鈴音 後編
白河と名乗る男は大学からミツルと交流があった男だった。ミツルの交友関係が広すぎて私は全てを把握できていなかったけど…大学で白河の事を見かけた記憶はある。人柄とかは全く知らない。白河はミツルや川上君以外の人とはあまり話をしていなかったみたいだし…
白河は多分…私の事を見極める為に会いに来たのだろう。ミツルにはまだ私に未練が残っている。だから詳しい事情を知りたいと言われて…私は白河と会う事にした。
私は期待してしまったのだ。白河との対話がミツルと復縁する為のきっかけになるかもしれないと…
白河との話を終えた頃には…私はミツルとやり直す事ができないのだと思い知らされた。白河は私の未練を断つのが目的だったのかもしれない。
白河に事情を全て話そうと思った。ミツルが許してくれるなら何でもしようと思っていた。だけど…白河に佐伯から渡された金額を聞かれた時に私は答える事ができなかった。
貯めた金額の大きさこそがミツルを裏切った罪の大きさであると気付いたから…
結局、私はまた逃げてしまった。ミツルを裏切った事から逃げ…両親の非難から逃げ…白河の言及から逃げた。ずっと逃げ続けている。全て…この佐伯から渡されたお金のせいだ。このお金を作る為に…守る為にどれほどの物を失ってきたのか…それに気付けた事が白河との対話の最大の収穫だった。
…だけど、それだけの犠牲を払って手にしたお金だと思うと…余計に手放す事が出来なくなってしまった…
それからはミツルの事を思い出す事もほとんどなくなった。復縁はできないという現実を理解したからだろう。…なら、いつまでも引き摺っていても仕方ない。戻れない過去より先を見ないと。白河も言ってたじゃない。ミツルに拘っていても未来は無いって…
私ももう31歳。誰かと再婚する為には妥協も必要だろう。時間なんてすぐに経ってしまうのだから…急がないとね。
出会いを求めて1人でバーに行くようになった。カウンターで暇そうにしていればたまに男が釣れる。バーのカウンターはきっとそういう場所なのだろう。
「お一人ですか?」
今日もまた男が声を掛けてきた。私より少し上くらい。女遊びに慣れている感じね…
「ええ…」
「隣…良いですか?」
「どうぞ」
なんとなく…佐伯と似たような雰囲気を纏っている。この男は恋愛をしたい訳じゃない。ただ…私の体を求めているだけだ。視線や仕草でなんとなくわかる。それなら私もそういう対応…仕事をすればいいだけだ…
適度にお酒を飲んで酔ったように見せかける。まあ…餌ね。食いつかないなら別にいい。縁がなかっただけだ。
「…どこかで休みましょう」
「…はい」
まあ…行き先はホテルよね。私は誘われただけ。料金は男が持つべきだ。ほとんど動かずに男に身を任せる。…佐伯よりはマシかな。満足はできないけどね。
「貴女が良ければ…また会ってくれませんか?」
「…私、安くはありませんよ?」
最初だからお金はホテル代だけでいい。まあ…お試しみたいな物かしら。次からは別。大して満足できない相手に貴重な時間を割くのだからタダという訳にはいかない。
「そうやって割り切っていただけるなら話は早いですね」
「…私に会いたくなったら呼んで下さい。当日とかは困りますけどね…」
バーで知り合った男…会社の同僚…駅前で声を掛けてきた男…いろいろな男と肉体関係を持った。寂しかったから…安らぎが…温もりが欲しかったから…そこに愛情なんてない。ただ…心の隙間を埋めるだけの行為。体を使わせる対価はキッチリ貰う。それが私の副業…仕事なのだから…
人は慣れる。そんな生活をしていたらそれが当たり前になる。数ヶ月もする頃には私は出会い系のサイトで気軽に会える後腐れの無い男と体を重ねる事が日常になっていた。もう愛情なんて求めていない。ただ…快楽があればいい。たまに金払いの良い当たりの男に出会えた時は連絡先を渡す。
佐伯からのお金と副業で貯めているお金。これがあればもう再婚なんかしなくていい。私は年老いた時の事を考えてお金を蓄え続ける。…まあ、どこかでお金をタップリと貯め込んでいる男がいれば再婚を狙ってもいいかな…今の私に靡くかはわからないけどね…
ふと、優しかったあの人の事を思い出した。私の心の隙間をいつの間にか埋め…満たしてくれたあの人…きっとあの人は違う誰かを満たしているだろう。
私の人生で安らぎを感じたのはあの人と過ごしていた時だけだ。だけど…今の生活に慣れてしまった私は安らぎだけでは満足できなくなった。安らぎよりも求めるべき物があると気付いてしまった。
…慣れちゃったんだから仕方ないよね。きっと、あの人と私は住む世界が違っていたんだ。佐伯と関係を持った瞬間から…私はこうなるって決まっていたのかもしれない。
今の生活が幸せなのかはわからない。でも…それなりに満足はしている。先の事はわからないけど、その時の為の蓄えだ。だからきっと大丈夫…私はこのまま生きていく…私なりの幸せを求めて…
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