秋夜 後編
無職の話は難しすぎて俺には理解できなかった。わかりやすく説明してもらってようやくわかったけど…
紗奈が佐伯と関係を持っていた理由…学生時代は親父さんの為…結婚してからは俺との生活を守る為だったらしい。
ん~…つまり、紗奈は俺の事を愛してくれてたって事だろ?
佐伯に関係を強要されてたけど佐伯との子供を作りたくなかったからピルを飲んでて…そのせいで紗奈は俺との子供を作る事が出来なかった。でも…紗奈は俺との子供が欲しかったって言ってた。
つまり、俺と紗奈は両想いで間違いないっぽいよな?多分。このあたりは離婚した時に聞いたからなんとなく理解はしてる。
え~っと…後は、紗奈は佐伯から金を渡されてたって言ってたな。1回呼び出される度に500~1000円ね。ふむふむ…舐めやがって。紗奈の体がそんなに安い訳ねぇだろうが。婚活中のワンナイトと紗奈だと比較にすらならねぇよ。
佐伯はマダムの巣窟に叩き込んでやらなきゃな…人の女に手を出すくらい飢えてる佐伯ならマダムとヤリあえるだろ。
紗奈が俺に佐伯との関係を隠していたのは…仕方なかったのかもしれない。今だから紗奈の事情を理解できる…いや、理解しようと思えるけど…あの時は佐伯とグルになって俺を嘲笑ってたとしか思えなかったからな…だから離婚したんだし…
紗奈はそうなると思ってたから隠してたんだろう。今なら隠してた理由を理解はできる。
よくわからなくなってきたが…俺と紗奈はずっとラブラブだったって事だな!理解した。完璧だ。
佐伯って今は何してんだろ?佐伯の会社が潰れたのは知ってるけど…佐伯の奴がどうなったのか知らねぇ…無職に聞いてみるか…佐伯は殺しても罪に問われない気がするし…俺は佐伯の事を聞く為に無職に電話をした。
『…あ?』
「佐伯の居場所を教えてくれ。殺りにいくから」
『……待て。秋夜。気持ちはわからなくないが…まずは落ち着け』
「俺は冷静だっての。いろいろ考えて理解したさ。俺と紗奈はラブラブで…佐伯は生きてちゃいけない奴だって」
『……え~っとな。まあ、間違えてはいないと思うが…』
「紗奈を信じてやれなかった俺が紗奈の為に何か出来るとしたら…佐伯を殺るくらいだろ?」
『お前な…馬鹿な事言ってんじゃねぇぞ。紗奈さんはお前と一緒に居たかったから佐伯との関係を隠してたんだ。お前が佐伯を殺って逮捕なんかされてみろ。悲しむに決まってんだろうが』
「じゃあ…どうすりゃいいんだ?」
『…あ?』
「俺は理由が欲しい。紗奈に会いに行く理由が…紗奈を信じられずに離婚した俺には紗奈に会いに行くのに理由が必要なんだよ!」
『理由ならあるだろうが』
「あぁ?」
『紗奈さんに会いたいんだろ?理由なんてそれで良い。会ってくりゃいいんだよ』
「でもよ…」
『グチグチ言ってんじゃねぇ。お前は馬鹿なんだからよ…考えてもわかんねぇだろうが』
「…会いに行っていいのか?」
『お前がいいと思うならな。後は自分で決めろ。俺は背中は押してはやるが、引っ張ってやるつもりは無いからな』
「…ハッ。ここまでしといて引っ張ってないとかよ…」
『うっせぇ。俺は忙しいんだ。覚悟が決まったならとっとと行ってこい』
「わかったよ。もう切る。ありがとな」
『おう。頑張ってこいよ』
もう無職様には頭が上がらねぇな。甘ちゃんのミツルよりよっぽど過保護じゃねぇかよ…
佐伯の事は後回しだ。今は…紗奈に会いに行く。……もう20時か。やっぱり明日に…いや、ダメだ。今行かなきゃまた先延ばしになる。…でもあんまり遅くに行くと藤本の親父さんに殴られそうだし…
……考えるの疲れた。とりあえず行くべ。
紗奈の実家…俺が最も苦手とする人物がこの家にいる。親父さん…怖ぇんだよな…
恐怖に震える手でインターホンを鳴らす。
ピン『誰だ』
おい…ウソだろ…押したタイミングで返事が返ってきただと…指を離したらポーンが鳴っちゃうじゃん…ポーン
「…秋夜で『入れ』」
親父さん…怒ってんのかな…怒ってるよな…紗奈と離婚してから会ってないし…腹を括ろう。親父…お袋…帰れなかったらゴメンな…
玄関のドアを開けたら親父さんが仁王立ちしてた。閉めていいかな?
