無職 前編

 クソ…秋夜の野郎…マトモな婚活パーティーってなんだよ…

 先日、ミツルと秋夜が婚活パーティーに参加したらしい。俺はそういうのに参加した事は無いからよくわからねぇけど…婚活パーティーと偽ったヤリ目パーティーだったそうだ。

 秋夜は全く気にしてなさそうだが…ミツルは心に傷を負ってしまったようだ。…女嫌いとかにならなきゃいいけど…

 秋夜はどうでもいいけど、ミツルはどうにかしてやりたい。そう思って適当に探している。…ふむ。


 素敵な出会いが待ってます!

 参加条件25歳~

 参加費用8000円

 

 開催日が近いな。情報が少ないが…開催場所は駅前のホテルか。悪くない気もする。そもそも俺には婚活パーティーの選び方の基準なんてわかんねぇしな。とりあえず参加っと。

 情報をミツルと秋夜に送った。秋夜からは1分もしないうちに返信がきた。


 無職様。マジでありがとうございます。


 …無職様ってなんだよ。コイツ…どんだけ期待してんだ?

 ミツルからは2時間くらいしてから返信がきた。


 逃げちゃダメだ…逃げちゃダメだ…


 …おう。そうだな。ミツルも参加する事に前向きって事だろう。お前に良い出会いがある事を祈ってるぜ…


 「ん~…なんで婚活パーティーのサイトなんて見てるのよ?浮気?」


 「そんな訳ねぇだろ。ダチが結婚相手を探してるんだよ」


 「友達思いなのはいいけど…私の相手もしてよね…久しぶりに会えたんだから…」


 「あ~…悪かったよ。丁度終わったから…飲みにでも行くか?」


 「今日は2人っきりがいいな…」


 「ん。わかった」


 ミツル達には言ってないが俺には3つ年上の彼女がいる。隠してる訳じゃない。言ってないだけだ。彼女は結婚しなくても良いと言っているけど…近いうちにプロポーズする気ではある。派手な結婚式とかはしないけどな。彼女とは長い間付き合ってるから…区切りとして結婚式は挙げたいんだよ。



 2週間後…秋夜がミツルを連れて俺のアパートに突撃してきた。コイツ…いつもアポ無しで来るんだよな…


 「無職!テメエ…もっとマシな婚活パーティーを用意しやがれ下さい!」


 語尾がおかしい。この感じじゃダメだったみたいだな。


 「ダメだったか」


 「…マダムしかいなかったよ」


 「…そうか」


 そういえば参加年齢に上限なかったな。そういうところはマダムが多い…と。参考にしよう。


 「前より酷かったぜ…ミツルはマダム達に狙われてよ…ピラニアの群れに襲われてる感じ?」


 「……怖かった」


 「ミツル…悪かった…」


 「俺も気付いたらワンナイトしちまってたしよ…」


 なんでそこまでいかなきゃ気付かねぇんだよ…


 「危うくマダムの魅力に目覚めるところだったぜ…」


 「いろいろドロドロだった」


 「……次もマダムが良いって事か?」


 秋夜は腕を組んで本気で悩んでいたが、ミツルは小刻みに震えていた。…マダムはダメっぽいな。

 秋夜のワンナイトの出来事を聞き流しながらミツルの心のケアをする。ん~…出会いってなかなか無いよな。婚活パーティーも数打ちゃ当たると思うが…ミツルが耐えられるか心配だ。秋夜は多分、順応すると思う。

 その後もいろんなパーティーに2人を放り込んだ。なんだかんだ言って生還してくるから心配なさそうだ。


 「無職!テメエ…大学生の合コンに捻じ込むんじゃねぇよ!」


 「マダムの巣窟よりマシじゃね?」


 「平均12000円だった」


 「…援交の値段か?」


 ミツルも逞しくなったなぁ…


 「気付いたらラブホにいた」


 お前はいつも気付くのが遅ぇんだよ…


 「…わかった。次はお前も参加な」


 「…あん?」


 「自分も参加するなら変なパーティーには参加しないようにするだろ?」


 「秋夜…お前…馬鹿じゃなかったんだな」


 「褒めんなよ。照れるだろ…」


 「俺は参加しないぞ」


 「あぁ?お前だって独り身だろうが?」


 「いや、結婚する予定の彼女がいる」


 「白河…初耳だぞ」


 「…なんとなく言うのが恥ずかしかっただけだ。隠してた訳じゃねぇよ」


 「このリア充が!俺にも幸せを分けてくれ!」


 あ~…クソ…言うつもりは無かったのによ…まあ、これでパーティーに参加しなくていいと思えば悪くない判断だったとは思うが…


 「じゃあ、会場まで付き添いって事で頼むな」


 「白河が来るなら安心だな」


 「…おい」


 「大丈夫だ。彼女さんに浮気を疑われたら俺が全裸土下座する」


 「そんなの見たくないと思うよ」


 「お前の全裸土下座で何が許されるのかを聞きたい」


 「え?紗奈はデートの日に寝坊した時は全裸土下座で許してくれたぞ?」


 …紗奈…秋夜の元奥さんか。今、何をしてるんだろうな…ミツルの元奥さんの事も気になる。調べてみるか…


 「まあ、とりあえず次は今週末だ。気合入れてお前達だけで行ってこい!」


 「おう。次がダメだったら付き添い決定だからな!」


 「白河の彼女さんか。挨拶したいな」


 「あ~…機会があればな」


 コイツらの婚活が上手くいかない理由には多分、未練もあるのだと思う。

 特に秋夜…コイツ…前より馬鹿になってるっぽいんだよなぁ…深く考えるのを止めた感じだ。

 

