紗奈 後編
「紗奈。無職が課長さんと一緒に家に来てくれるってよ」
課長は白河君と結婚したそうだ。会社は辞めたけど、お世話になった課長と白河君の結婚を祝福してあげたい…
「うん。会いたいな」
「そうか。楽しみだな。俺は会った事ないからちゃんとお礼を言いたいんだ」
秋夜はよくわからないけどいつの間にかまた私の隣に居てくれるようになった。
最初はいつもの夢だと思っていたけど…秋夜は毎朝、私を抱きしめて「おはよう」って言ってくれる。だから夢じゃない。
秋夜が傍にいてくれるようになってから私の世界は激変した。生きている事が嫌で考える事を放棄していたのに…秋夜の手が私を暗闇から引っ張ってくれた。
壊れ物を扱うように優しく…温かくて力強い秋夜の手…まだ明るい世界は遠いけど、私が足を止めても秋夜も一緒に止まってくれる。
慌てなくてもいい。疲れたら休もうって優しく微笑みながら待っていてくれる。…だから頑張れる。秋夜の隣にいたいから…もうこの手を離したくないから…
「秋夜」
一緒にいても不安になる事がある。そんな時は秋夜の名前を呼ぶ。
「ん?どうした?」
私が名前を呼ぶと秋夜はいつも優しい顔で「どうした?」とか「なんだ?」って聞き返してくれる。それだけで胸が温かくなる…秋夜…大好きだよ。そう思っていても何故か口に出す事が出来なかった…まるでその言葉を言う事を体が…心が拒絶しているかのように…
何日か過ぎて、家に白河君と課長が挨拶に来た。白河君は父さんに、課長は私に会いに来たらしい。
「白河の坊主。お前にはいろいろと助けられたから礼を言おうと思ってたのによ…あれから会いに来ないってのはどういう了見だ?」
「…最近はいろいろ忙しくてですね…ご挨拶できなくて申し訳ありません」
「課長さんの事を追っかけてたんだろ?お前も男だったんだな~」
「…あ?」
秋夜と白河君はとても仲が良い。いつも喧嘩してるけど…ああいう喧嘩は仲が良くないとできないって父さんが教えてくれた。
「川上さん…久しぶりね」
「課長。お久しぶりです」
「ちゃんと笑えているわね。安心したわ」
「…秋夜のおかげです」
「そう。良い旦那さんね」
「…はい」
秋夜が帰ってきてくれても元通りにならない物がある。私の苗字は藤本のまま…秋夜の妻ではなくなっている。
秋夜は私を妻だと言ってくれているけど…私から復縁して川上と名乗らせて欲しいとは言えない。言う資格が無い…ずっと秋夜を騙して裏切っていた私には…
「川上さん?」
「あ…えっと…出来れば…紗奈って呼んでもらえますか?私は…もう川上では無いので…」
「…ごめんなさい。配慮が足りなかったわ…」
「いえ…気にしないで下さい」
折角課長が会いに来てくれたのに…気を使わせちゃった…
父さんのところに白河君を置いて秋夜が私の隣に座った。
「…紗奈」
「…どうしたの?」
秋夜は真剣な顔だ。とても大切な事を言おうとしている。
「改めて…俺と結婚してくれないか?」
「………」
「お前と別れた後…俺はお前を忘れようとした。でもな…どうしても忘れられなかったんだ」
「…なんで?」
「お前に心底惚れてるからだ。昔から俺が馬鹿な事をしてもお前はずっと隣で微笑んでくれていた。俺にはお前じゃなきゃダメなんだよ…」
「…私、ずっと秋夜の事を騙してたんだよ?佐伯君に抱かれてるのを秋夜に隠して…ずっと秋夜を裏切ってたんだよ?」
「辛かったよな。気付いてやれなくてごめんな…」
「…なんで…秋夜が謝るの?」
「紗奈は何も悪くない。だから俺が謝らなきゃいけないんだ。あの時…信じてやれなくてごめんな…傷付けてごめんな…」
