無職 中編

 鈴音に連絡をとって直接会う約束をした。かなり警戒されていたが…同じ大学。ミツルの友人って関係だけじゃ仕方ないわな。

 正直、俺は鈴音にはあまり良い感情を抱いていない。大学時代…鈴音はミツル以外の人間に対して壁を作っているように見えたからだ。…まあ、俺も似たような感じだったけどな。

 ミツルの事で話があると伝えたら鈴音の態度が少し軟化した…その隙を突いて直接会って話をするところまで誘導したんだ。

 まずは鈴音にミツルに対してどの程度の未練が残っているかを確認したい。


 「白河だ。中原と面と向かって話すのは初めてだな」


 「…そうね。あまり長々と話す気は無いの。手短に済ませてもらえるかしら?」


 「そうだな…腹の探り合いも面倒だ。単刀直入に聞く。ミツルに対して未練はあるか?」


 「…ええ。できるなら…やり直したいと思っているわ」


 ふむ…本音っぽいな…


 「なら…佐伯と関係を持っていた理由を教えてくれ」


 「…ミツルが貴方に話したの?」


 「いや。逆だな。俺がミツルに教えたんだ。お前と佐伯のホテルでの密会の写真は俺がミツルに渡した」


 撮ったのは俺じゃないけどな。俺と鈴音は同じ大学に通っていたから面識がある。顔でバレる可能性があったから尾行は知人に依頼した。

 俺のせいで離婚したとでもいうように鈴音からは怒りの感情が伝わってくる。


 「随分と余計な事をしてくれたわね…」


 「…それは逆恨みだろう?お前が浮気をしていなければ何も問題なくミツルと過ごせていたはずだ。違うか?」


 「私はあの時…佐伯に別れを告げたのよ。最後にするつもりだったの…」


 こりゃダメだな…この女は考え方が甘すぎる。


 「…最後にしたところで浮気をしていた事実は変わらないと思うが?」


 「…最後にすればそれ以降は裏切らなくて済むじゃない…」


 なんだろうな…いろんな考え方の奴はいるけどさ…浮気は止めたから許されるって話じゃないと思うんだが…


 「…仮に…ミツルと復縁できたとしたらもう浮気はしないのか?」


 「ええ…私はミツルと幸せな家庭を築きたかった。やり直せるなら浮気なんて2度としないわ」


 ふむ…ミツルとやり直したいのは本心か。

 さっき逸らされた話に戻させてもらうか。浮気をしていた事を認めてはいるが、浮気をしていた理由は話したくないみたいだ。それを鈴音の口から直接聞かないといけない。


 「ならなんで浮気をしたんだ?」


 「………」


 黙秘か。時間をかけるのも面倒だ。畳みかけるとしよう。


 「…なんでそんなに金が欲しかったんだ?」


 「…貴方…どこまで知ってるの?」


 「ある程度は佐伯の他の相手から聞いている…と言えばわかるか?」


 「…私は蓄えを作りたかっただけよ」


 「蓄え?」


 「お金はいくらあっても困るものじゃない。でも、いざという時に無いと困る。だから人は蓄えるの」


 「…まあな。わからなくもない」


 「ミツルとの生活を盤石にする為にもお金が必要だった…それだけよ」


 「…ミツルと結婚する前から佐伯と関係を持っていたのにその理由はおかしいだろう。蓄えを作りたかったというところまでなら理解できたがな…」


 「………なんで…」


 「俺は同じ大学だと言ったはずだ。お前の事なんて調べようと思えばいくらでも調べられるんだよ」


 鈴音のガードは固かったが…佐伯は穴だらけだった。あの野郎のした根回しは痕跡となって残っている。佐伯が高校時代から贔屓にしていたラブホとかな…佐伯の浮気相手を特定する時に調べまくったからなぁ…


 「…何が悪いの?」


 「あん?」


 「自分の体を使ってお金を稼ぐ事の何が悪いの?ただの肉体労働でしょう?どうして非難されなきゃいけないの?」


 「…別に俺は金を稼ぐ事は非難してはいない。稼ぐ方法はどうあれ、金は金だ」


 「そうでしょう?なら…」


 「お前にとって佐伯との関係が金を稼ぐ為の手段だったとしても…ミツルにとってそれは浮気でしかない」


 「…違う、ただの仕事よ…」


 「ミツルがそう思ってくれないとわかっていたからお前はミツルに話さなかったんだろう?お前自身が理解しているんだ」


 「ただの学生が効率よく稼ぐ為には体を使うしかないじゃない!貴方だって…もしそういう話があったら乗ってたんじゃないの?」


 「…ふむ。条件次第ではそういう事になっていた可能性はあるかもしれないな。否定はしない」


 「私だって…ミツルに隠し続けていたのは辛かった。でも…上手くいってたのよ。貴方がミツルに証拠を渡さなければ!」


 「お前は少し勘違いをしているな。俺からミツルに証拠を渡したのは間違いない。だが…お前の行動に疑念を抱いて俺に依頼してきたのはミツル本人だ」


 「………」


 「お前は疑われてたんだよ。それで上手くいってたとは…認識が甘すぎる」


 …俺には守秘義務なんてない。ミツルからの依頼だった事は伏せておきたかったけどな…鈴音に揺さぶりをかける為だ…スマン


 「…俺が調べた結果、佐伯はお前を特別扱いしていた。ラブホ以外で会ってたのはお前だけなんだよ。あんな高級ホテル…明らかに優遇されてるじゃねぇか。お前の本命は佐伯だったんじゃないのか?」


