翔子 前編
私は自分に自信が無い。別に容姿が優れている訳でもないし、他に何か秀でている物があるかと聞かれても答えられない。
だから…小林君から告白された時は夢じゃないかと思った。小林君は少し近寄り難い雰囲気があるから告白する子はいないけど女子から人気がある。小林君に告白できたのは真利奈くらいじゃないかな…あの子、物怖じしないから…
小林君からの告白はもちろん受けた。彼が嘘告とかしない性格なのはわかっている。顔を真っ赤にしながら真っ直ぐに告白してきてくれたのに…疑うのも失礼だよね。
小林君と付き合ってからは凄く楽しかった。2人でデート先を決めたり、お揃いのペンを買ったり…小林君は誰とも付き合った経験のない私にも凄く優しくて紳士的で…本当にいい人だと思う。
小林君と付き合い出して4ヶ月くらいかな…毎日が凄く楽しかった。
ある日、廊下を歩いていると下級生の男の子から話しかけられた。…私よりも背が低い。男の子の成長期が遅い子は高校で一気に伸びるとか聞いた事があるけど…この子は本当に小さい。
「先輩。俺と付き合ってくれませんか?」
態度は威圧的だけど…ちょっと震えているのに気付いてしまった。
可愛い。
私は何故かその子の事が可愛く見えて仕方なかった…。精一杯背伸びをしている子供みたいで…母性本能をくすぐられてしまったのだと思う。でも…
「ごめんね。お姉さんにはもう彼氏がいるのよ…」
「俺のほうがいいって!彼氏と別れて俺と付き合えよ!」
見た目の幼さも加わって生意気な態度全てが可愛く見える…私にはこの子を傷付ける選択ができなかった…
「少し…考える時間をちょうだい」
「わかった。これ…俺の連絡先だから…」
意外とちゃんとしてる。頭を撫でてあげたくなる衝動を必死に抑えた。高校生だもん…頭を撫でられたら怒っちゃうわよね…
あの子…芦屋君に告白されてから3週間…私はずっと考えていた。芦屋君の噂も聞いた。高圧的な態度のせいで同級生からかなり嫌われているらしい。
私は私が芦屋君の傍にいてあげなきゃいけないと思った。吉幸君に対して持っているのは恋愛感情…間違いなく、私は吉幸君の事が好き。
芦屋君に対しては…恋愛感情じゃない。母性本能…庇護欲だと思う。私が守ってあげなきゃいけないという使命感。
2人への感情…大きいのはもちろん、吉幸君への好意だった。でも…吉幸君の相手は私じゃなくても良い…
芦屋君には多分…私しかいない。私はそう考えてしまった…だから私は…
「…吉幸君。ごめんなさい…少し前に下級生の子から告白されたの…」
「…うん」
「吉幸君の事が嫌いになった訳じゃないの…でも…その子の事が気になって…」
「…わかった。別れよう」
「吉幸君…本当にごめんなさい!」
「…いいよ。気にしないで」
吉幸君は最後まで優しかった。自分が彼に酷い事をした自覚はある。
別れた後…その場を立ち去った私は周りに人がいない事を確認して言葉を紡いだ…
「吉幸君と付き合えて本当に楽しかったよ。ありがとう」
彼には言えない。言う資格が私には無い。でも…言葉にしたかった。誰も聞いていなくてもいい。その言葉を発した時に胸が温かくなった…ああ…私はちゃんと彼に恋をしていたんだな…
芦屋君から教えてもらった連絡先に電話をかけるとワンコールで出た。
『別れたのか!?』
あれから3週間も経っているのに…彼は私が電話をしてくるのを待ってくれていたみたいだ。…子犬みたい…
「…うん。別れてもらった」
『じゃ…じゃあ…』
「うん。付き合いましょう」
『よっしゃ!』
芦屋君は本当に可愛いなぁ…吉幸君に対する気持ちとは違う。でも…間違いなくこの気持ちも好意だ。
付き合い出してすぐに体を求めてきたのは驚いたけど…私は受け入れた。意地を張ってるところも…甘えん坊なところも…芦屋君の全てが愛おしい。
まさかすぐに妊娠するとは思わなかった…両親に父親は誰かと聞かれたけど私は答えなかった…芦屋君はまだ子供…父親としての役割を求めるには幼すぎる…だって…赤ちゃんが出来たって彼に言った時…
「芦屋君…私…赤ちゃんが出来たみたいなの…」
「あ、赤ちゃん!?ど、どうすんだよ!?」
「どうするって…もちろん産むよ?」
「…知らねぇ…俺は関係ねぇ…」
「え?」
「お前とはもう別れる!俺は子供の事なんか知らないからな!」
そう言って芦屋君は逃げ出してしまったから…その日以降、電話も拒否されている…
私は父親が誰かを隠し続け、子供を産む事を譲らなかった。両親は簡単には許してくれなかったけど…最終的に折れてくれた。
「…高校は辞めろ。妊娠した状態で通学は無理だろう…」
「…うん」
「…産むのならちゃんと育てなさいよ」
「うん」
高校は辞めちゃったけど…芦屋君との子供は守る事が出来た。いつか…時が来たらパパに会わせてあげるからね…それまで少しだけママだけで我慢してね…私の可愛い赤ちゃん…
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