無職 後編
紗奈さんとよりを戻した秋夜に続き、ミツルもお見合いをした斉藤…彩乃と仲良くやっているみたいだ。
俺もそろそろ彼女にプロポーズをしようと思っているが、その前に1つ片付けておきたい事がある。ミツルに話した見落とし…佐伯の凶行の原因についてだ。これだけ調べてもまだよくわからない。
佐伯は中学までは成績優秀な優等生だった。あまり人付き合いは得意じゃなかったみたいだけど真面目な性格だったと聞いている。そんな佐伯が高校に入ってから…紗奈さんに対して非道な行いを始めた理由が気になる。
佐伯の事を調べ続けて奴の金の出所は佐伯の母親だというのは絞れてきた。だが、何故そんな大金を渡し続けなくてはいけなかったのか…学生の間なら行き過ぎた愛情で納得はできる…気がするが…
佐伯は社会人になってもずっと金を貰っていたはずだ。じゃなきゃ収支が合わない。それくらいの金を佐伯は撒いていた。鈴音に渡していた金額がわからないので含めていないが毎月30万くらい。普通の会社員の手取りじゃ無理だ。佐伯が母親から支援され続けていたのは間違いない。他の資金源がある可能性も考えたがそれらしい動きはしていなかった。
佐伯の母親は佐伯の会社が潰れた頃に離婚していた。離婚後は1人でワンルームに住んでいるとか。仕事はしていないみたいだな。
…佐伯の母親と会ってみるか。これは仕事じゃない。ただの好奇心だ。連絡先はわからないから…直接行ってみるかな。
佐伯の母親が住むアパート…築30年くらいか?よくあるタイプのワンルームだ。表札は無かった。調べた部屋の番号のインターホンを鳴らすが反応は無い。…おそらくは居留守だな。少し、待ってみるか。
来客用の駐車スペースに停めてある車でしばらく時間を潰した。夕方頃まで待つと…部屋から1人の女性が出てきた。やはり居留守だったか。
車から降りて女性に話しかける。
「ちょっと良いですか?」
「な…なんですか?」
明らかに警戒されている。…まあ、佐伯の母親の置かれている状況を考えると仕方ないか。
「…佐伯 信夫についてお話を伺いたいのですが…」
「…信夫がまた何かやったんですか?」
「そう警戒しないで下さい。私はただの一般人です。警察とかじゃありません」
「………」
「ここで話すのも良くないですね。どこかで食事でも食べながら話しませんか?」
「……わかりました」
さて、質問の内容は考えているが…答えてくれるだろうか…
中華料理店の小部屋で話す事にした。理由はなんとなくだな。久々にこってりした料理を俺が食いたかっただけだ。俺の普段の主食カ〇リーメイトだし…プレーン味が店に並ばなくなった日の絶望は忘れない。
「好きに注文して下さい。お話を聞かせてもらう対価として私が払いますので」
「は、はあ…」
まだ怪しまれているみたいだ。まあ、仕方ないか。自分でも怪しい自覚はあるしな。
食事を食べながらいろいろと質問した。佐伯の母親は驚くくらい正直に話してくれたよ。…隠す事に疲れているのかもしれないな。
食事中は世間話程度で済ませる。本題は食後に聞くつもりだ。気分の良い話じゃないからな…折角の美味い料理も不味くなっちまう。
食事を終え、お茶を飲みながら本題に入った。
「貴女は何故息子さんにお金を渡し続けたのですか?」
「…息子が中学の頃、私は不倫をしていました。その証拠を息子に撮られてしまって…」
なるほど。多感な時期に母親の不倫を知った事で佐伯の中の倫理観が壊れた…ってところか?
「…何故、不倫をしたんですか?」
「…あの頃は時間を持て余していたんです。夫は仕事一筋、息子も手がかからなくなって…魔が差してしまったんです…」
佐伯の父親は社長として家族や社員の為に頑張っていた。その結果が妻の浮気と息子の暴走か。…家庭を顧みなかった事は父親が悪いのかもしれない。だが…俺も男だから父親の気持ちも理解できる気はするんだよな…
「…貴女の浮気相手は誰ですか?」
「…当時の佐伯商事の営業主任だった男です。息子に浮気がバレたと伝えると会社を辞め、違う会社に…」
この女も切られたのか…。つまり、その男は逃げ切った?…いや、まだ間に合うのか?