 「馬鹿な事言わないで。佐伯とはただの仕事の関係。私はミツル一筋だったわよ」


 「浮気してた女が一筋とか言うな。馬鹿な事を言ってるのはお前だ」


 なるほどな。鈴音は考え方が人と違う。佐伯との関係は完璧に仕事と割り切っている。佐伯に対して本当に何の感情も持っていないのだろう。

 ミツルの事に対して過敏に反応するのは…未練と罪悪感ってところか。どこまでが俺の感覚と一致するのかわからないけどな…


 「…これはただの好奇心だ。答えなくても構わない」


 「…何よ?」


 「佐伯は他の女にも金を払っていた。金額はバラつきがある。4万の女もいれば…500円の女もいた」


 「500円って…嘘でしょう?」


 「本当だ。その女は浮気じゃない。脅迫だったがな…」


 「………」


 「お前はいくら稼いだ?佐伯の扱いと…お前がバレる時まで関係を持ち続けていた事…かなり荒稼ぎしていたんじゃないのか?」


 「…答える義務はないわね」


 「…ミツル相手でもか?」


 「………」


 「…わかった。時間を作ってくれてありがとうよ。今日の事はミツルに話す。どうするかはミツル次第だが…」


 「……復縁は無理ね」


 「…わかっているならお前は他の相手を探したほうがいい。まともな感覚の奴がお前を理解するのは難しいとは思うが…ミツルに拘っていても未来は無いと思う」


 「…少しだけ…スッキリしたわ。ここまで話せたのは貴方が初めてだもの」


 「…お前は欲張りすぎたんだよ。無駄に抱えすぎて動けなくなったんだ。正直に話せば…ミツルは少しくらいなら一緒に抱えてくれてたと思うぜ?」


 「…きっと…そうだったんでしょうね。…ねえ、私からは言えないから…ミツルに伝えてもらえる?」


 「内容による」


 「…私と付き合ってくれて…結婚してくれてありがとう。私は幸せだったって…」


 「…お前…本当に酷い女だな。…気は乗らないが伝えておいてやるよ。ミツルの未練を断ち切る為にな」


 「…お願いするわ」


 流石にこの話を聞いたらミツルも諦める事ができるだろう。ミツルの気持ちを考えると気は重いが…全て話すつもりだ。

 これが余計なお節介だっていう自覚はあるけどよ…そろそろミツルにも前を向いて欲しいんだ…



 …秋夜は先日、紗奈とやり直し始めたらしい。紗奈の鬱の症状は俺の想像以上だったが…秋夜は気にしてないみたいだった。 


 「紗奈はちょっと元気が無いだけだろ?」


 「…間違えてはいない…と思う」

 

 コイツ…マジですげぇな…


 「親父さんから聞いたけどさ…佐伯は捕まってるんだってよ」


 「そうらしいな。なんか怪我をして退院した直後に捕まったらしい」


 「ああ、親父さんが佐伯の会社でボコボコにしたんだってよ」


 「…会社で?」


 「俺達が離婚した時に紗奈から事情を聞いた親父さんは佐伯を自分の手でボコボコにすると心に決めたんだとさ。

 ある日、佐伯を会社内で見つけたから追いかけ回して背中に飛び蹴りをかましたらしい。その後は倒れた佐伯のマウントをとって顔を殴りまくったってよ」


 …あの親父さん…只者じゃないとは思ってたが…秋夜並みに危険人物じゃねぇか…ご機嫌取りでもしておくか…


 「…秋夜…親父さん、酒好きか?」


 「おう。俺と晩酌してるよ。俺と親父さんが飲んでた時にな、紗奈が俺の服を引っ張ってきたんだ…飲み過ぎちゃダメって言ってるみたいでよ…可愛いかったぜ…」


 「…そうか。今度、お前に酒を渡すから親父さんと飲んでくれ」


 …そんな風に笑って話せるのは秋夜だからだろうな。普通の奴なら…多分、辛くて逃げてる…

 知人以外にはあまり関心は無いが…紗奈さんが早く良くなるように祈っておこう。


 「お前も飲みに来ればいいのに。お前と会ったって親父さんから聞いた。かなり気に入られてるみたいだぜ?」


 「…そうか。考えおく。紗奈さんが良くなってから誘ってくれ。まだ知らない男は怖がるかもしれないだろう?」


 「ん…そうか」


 本当に誘われたら逃げよう。秋夜と親父さん…太刀打ちできる自信が無い。絶対に潰される…


 「ミツルに悪い事しちまったな…」


 「あん?」


 「ミツルより先に幸せになっちまったからよ…アイツの婚活どうすんだ?」


 「…ミツル1人でパーティーは無理だな。次は帰ってこない気がする」


 「マダムか…」


 「ああ…マダムだ…」


 どうもこのあたりの婚活パーティーによく出没するマダムがいるみたいだ。秋夜が「また奴がいた」とか言ってたし。そのマダムにミツルは狙われているらしい。2回お持ち帰りされている。そろそろトラウマレベルだな…


 「パーティーがダメならナンパしかないよな…」


 ナンパしかないのかよ。お前の出会いってその2つしか選択肢無いの?


 「…ミツルの身の安全を考えるとお見合いのほうがいいと思う」


 「…お見合いって漫画の中だけじゃねぇの?」


 「ああ。うん。現実にあるから…」


 まあ、お見合いの前に…ミツルには鈴音の事を話さなきゃいけないけどな。ミツルも少し変わった奴だから…俺には予想しきれないところがある。大丈夫だとは思うけどな。

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