満 後編
4人目のお見合い相手はかなり異色だった。白河からの情報では歳は24。ん~…なんかヤンママっぽい。小さな女の子を抱いてきたのは予想外だった。白河から聞いてなかったからね。
「はじめまして~。斉藤 彩乃です。この子は娘の日向です」
「山田 満です。はじめまして」
この場に来たって事はシングルマザーなんだろうな。俺もバツイチだから気にしないけど。
「早速だけど、隠す気は無いから全て話すね。この子は元カレとの子供。子供が出来たって言ったら捨てられちゃってさ…」
無責任な男もいるものだ。子供が出来ても関係を切れば関係無いとか思っているのだろうか…
鈴音にずっと隠し事をされてきたからかはわからないけど…言い辛い事情を会ってすぐに話してくれた斉藤さんに少し好感を持ってしまった。
「…で、今はホステスをしてるの。割の良い仕事じゃないとこの子と生活できなくてね…両親には家に帰ってくるなって言われてるし…」
「なるほど。斉藤さんがお仕事の間、日向ちゃんは…?」
ホステスは別に変な仕事じゃない。ただのサービス業だ。嫌悪感を持つ人もいるかもしれないけど…俺は全く気にしない。極端に言うならウェイトレスと変わらないと思っている。酔っ払いの相手をしなきゃいけないのは心配ではあるけどね。
「あ~っと。敬語は無しで。私、あんまり敬語好きじゃないんだ…
…日向はアパートで1人で留守番してる。多分…ずっと泣いてると思う。大家から苦情がきてるから…」
「それはいろいろマズいと思うよ。斉藤さんが生活の為に働かなきゃいけないのは理解できるけど…こんな小さな子を1人で置いていっちゃダメだ」
「私だって日向の事は心配だけど…働かないと生活できないから…だから割の良いホステスの仕事で4時間だけ働いてるの。
仕事以外の時間はちゃんと日向と一緒にいる。大丈夫とは言えないけど、それが精一杯なの…」
……こんな話を聞いたら何か協力してあげなきゃって思うよな。多分…何か生活を支援してくれる制度みたいなのがあると思うんだけど…
「役所には行ったの?」
「ううん…ああいうところに行くと嫌がられちゃうから…変な目で見られるし…」
「ん~…それでも行ったほうが良いと思う。日向ちゃんの事も心配だし…夜間にやってる託児所とかも教えてくれるかもしれないよ?」
ん?託児所を調べるだけなら白河に頼んだほうがいいかな。後でお願いしておこう。
「…そうだね。日向にはちゃんと育って欲しいから父親になってくれる相手を探す事ばかり考えてたけど…そういう事もちゃんとしないとね…」
「…それも間違えてはいないと思うよ。日向ちゃんには父親も必要だ。でも、お母さんとの時間が何よりも必要だと思う。父親がいればその時間も作りやすいだろうし」
「…山田さん。私と…付き合ってくれないかな?日向の父親に…ううん、父親代わりでもいいから…お願いします…」
斉藤さんはかなり余裕が無い状態のようだ。事情を少し聞いただけでもマズいって思うくらいだからな…
「会ったばかりの俺にそんな事言っちゃダメだよ。ちゃんと時間をかけて考えなきゃ」
「今までに何人かにこうやって会ったよ。でも、山田さんみたいに親身になって考えてくれる人なんていなかった…」
「斉藤さんの事情を聞いたら誰でも協力しなきゃって思うんじゃないかな?」
多分、白河はそのつもりで斉藤さんを俺に会わせた。俺は前に子連れでも良いかと白河に聞かれた時に気にしないって答えたからな。
「…そんな訳ないじゃない。子供を押し付けられて捨てられた女なんて面倒なだけでしょ?」
「そんな状況でも斉藤さんは日向ちゃんの為に頑張っているんだ。手を貸してあげたいって思うさ」
斉藤さんが母親として頑張っている。頑張ろうとしているのはわかる。両親からの協力も期待できない中、1人で仕事と子育てを両立しようとしているんだ。…日向ちゃんより斉藤さんのほうが危険な気がするな…仕方ない…初対面の相手にする提案じゃないけど…
「…しばらく、手伝うよ」
「手伝うって?」
「俺のアパート、部屋が余ってるんだ。離婚した元妻の部屋だけど…そこに住まないか?」
「…いいの?」
