鈴音 中編
社会人になってすぐに山本君…ミツルと結婚した。身内だけの小さな結婚式。略式だったけど…私は嬉しかった。これからミツルと2人で幸せな家庭を築いていくんだ…
お互いの両親に祝福され、ミツルと2人で同棲を始める。…そんな幸せな生活の中…佐伯との関係も続いていた。
「結婚おめでとう」
「…どうもありがとう」
お互いに社交辞令を済ませ、体を重ねる。佐伯とは縁を切りたかったけど…お金は欲しい。使えないといってもお金があるだけで心に余裕ができる。何かあってからまとまったお金を工面するのは難しい。
「結婚したら断られると思ってたんだけどな」
「うるさい。さっさと済ませて…」
数年続いた関係…この頃には佐伯との肉体関係は副業であると完璧に割り切っていた。
佐伯は私に飽きないのだろうか?まあいい。いつか飽きるだろう。それまでお金を貯めていればミツルとの生活は盤石になる。子供なんて30歳前後で産めればいい。
佐伯と関係を持った日はミツルに抱いてもらう。佐伯は自分が満足したら終わりだ。私は満足していない。だからミツルに愛してもらって満足させてもらうの。
そんなミツルとの幸せな生活も6年目。佐伯は私に一向に飽きる気配が無い。結婚してからは月1になったが、する場所がラブホじゃなくてホテルになった。
1200万の使えない貯金。ミツルと一緒にコツコツ貯めている貯金も500万くらいはある。これだけあれば佐伯との関係を切っても問題無いわね。そろそろ佐伯との関係を切って子作りでもしようかと思っていたある日…
「秋夜達さ…離婚するんだってよ」
「離婚?なんで?」
川上君のところは夫婦仲が良かった。川上君は紗奈を溺愛していたし、紗奈も川上君の事を愛していたのはそんなに付き合いが無い私でもわかる。
「高校の頃に佐伯って奴がいただろ?紗奈は秋夜と付き合う前からずっと関係を持ち続けていたらしくてな…」
「……ふ~ん。そうなんだ」
佐伯は紗奈とも関係を持ってたのね。…私ともまだ続いているし、他にもまだいそうね…
紗奈がそんな仕事をするようには見えなかったけど…まあ、お金は大事よね。やっぱり。
「…知ってたのか?」
「…まさか。私が知ってる訳ないじゃない」
そう。私は知らなかった。佐伯と紗奈の関係なんて…
…そろそろ危険ね。もう佐伯との関係は切ろう。次が最後…割りの良い仕事だったけど、ミツルに関係がバレたら全てが壊れてしまうから…
数日後、佐伯に呼び出された時に今回が最後だと伝えた。
「私はミツルと別れる気は無いの。だからもう会わない」
「そうかよ。…15万でもダメか?」
「………ダメよ。ミツルのほうが大切だもの…」
15万とかあり得ないでしょう…ちょっと揺らいじゃったじゃないの…もっと早く言ってれば値上げしてくれてたのかも…ううん。今更よ。欲を出しちゃダメ…
「…まあ、確かに俺の周りはちょっと面倒な事になってるからな…離れたがるのもわかるぜ」
「…お願いだから…私達を巻き込まないでね?」
「お前の事は喋らないさ。あの女は許さねぇけどな…そんな事より、やろうぜ?最後なんだからよ」
「…わかったわよ」
佐伯はいつもより激しかったけど…私は満足できなかった。だからその日もミツルに抱いてもらった。…これからはミツルの相手だけで良い…嬉しいはずなのに…私は何か物足りなさを感じていた…
それから少し経ってミツルの様子がおかしい事に気付いた。なんだろう。多分…何か悩み事があるんだと思うけど…
私は先日の川上君達の離婚の事もあり、ミツルの事が心配で仕方なかった。ミツルは優しいから川上君の離婚に心を痛めているんだと思う。妻として支えてあげないと…
休日…ミツルと一緒に朝食を食べ終えた後、リビングで今日の予定を考えていた。ミツルの元気が無いから励ます為にどこかに出かけるのもいいかもしれない。…いや、今日は一日中ミツルと愛し合うのも良いかな…なんて考えていたらミツルが封筒をいくつか持ってリビングに戻ってきた。
私の向かいに座り、無言で封筒の中の書類や写真を取り出す。そこには…私と佐伯がホテルの受付で話している姿が写っていた…
「…別れよう」
「………」
なんでこんな写真が…?別れるなんて…嘘でしょう?