そんなのおかしいよ…秋夜は謝るような事を何もしてない…悪いのは全部…私なのに…
「…秋夜…謝らないで…秋夜は謝っちゃダメだよ…」
「嫌だ。俺は自分を許せないから紗奈に謝る。謝り続ける。…もし、俺に自分を許せって言うなら…紗奈も自分を許すんだ」
「…秋夜…そんなの卑怯だよ…」
「なら今度は俺が紗奈を騙す番だ…俺が紗奈は何も悪くないって紗奈の事を騙すんだよ。そうすりゃチャラだろ?」
「うぅ…ズルいよ…」
「俺はお前の為ならなんだってやる。今回がダメなら次も似たような事をする。俺は諦めが悪いんだ。知ってるだろ?」
「…うん」
「だからさ、大人しく俺に騙されて結婚してくれ」
こんな優しい事を言われたら…もう諦めるしかない。私の好きな人はとても頑固で…とても優しい人だから…
だから私は明るい世界に出る事にした。秋夜が一緒なら…きっと大丈夫だと思うから…
「うん。また…よろしくお願いします」
「よっしゃあぁぁぁっ!!」
秋夜は私を抱きしめてきた。朝の挨拶とは違う力強い抱擁…でもとても優しくて暖かい…
「馬鹿義息子…」
「あ、親父さん。紗奈はまたいただきますんで…」
「それは別に構わん。だがな…」
「なんです?」
「いきなり大声で叫ぶんじゃねぇよ!近所迷惑だろうが!」
父さんの拳骨が秋夜の頭を殴る。なんか凄い音がした…拳骨ってあんな音するんだ…
「痛え」
秋夜はケロッとしてる。でもちゃんと痛いらしい…
「お前の頭…石でできてんのか?」
拳骨をした父さんのほうが痛そうに見える…
「俺、石頭らしいです。親父さん、手は大丈夫ですか?」
「…次は顔を殴らせろ。なんか腹が立った…」
「イヤ!顔はやめて!」
相変わらず父さんと秋夜は仲が良いなぁ…さっきまでの重たい雰囲気はどこかに行っちゃった。あ、課長と白河君にお祝いを言わなきゃいけないんだった。
「白河君。課長。結婚おめでとうございます」
「あ、ああ。ありがとう」
「貴女もね。結婚おめでとう」
白河君は父さん達のじゃれ合いを見て驚いてるみたい。課長は私達の結婚…再婚を祝福してくれた。
「…あれは止めなくていいのか?」
「いつもの事ですから」
「賑やかな家族ね」
「はい。自慢の家族です」
じゃれ合ってる2人は母さんが止めると思う。今はニコニコ笑っているけど…母さんが1番怖いから…
「そうね…後日改めてお祝いでもしましょうか?」
「お祝いですか?」
「私達は結婚式はしてないし、紗奈さんの再婚したお祝いを兼ねてね」
「…それならミツル達も呼ぶか。会場はここを使わせてもらえたら助かるんだが…」
「許す」
秋夜に腕ひしぎ十字固めをかけた状態で父さんが許可を出してくれた。極まってないから痛くないはず。
パーティーか…秋夜の好きな物をいっぱい作らなきゃね。
「課長、料理ってできます?」
「あら?できないように見えるかしら?」
「課長は何でもできそうだから意外とできないかも…」
「残念。料理には自信あるわよ」
ちょっと意地悪そうに笑う課長…むぅ…負けたくないかも…
「親父さんの許可も貰ったし…来週の休日にここでパーティーをするか」
「フフッ。楽しみね」
「料理だけは負けませんから」
「親父さん!ギブ!ギブ!」
「あぁ?」
「アナタ。そろそろやめましょうか?」
私にとってとても大切な1日は賑やかに過ぎていった…私はこの日の事を一生忘れない。私と秋夜がまた夫婦になれた日なのだから…
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