「君がホステスの仕事に行っている間、日向ちゃんの事は俺が面倒を見る。子供はいなかったから子育ての経験は無いけどね」
「…頼っておいてこんな事を言うのは失礼だとは思うけど…日向に酷い事しないでね?」
危険な人物といるほうが1人で置いていくより心配か…確かにわかる気もするな。一応、警戒してくれているみたいで安心した。
「約束するよ。日向ちゃんに酷い事なんて絶対にしない」
「…嘘みたい。確かに相手を探してはいたけど…こんな…」
斉藤さんは少し泣いていた。前向きで明るい性格に見えたけど…かなり無理をしていたんだと思う。俺が少しでも助けになれればいいけど…
「できるだけ協力はするけど…あまり期待はしないでね?さっきも言ったけど、子育ては初心者だから…」
「大丈夫。私がちゃんと教えてあげるから」
涙を拭いて屈託なく笑う斉藤さんはとても魅力的だった。…とりあえず、婚活は中断だな。斉藤さん達が落ち着くまで協力してあげなきゃいけないからね。
半年後、俺は日向を抱きながら綾乃の帰りを待っていた。
彩乃はホステスの仕事を続けている。俺が帰宅すると綾乃は晩御飯を作ってくれているので3人で一緒に食べる。
晩御飯の後に彩乃は仕事に向かう。彩乃が帰ってくるのは午前1時くらい。それまで日向と遊んで寝かしつけるのが俺の役目だ。
最初は大変だったけど…慣れてくると今の生活も悪くない。むしろ楽しい。
少しずつ言葉を覚えている日向と楽しくお喋りをしていると白河から電話がかかってきた。
『よう。元気にやってるか?』
「ああ。忙しいけど充実してるよ」
『…ミツルももう大丈夫そうだな。婚活は終了って事でいいか?』
「…そうだな。白河はこうなるってわかってて俺と綾乃と会わせてくれたのか?」
『いや、お前が初日から同居すると言い出すとは思ってなかったさ。放ってはおかないのはわかってたがな』
「白河がいろいろ準備してたって先に知ってたら同居なんて提案しなかったよ…我ながら非常識だったと思う…」
『斉藤は俺の予想以上に余裕がないみたいだったからな…ミツルが提案してくれなきゃ斉藤は近いうちにアパートを追い出されてたと思うぜ。子供の夜泣きなんてアパートを追い出す理由にはならないはずなんだが…』
白河は託児所を既に調べていた。彩乃が住んでいたアパートから離れた場所だったから引っ越しの支援も視野に入れていたらしい。
『で、いつ結婚するんだ?』
「…まだ付き合ってもいないんだけど…」
『…そうなのか?斉藤と結婚する気がない訳じゃないんだろ?』
「弱味につけ込んでるみたいで言い出せなくてな…」
…同居させてやってる対価として付き合えみたいに受け取られたら嫌だしなぁ…。今の俺は彩乃に純粋に好意を持っている。彩乃も俺を信頼してくれてるとは思うけど…信頼と愛情は別物だから…
『お前の機嫌を損ねたら追い出される…とか思われてるかもしれないな』
「ああ…だから何も言えないんだよ」
『難しいな。お前から言ってくるのを待ってるかもしれないし…』
「むぅ…」
『まあ、後はお前達の問題だな。決まったら教えろよ?』
「ああ…決まったらな」
彩乃に拒絶されたら3人で過ごす心地良い時間が失われてしまうかもしれない…そう考えると…俺は踏み出す事ができなかった。
今日は休日。彩乃に頼まれて車で買い物に来ている。彩乃は後部座席でチャイルドシートに座っている日向をあやしながら俺に質問してきた。
「ミツルって…女に興味無いの?」
彩乃のこういうストレートなところも好きなんだよなぁ…
「いや。普通にあるよ。なんで?」
「半年経っても私に手を出してこないし…」
「…彩乃は同居人ではあるけど付き合ってる訳じゃないからね」
「ん~…それなら、付き合って…いや、むしろもう籍を入れちゃおう!」
「…運転中にそういう事言うのはやめて欲しいな。動揺しちゃうから…危ないでしょ」
こうやって俺の悩みはアッサリと解決した。彩乃と今後の事をしっかり話し合った後に籍を入れ、俺達は家族になった。
彩乃には日向が大きくなるまでは子育てに専念してもらう。日向が幼稚園に入ったら日中にパートをすればいい。
今まで彩乃にホステスを辞めろと言えなかったのは他人だったからだ。お互いに遠慮があった。家族となった今は辞めて欲しいと思っている。