「慰謝料は2人に請求する。今後、話し合いの場には必ず弁護士に同席してもらう予定だ」
…ミツルは本気だ。本気で私と離婚する気なんだ…どうしよう…どうすれば許してもらえるの?…詳しい事情を話す訳にはいかない。話せばもっと嫌われてしまうかもしれないから…
「…何か言いたい事はある?」
「…ごめんなさい」
いろいろ考えても…私には謝罪をする事しかできなかった。何故か?簡単だ。嫌われても仕方ない事…離婚されても仕方ない事を私がしてきたから…だから何も言えないんだ…
私がミツルだけを愛していると伝えてもこの状況では信じてもらえない。信じてもらえない事をずっと私がしてきたから…
何も話す事ができず、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。10分後…ミツルは無言でアパートから出て行った。
そこでようやく…私は泣く事ができた。あんな仕事を受けなければ…ミツルと私はずっと一緒にいられたはず…もう何を言っても遅すぎる。最初に関係を迫られてから今に至るまで…私にはいくつもの選択肢があった。
佐伯は私に対して強硬な手段はとらなかった。全ては取引だったのだから。佐伯は提案しただけ。最終的な決定権は私にあった。だから佐伯を責める事はできない…
私はミツルと別れるしかなかった。実家に帰り、私の浮気が原因でミツルと別れた事を伝えると両親に激しく怒られた。
「満君に非は無い。全てはお前が悪いという事で間違い無いのか?」
「はい…ミツルを裏切っていた私が悪いです…」
「何時から…浮気相手と関係を持っていたの?」
「………言えません」
10年以上だなんて言える訳が無い。この時になってようやく…自分がどれだけ長い間ミツルを裏切ってきたのかを自覚した…
「…浮気相手と結婚するというなら好きにしろ。その代わり、二度と帰ってくるな」
「結婚はしません」
「そこまでの覚悟が無いって事は…遊びで浮気をしてたのね…情けない…満君が可哀想よ…」
反論したかった。私が愛していたのはミツルだけだったと。佐伯との関係は仕事だったのだと。…しかし、私のした事は一般的に蔑まれる事…下手に喋ると更に立場を無くしてしまう。だから…私は事情を話せなかった。
実家からはすぐに出た。私のせいで実家の空気が悪くなってしまうから。両親が口論をしてるところなんて見た事がなかったのに…
独り暮らしをして2年。ミツルの配慮により私との離婚は静かに進められたから私の会社の中でも知らない人がいるくらいだ。上司とかは知ってるけどね。
佐伯からもらったお金は一切手を付けていない。離婚した時は隠していた。給料はミツルとの共有の口座に振り込まれていたから…私の財産はそれだけだと判断された。
財産分与の比率はミツルが7で私が3。渡された150万から慰謝料50万を引かれ、最終的に残ったのは100万。そして1200万…
独り暮らしを始める時に30万くらい使ったけど…収入のほうが支出より多いから貯めている。
2年間…ずっと独りで過ごして寂しくなった。だから…ダメだとは思いつつもミツルに電話をしてしまった…
『…もしもし』
「あ…私、鈴音です」
『…うん。久しぶりだね』
ミツルの声を聞いて胸が熱くなった。今の少しのやり取りだけで涙が滲んでくる…
「ミツル…」
『…どうしたの?』
「…私…やっぱりまたミツルと暮らしたいよ…」
『…鈴音』
こんな事…言っちゃダメなのに…自分を抑えられなかった…
「…ミツル…お願い…お願いだから…」
『…鈴音の気持ちは嬉しい。だけど…ごめん。俺は…鈴音を信じられないんだ…』
わかってる。私はミツルに隠し事をしているのだから…信じてもらえなくて当たり前だ…
「…いきなり変な事言ってゴメンね。久しぶりに声を聞けて嬉しかったよ…」
『…ああ。俺もだ』
「話を聞いてくれてありがとう。じゃあね…」
『…ああ。じゃあな』
ミツルの声を聞いて…答えが聞けて良かった…ありがとう。
佐伯からのお金なんて必要なかったんだ…この1200万を貯める為に裏切り続けていたのにね…
もしこの1200万を支払う事でミツルが私の元に帰ってきてくれるなら迷わずに払う。それくらいの価値しかないお金の為にミツルを失っただなんて…本当に馬鹿だ…
それからは仕事をしながらただ生きていた。あの人から連絡をもらうまでは…
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