「別れた旦那さんは貴女の浮気相手が誰か知っているのでしょうか?」
「…いえ。知らないと思います」
…佐伯は中学3年までは普通の奴だった。14歳だったとして…17年くらい前か。浮気そのものの時効は20年。それ以降は認められなくなる。…まだ間に合う。
離婚して3年以内なら請求可能。他にも浮気相手を特定してから3年以内というのもあったはず。離婚して3年は少し怪しいが、相手を知らないというなら…仮に俺が教えたとしたらその時点から3年という事になる。
「…貴女を切ったその男に復讐したくありませんか?」
「…え?」
浮気の慰謝料なんて佐伯の撒いた金額と比べたら大した額じゃない。でもなぁ…クズがのうのうと暮らしているのってなんかムカつくんだよ。俺とは無関係と言っていいくらいの関係だけどな。
俺は佐伯の母親から情報を聞けるだけ聞いた。帰りにアパートまで送り、少し考えた後に情報料として商品券を渡した。
「協力ありがとうございます。できるだけ貴女に迷惑がかからないように動きますが、また協力をお願いする事があるかもしれません」
「あの…貴方は一体…」
「…ただの社会不適合者ですよ」
普通の会社に勤められない社会不適合者…それが俺だ。あまりにも理不尽すぎてやってられなかった。上に上がって変えてやろうなんて気力も湧かなかったし…
それから俺は佐伯の父親に会って協力を頼んだ。あまり乗り気ではなかったようだが…
「息子さんが馬鹿な事をした原因の一部はこの男にもあると思うんですよ」
「…わかった。協力しよう」
「情報は可能な限り渡します。…俺の事は口外しないで下さいね」
「…約束しよう」
俺は急いだ。もちろん期限があるからってのも理由だが…問題の浮気相手が今働いている会社…彼女の会社なんだよな…嫌なところで繋がっちまったぜ…
なんかよくわかんねぇけどソイツは人事部長になってるとか…彼女には言えない。責任感が強いから1人でソイツに突っ込みかねない。
だから俺は急いだ。ソイツの情報も可能な限り集めた。クソが…立派なクズじゃねぇかよ…
立場を利用して女社員に手を出してるとか…佐伯と同じじゃねぇか。絶対に潰す。
佐伯の父親が慰謝料請求をするタイミングに合わせてソイツの情報を彼女の会社に流したりした。なんか捕まったらしい。佐伯と同じ末路だが…余罪は佐伯を超えていた。時効になってる罪もあるくらいのクズにかける情けなんか無い。
彼女の会社の中はかなり大変な事になってしまったらしい。まあ、今の御時世でそんな事が行われていたなんて社外に漏れたらヤバいもんな…
俺はアパートに来た彼女に正座をさせられている。彼女が怒っているところなんてほとんど見た事ないから…大人しく従うしかない…
「…貴方の仕業よね?」
まあ、人事部長の事だろうな…
「…はい」
「まったく…無茶はしないでっていつも言ってるじゃないの…」
離職者が何人も出たせいで彼女は残業しまくっているらしい…
「スマン…早くしないと…お前が狙われるかもって心配だったんだ…」
「もう…私みたいなおばさんが狙われる訳ないじゃないの…」
「俺がクズならお前を真っ先に狙う」
「……バカ。もう良いわ。許してあげる」
なんか許してもらえたらしい。彼女とは電話ではよく話すけど会う機会は少ない。最近の彼女は残業もあったし、俺もクズの追い込みで動けなかった。
だからだろうか…久々に会えた彼女の事が愛しくて仕方ない。…そろそろ、言わなきゃな。
「…なあ」
「ん?何かしら?」
「…俺と…結婚してくれないか?」
「……私でいいの?貴方なら相手をいくらでも探せるでしょう?」
「お前がいい。お前と結婚できないなら独身を貫く」
「…もう。子供みたいなんだから…」
「…答えは?」
「…条件があるわ」
条件を飲めば結婚してくれるって事か?なら…聞くしかない。
「…何でも言ってくれ」
「私の会社で働いてくれないかしら?貴方なら大歓迎よ」
「…え?」
「やっぱり、夫には定職に就いてて欲しいじゃない。今の仕事は副業としてなら認めてあげる」
…俺に会社勤めをしろと言うのか…いや、彼女との結婚の為だ…やるしかない!
「わかった。お前の会社で働く…」
「……本当に…本気だったのね…」
彼女は俺に抱き付いてきた。嬉しかったけど…正座のせいで足が麻痺しているから彼女に押し倒されるような形になってしまった。…我ながら情けない…
「聖人…愛しているわ」
「ああ。俺もだ。愛している」
…あんなに嫌いだった自分の名前…彼女になら呼ばれても良いとか思っちまったぜ…
彼女はずっと待ってくれていたのかもしれないな。俺は今のアパートを引き払って彼女のアパートで同棲する事にした。結婚式を挙げたかったが…彼女が嫌だというので写真だけで済ませた。
「聖人…頑張って…」
「お、おう」
結婚してからは妻が毎晩求めてくる。子供が欲しいらしい。年齢的なものもあって妻はかなり焦っているようだ。
「何年かしたら…聖人も私に飽きちゃうかもしれないし…」
「それは絶対に無い」
仕事中の妻は男を遠ざける雰囲気を纏っているのだと思う。だからあまり男から声をかけられる事がなかったんだ。
プライベートの妻の姿を知ったら男は放っておかないと思うけどな…優しくて包容力のある美人なんて最高だろ?
結婚した後に妻の出した条件を飲んで妻の会社で勤めようかと思ったが…
「聖人が会社にいると…私が仕事に集中できないからダメ…」
って言われたから前と変わらない生活をしている。引き払ったアパートをまた借りて仕事場にする事にした。
前は好きな時間に好きな事をしていたが…今は妻に合わせた生活をしている。カ〇リーメイトは禁止されたが、彼女の手料理を食えるから問題ない。
妻とイチャイチャしながらのんびりと過ごしていたら秋夜に藤本の家に招待されてしまった。
「無職…頼む…藤本の家に来てくれ」
「…なんでだ?」
「お前が結婚した事を親父さんに話したら…「祝福させろ」ってよ…」
「………その言葉だけで十分だ」
「…お前が素直に来ないなら紗奈経由でお前の奥さんを人質にする事も辞さない」
…秋夜って馬鹿だけど頭は悪くないんだよな…妻と紗奈さんの関係を秋夜に話さなきゃ良かったぜ…
「……わかった」
「…逃げんなよ?俺は本気だからな」
信用されていないらしい。安心しろ。逃げ切れる自信が無いから大人しく行くさ…
後日、妻を連れて藤本の家に行く事にした。まあ、ただの挨拶だ。妻も紗奈に会いたがっていたから丁度よかったのかもな…
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