「彩乃はまだ若いから大丈夫だとは思うけど…飲みすぎで体を壊しちゃうかもしれないからね」
「好きでホステスをやってた訳じゃないから辞めるのはいいけど…」
「彩乃と日向くらい養ってみせるよ」
「うん。ミツル…ありがとう」
もし…俺がバツイチじゃなかったら彩乃を受け入れる事が出来ただろうか?結婚に理想を持っている状態だと受け入れられたかわからない。
鈴音との結婚生活はそう悪いものじゃなかった…普通に楽しかったんだ。もちろん楽しかっただけじゃない。ちょっとした事で口喧嘩をした事もある。鈴音とのそんな経験が彩乃を受け入れる下地になったのかもしれない。
彩乃と籍を入れてしばらく経ったある日…秋夜が紗奈を連れて遊びに来た。秋夜にしては珍しく前日に連絡があったので彩乃には紗奈の事は説明してある。俺もあまり詳しくは聞いてないけど紗奈は鬱らしい。
秋夜とよりを戻した後、徐々に回復しているそうだ。今の紗奈は秋夜と一緒なら外出できるくらいには回復しているらしい。
「アンタが彩乃さんか。俺は秋夜。こっちは妻の紗奈だ。ミツルの事、よろしく頼むぜ」
「こちらこそよろしくお願いしますね。この子は日向。私の…私達の娘です」
うん。日向は俺達の娘だ。最近の日向はいろんなものに興味を持つようになった。今も遊びにきた2人をじっと見ている。
「秋夜。紗奈さんとはもう籍を入れたのか?」
「まだだけど?」
「さっき妻って言わなかったか?」
「籍が入って無くても紗奈は俺の妻だ。籍を入れるのは…元気になった後のご褒美みたいな感じ?」
相変わらず秋夜の考えはよくわからないな。まあ、紗奈を大切にしているのは見ればわかるから気にしなくていいか。
紗奈とは久しぶりに会ったな。思っていたより元気そうだ。紗奈は部屋の中をちょこちょこと歩き回る日向の事が気になるみたいだ。ずっと目で追っている。
「日向ちゃん。こっちに来てくれ」
秋夜に呼ばれた日向は俺の後ろに隠れてしまった。秋夜はデカいからな…ちょっと怖いのかもしれない。
「ありゃ…嫌われちまったかな?」
「初めて会う人だから恥ずかしがってるだけですよ」
「日向。大丈夫だよ。怖そうだけど優しいおじちゃんだから」
「おじちゃん…俺達ももうそんな歳なんだなぁ…」
日向はまだ俺から離れようとしてくれない。まあ、秋夜達とは初対面だからな。仕方ない。日向を抱いて膝の上に座らせる。秋夜から隠れてはいないけど、俺に抱かれているから落ち着いているみたいだ。
紗奈が俺の近くに近づいてきて日向の頭をそっと撫でる。
「かわいいね」
日向はしばらく撫でられた後に紗奈に向かって両手を伸ばした。紗奈に抱いて欲しいみたいだ。
「紗奈さん。日向を抱いてあげて欲しいな」
「…うん」
紗奈は過剰なくらい優しく日向を抱き上げる。紗奈の表情は慈愛に満ちていた。…秋夜との子供ができたら溺愛しそうだな。
「ミツル…ここまで長かったよなぁ…」
「そうだな。長かったけど…」
紗奈の腕の中で大人しく撫でられている日向。彩乃は紗奈の隣に座って日向にちょっかいをかけている。…彩乃はイタズラ好きなんだよ。愛情表情だってわかるけどね。
「こんな光景が見られたから…俺は満足だよ」
「…何言ってんだ。まだまだこれからだろ?これからもっと賑やかになるんだからよ」
「そうだな。もっと賑やかに…もっと楽しい生活になるんだろうな」
これからの生活を考えると楽しくて仕方ない。秋夜と紗奈もそのうち子供を作るだろう。俺と彩乃にもできるかもしれない。
白河も彼女さんにプロポーズするらしいからな…本当に賑やかになりそうだ。
鈴音と別れた時はこんな幸せになれるとは思っていなかった。秋夜も離婚直後で荒れてたし…
失う事を学んだ俺達はもう失わない努力をしなければならない。今の幸せを失わないように…彩乃と日向を守る為に頑張ろう。
俺と彩乃達を会わせてくれた白河。俺を励まし続けてくれた秋夜。温かい家庭をくれた彩乃達。そして…俺にいろいろな事を教えてくれた鈴音。
今の俺があるのは皆のおかげだ。皆…本当にありがとうな。
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