「久しぶりだな。秋夜」
「…お久しぶりです」
「…何をしにきた?」
この質問は誤魔化す訳にはいかないよな。
「…紗奈に会いに来ました」
「2階の奥の部屋だ。昔と変わっていない。お前ならわかるだろう」
「はい」
「任せたぞ」
廊下でお義母さんにも挨拶すると階段まで案内してくれた。階段をこんなに怖く感じるのは初めてかもしれない。この先に紗奈がいる。紗奈は…俺を許してくれるだろうか…?
階段を一歩一歩進み、紗奈の部屋の前へ…ノックをしたけど反応が無い。寝てるのかもしれないな…
振り返ると親父さんが仁王立ちしてた。俺に退路は無いらしい。なんか顎をクイクイしてる。多分…行けって事だよなぁ…
もう一度だけノック。やはり反応は無い。そっとドアノブを回してドアを開く。部屋の中は真っ暗…なんかあれだな。夜這いみたいだ。
「失礼しま「早く行け」」
親父さん…せっかちすぎるだろ。部屋に入って意識を集中…紗奈の息遣いを感じる。目も少しずつ暗闇に慣れてきた。壁をベタベタと触りまくって照明のスイッチを探す。これだ。カチッ
一気に明るくなる室内。紗奈はベッドで寝ていた。…どうしましょう?
紗奈の寝顔は見慣れているが…涙の跡がある。泣いてたのかな?髪がかなり伸びてる。少しやつれてるかな?紗奈の顔を見ていたら一緒に暮らしていた時の事を思いだした。紗奈はいつも笑ってたけど…時々、何かを考えてた。今思えば…俺を騙していてずっと心苦しかったのかもしれないな。
ベッドの横に椅子を移動させて座りながら紗奈の寝顔を見る。今はあの時の怒りなんて欠片も残っていない。ただ、紗奈がくれた楽しい想い出ばかりが浮かんでくる。
俺にはよくわかんねぇけどさ…紗奈は俺と一緒に過ごしたかっただけなんだよな?いろいろ抱えながら…いろいろ悩みながら…それでも俺と一緒にいてくれたんだ。
紗奈の髪を撫でる。なんか感触が違うな。髪が伸びたからだろうか?確かめるように触っていると…紗奈が目を覚ましている事に気付いた。
「……あ~……おはよう?」
「…秋夜?」
「…おう」
紗奈はゆっくりと体を起こして俺を見ている。なんだろう。反応が鈍い。「秋夜!愛してる!」とかいって抱き付いてくる事を期待してたんだが…いや、むしろ俺から行くべきか。
……殺気を感じてドアのほうを見る。少しだけ開いたドア…間違いない。見られている…迂闊な真似は死に繋がる。慎重に動かねば…
「…秋夜」
「…ああ。秋夜だ」
紗奈は夢か何かだと思ってるのかもな。ベッドに腰掛けて紗奈の隣に座る。紗奈は起きたけど髪がボサボサだ。手櫛で軽く撫でてやる。紗奈はボーッとしながら俺を見ていた。
それからしばらくして気付いたんだ…紗奈は寝ぼけているんじゃなくて…これが今の紗奈の普通の状態なんだって…
紗奈は話せば応えてくれる。だけど簡単な質問だけだ。難しい事は理解できないらしい。思考能力の低下。鬱の症状の一つらしい。
「…嫌われてはいないみたいだな」
「親父さん。俺をここに住ませてくれ」
「…理由は?」
「紗奈の為に決まってる」
「お前はそれで良いのか?」
「何が?」
「紗奈の面倒を見る覚悟がお前にあるのか?」
「ああ。もちろんだ」
「ハッ…馬鹿義息子が…勝手にしろ」
それから俺は藤本の家で暮らしている。紗奈と復縁はしていない。紗奈が治ってから改めて復縁を申し込むつもりだ。
俺にはよくわからないが…紗奈は俺が一緒に暮らし始めてから回復しているらしい。前はトイレや風呂以外で部屋から出る事がなかったとか…今はリビングのソファで俺の隣に座ってる。紗奈はテレビじゃなくて俺を見てるけどな。
「秋夜」
「ん。なんだ?」
これは会話じゃないかもしれない。でも…紗奈が俺を想ってくれているのはわかる。俺の隣にいる紗奈は優しく微笑んでいるから。
焦らず気長に頑張ろう。紗奈が13年間耐え続けた事に比べればこんなの天国だ。好きな相手の傍にずっといられるんだからな…
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