「っ…頼むからもう俺に関わらないでくれ。俺はあの時、子供なんて知らねぇって言っただろうが…」


 まだ父親としての自覚が無いみたい。仕方ないかな…ずっと茂を見てきた私と違って芦屋君は茂と会うのは始めてだもの…


 「芦屋君の気持ちもわかるけど…茂は貴方の息子なの。そうやって否定しないであげて?茂が傷付いちゃうでしょう?」


 「知らねぇって言ってるだろうが!」


 「…今はそれでいいわ。時間をかけてわかってもらうのが1番でしょうし…そんな事より進路を教えてもらえるかしら?」


 「…教えねぇよ」


 「あんまり我が儘を言わないで?お姉さん、困っちゃうから…」


 生意気なところも可愛くて好きなんだけど…今日は流石に強く言わなきゃ。


 「もう俺の事は放っておいてくれ!」

 

 芦屋君はそう言うと走り去ってしまった…茂を抱いた状態じゃ走れない。


 「…本当に困ったパパだね」


 できるだけ芦屋君の自主性を尊重したかったけど…仕方ないよね。少し強引な手段をとらせてもらう事にする。あんまり我が儘を言ってお姉さんを困らせた芦屋君が悪いんだよ?


 芦屋君の髪の毛なんて以前から保管してある。私の部屋で何度も体を重ねたからね。

 茂の髪の毛と芦屋君の髪の毛で父子鑑定を依頼する。


 父子鑑定の鑑定書を持って芦屋君の家に行く。芦屋君が認めてくれないならご両親の力を借りるしかない。

 鑑定書を見せても信じてくれなかったから茂の髪の毛を渡した。芦屋君の家にある芦屋君の髪の毛を使って父子鑑定をしてもらえば信じるしかないだろう。



 芦屋君の家に行ってから芦屋君と連絡が繋がるようになった。やっぱり両親の力って大きいわね…


 『お前!なんて事しやがる!』


 「何の事?」


 『お前のせいで大学に行けなくなった!働いてお前達を養えって…クソが!』


 「結婚してくれるの?4年くらい待つつもりだったけど…早まってくれたなら嬉しいわ」


 『…何なんだよ…何で俺が…』


 「そうと決まれば一緒に住む部屋を探さなきゃね。ん~…古い家を借家として借りるのも悪くないわね」


 『………』


 「あ、でもアナタの就活が終わってからじゃないと無理かな…頑張ってね」


 『……別れてくれ』


 「結婚もまだなのに離婚の話とか…アナタがヤンチャなのは理解してるから、浮気はちょっとくらいなら目を瞑るわよ?」


 『…もう嫌なんだよ…お前のせいで…』


 「もう…我が儘言わないの。また甘えさせてあげるから…頑張って。ね?」


 『………』


 電話が切れてしまった。…芦屋君が不安定になっちゃうのも仕方ないかな。最近は甘えさせてあげられなかったし…

 あちらのご両親に結婚の許可はもらったし、私の両親にも許可をもらわなきゃ。私達の為に芦屋君が働いてくれるんだから反対はしないはずよ…



 1年後…私と夫と息子は小さな家を借りて住んでいる。私の実家や夫の実家からもそんなに離れていない理想的な位置。

 夫は毎日頑張って働いてくれている。仕事で疲れ果てた夫は毎晩のように私に甘えてくる。息子より甘えん坊な夫…私だけに甘えてくる夫…可愛くて仕方ない。

 私も家で息子の相手をしながら仕事をしている。今は2人目がお腹にいるから外で働けない。

 決して裕福ではないけど、愛する家族に囲まれて私は幸せに暮らしている。

 お互いの両親はあまり家に来てくれないけど…それも時間が経てば解決すると思う。

 私が選んだ道は間違いじゃない。だって…息子も夫も私に甘えてとても幸せそうだから…

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