 秋夜の元奥さんの詳しい情報は知らなかったが…調べてみたら今は仕事を辞めて実家に引き籠もってるみたいだな。…この会社…彼女が勤めている会社じゃねぇか…

 彼女が来た時に詳しい話を聞く事にした。


 「藤本…いや、川上 紗奈を知っているか?」


 「…川上さん?ええ。私の部下だったから知ってるけど…」


 「会社を辞めた時…どんな感じだった?」


 「…貴方の事だから情報を悪用しないとは思うけど…理由を聞いてもいい?」


 「俺のダチ…川上 秋夜は川上 紗奈の旦那だった。まだ未練があるみたいだから情報を集めている」


 「川上さんを傷付けないって約束できる?」


 「…スマン。秋夜がどう動くかわからないから約束はできない…」


 「…正直ね。わかったわ。それなら…川上さんの為に動いてくれるって約束してもらえるかしら?」


 「…できるだけ…としか言えない」


 「貴方の言葉ならそれで十分よ」


 「ありがとう。できるだけ詳しく頼む」


 彼女の話をまとめると…紗奈の周りには佐伯の影がチラついていた。昼からの早退…おそらくは佐伯からの呼び出し…頻度にバラつきはあったが、間違いないと思う。

 そんな中でも紗奈は仕事を頑張っていたらしい。早退にさえ目を瞑れば優秀だったと。

 退職の際は鬱と診断されていたそうだ。秋夜と離婚した直後…関係ないと思うほうが難しいな…


 「今は…実家で引き籠もってるらしい。おそらくは鬱だと思う」


 「そう…会社を辞めてから回復はしていないのね…」


 どうするかな…秋夜と紗奈を会わせるのは危険だ。お互いにとっての治療薬になるかもしれないが…劇薬になる事も考えられる。

 だから…俺は下準備をする事にした。まずは俺が紗奈の事情を調べる。俺と紗奈はほとんど面識が無いからな…俺が会いに行くのは紗奈の両親…詳しい事情を得る為に話をしにいくつもりだ。


 「ありがとう。なんとなく…道が見えた気がする」


 「…無理はしないでね?」


 …ミツルと秋夜の事が片付いたら…彼女にプロポーズをしよう。アイツらが婚活婚活ってうるさいからよ…俺もその気になっちまった。



 2日後…俺は紗奈の親父さんと喫茶店で会う事にした。


 「…紗奈について聞きたいって?」


 「はい。秋夜の為に…紗奈さんの為に何か出来る事があるか調べています。秋夜も俺も紗奈さんの詳しい事情を知らないので…」


 「…わかった。場所を変えるぞ。煙草でも吸わなきゃ話せない」


 珈琲だけ飲んで店を出る。駅の喫煙スペースで話を聞いた。

 

 「まったく…喫煙者には生きづらくなっちまったもんだぜ…喫茶店でも禁煙とかよ…」


 「電子タバコなら大丈夫みたいでしたけど…」


 「あんなの煙草じゃねぇよ」


 よくわからないが…喫煙者って拘りがある人が多いからな…


 「さて…全て話してやる。その代わり…お前の力も貸してもらうぜ?」


 「できる事なら…」


 「まずは…娘が高校に入ったくらいから話すとするか…」


 藤本の親父さんから聞いた話は俺の予想を遥かに超えていた…佐伯がクズなのは理解しているつもりだったが、俺が知る佐伯の被害者の中では紗奈の扱いだけが飛び抜けて酷かった…

 俺は紗奈が秋夜の隣で幸せそうに笑っていた事を知っている。裏で佐伯にそんな扱いをされていても…秋夜といる事で幸せだったとでも言うのだろうか?

 紗奈の想いの深さに寒気がした。その想いが砕かれた絶望はどれほどの物なのか俺には想像すらできない…


 「…今は…家族で静かに暮らしている。最近の紗奈は話しかければちゃんと応えてくれるんだぜ。そう悪いもんじゃねぇよ」


 「…そうですか」


 「…話は終わりだ」


 「…この話…秋夜にしたらどうなると思いますか?」


 親父さんは煙草の煙を吐き出しながら考えている。


 「…俺にはわかんねぇな。アイツ…馬鹿だからなぁ…」


 「俺にもわからないんですよ…アイツ…馬鹿なんで…」


 秋夜は馬鹿だ。だけど…馬鹿だからこそ…希望が残っている気がする。秋夜に…全て話そう。アイツはきっと事情を知らない。知っていて何も動かない男じゃないはずだ…

 

 「親父さん。俺は秋夜に紗奈さんの事情を話そうと思います」


 「…大丈夫なのか?」


 「わかりません。わかりませんけど…会わせなきゃいけないと思ってます」


 「…そうかよ。紗奈に会うならウチに来いと伝えておいてくれ」


 「はい。伝えておきます」


 「白河って言ったか?今日はありがとうな」


 「いえ。こちらこそ」


 藤本の親父さんは帰っていった。来た時より少し元気になったように見える。…秋夜…お前、期待されてるみたいだぜ?



 数日後、2人の婚活パーティーの結果報告を適当にあしらった後に秋夜と話をした。ミツルには悪いが先に帰ってもらったよ。ミツル相手でも紗奈の事情は軽々しく話しちゃいけないと思ったから。


 「…少し、理解する為の時間をくれ」


 「…わかった。紗奈に会うなら藤本の実家に行け」


 「……ああ。ありがとよ」


 俺にできるのはここまでだ。後は秋夜次第か…頑張れよ。

 次はミツルか。ミツルの元奥さんの鈴音は…よくわかんねぇんだよな。今は独り暮らしをしてるみたいだ。入手できた情報が少なすぎて判断できない。親しい友人もいないみたいだからなぁ…

 少し考えて…鈴音とは直接会う事にした。調べた電話番号に電話をかける。さて…どうなるか…

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