鈴音 前編

 私の家は裕福じゃなかった…ハッキリ言って貧しかった。両親は若い頃に起業して失敗してしまったらしく、共働きで返済を続けている。

 だけど、それは今更言っても仕方ない事だ。両親は貧しいながらも私を愛してくれていた。だから私はそれほど気にしてはいない。食べる物に困るほど困窮していたわけでもないから。


 高校生の頃、私は自分のお小遣いや昼食代の為にバイトをしていた。少しは家の為に何かしたかったし…自由にできるお金も欲しかったからね。

 ある日、バイト先の喫茶店に同級生の佐伯がやってきた。佐伯はレジ前で私を値踏みするように見ていった。ハッキリ言ってアイツは気持ち悪い。主に顔が。そして似合ってない金髪とヒョロイ体型。…総合的に見て気持ち悪い。


 学校で山田君と話をしていたら佐伯が近付いてきた。せっかくの私の憩いの時間を…山田君と二人っきりで話せる機会なんてそんなに無いのに…


 「中原。ちょっと話があるんだ」


 「…何よ?」


 「いいからついてこいって」


 なんでこういうタイプの奴って無駄に偉そうなんだろう…面倒だけど仕方ない。ここで断ると後で更に面倒な事になる。そう思って話を聞く事にした。


 「なあ、金欲しくねぇか?」


 「……は?」


 「俺の女になれよ。そうすりゃ金をやる」


 「…馬鹿じゃないの?」


 「そうだなぁ…1回3万でどうだ?」


 3万…?私のバイト代は月に約6万。こいつと1回するだけで半月分のバイト代になる…?


 「………」


 「安すぎだって?仕方ねぇな。5万でどうだ?」


 流石に揺らいだ。だって…バイト1ヶ月分に近い金額をこいつと1回するだけで稼げる…そんなの悩むに決まってるじゃない…


 「本当に…1回で5万?」


 「ああ。悪くない話だろう。条件はあるけどな」


 「条件って何よ…」


 「これを飲んでもらう。安心しろ。これはサービスだ」


 佐伯はそう言って私に錠剤を渡してきた。


 「何これ?」


 「ピル。避妊薬だよ。妊娠なんかされても困るからな」


 こっちだってこんな男の子供なんか絶対に産みたくないわよ。私は温かい家庭を持つのが夢なの。


 「…この錠剤を飲んで、貴方とするだけでいいのね?」


 「ああ。リピートするかどうかはお前次第だな」


 …まあ、またするかは別にしてとりあえず1回分…5万はもらえる。悪くない話だ。…私に恋人はいない。付き合っている相手がいないから何も問題は無い。

 でも…好きな人はいる。その人にはこんな事をしているなんて知られたくない…


 「1つだけ条件を付けてもいい?」


 「なんだよ?」


 「人には口外しない事…」


 「ハッ。こんな事を他人に言える訳ないだろうが。そんなのは条件でもなんでもねぇよ」


 「約束してくれるのね?」


 「ああ。誰にも言わない。お前も言うんじゃないぞ」


 「なら…受けるわ」


 「取引成立だな。今日は俺の相手をしてもらうぜ」


 「今日はバイトが…」


 「バイトと俺の相手…どっちが稼げる?」


 …間違いなく佐伯の相手のほうが稼げる。仕方ないわね。バイトは休ませてもらおう。


 「…わかったわよ」


 「放課後を楽しみにしてるぜ。また後でな」


 教室に戻ると山田君は友人に囲まれていた。ほらね…やっぱり二人っきりで話す時間は貴重なのよ。…まあ、今は楽しく話しをする気分じゃないからいいけど…

 


 放課後…佐伯と2人でラブホに向かう。次があるとしたらラブホの近くで待ち合わせをしよう。こいつと一緒に歩くのも気分が悪い…

 初めて入るラブホに緊張したけど、佐伯は妙に慣れた感じだった。まあ…あんな提案をしてくるくらいだ。佐伯の相手は私だけじゃないんだろうな…


 「さて…やるとするか」


 「…私…初めてだから…」


 「大丈夫だって。俺は慣れてるからさ」


 めちゃくちゃ痛かった。佐伯は痛がる女の相手に慣れているだけで私を気持ち良くしてくれようとする配慮なんて全く感じなかった。腰を乱暴に打ち付けて出すだけ。なんか5万でも割に合わない気がしてきた…苦行すぎる…


 「中原!お前…マジでいいわ!」


 どうしよう。キモイ。許されるなら突き飛ばして逃げたい。でも…逃げたらお金はきっともらえない。そんなのやられ損だ。我慢しなきゃ…


 「さっさと…終わらせて…」


 「あ~?もうギブアップかよ。初めてだから仕方ねぇか」


 なんでそんなに誇らしげなの?…まあ、終わらせてくれるならどうでもいい。目を瞑って早く終わる事だけを祈っていた。


 「想像以上だったぜ…また頼むな」


 帰り際、佐伯は私に封筒を二つ渡してきた。中を見ると5万入っていた。それぞれの封筒に…


 「…なんで?」


 「初物だったからな。初物は価値が高いんだよ」


 よくわからないけど…くれるというならもらっておこう。お金の為に体を売ったんだから多くもらえるなら断る理由がないもの。


 「また頼むわ。抱かれたくなったらお前から呼んでくれてもいいぜ?」


 「…私から呼ぶ事は無いわね。次があるなら予約してくれる?バイトを突発で休むのは嫌なの…」


 「はいはい。わかったよ。そうだな…お前を呼び出すのは水曜日にするわ」


 お前を…ね。他の曜日は違う女がいるって事かしら。…別にいいけど。

 それからは月に2~3回呼び出されるようになった。佐伯から渡されるお金は下手に使えない。両親にバレたら何を言われるか…

 そう考えているうちにお金はどんどん貯まっていく。佐伯と関係を持ち始めたのは高校2年の秋。高校を卒業する頃には…貯金額は200万くらいになっていた…


 大学は金銭的に諦めていたけど、両親が行きなさいと言って無理をして学費を払ってくれた。両親に隠していた貯金を渡したかったけど渡せない。お金の出所を聞かれても答えられないから。この貯まるだけで使えないお金はどうすればいいのだろう…

 悩みながらも大学生活を続ける。佐伯は違う大学に行ったのに佐伯からの呼び出しは終わらなかった。


 「大学の女も食ったんだけどよ…お前とやるほうが気持ちいいわ」


 「…そう」


 褒められているのかもしれないけど…私にはよくわからない。佐伯との行為が気持ち良いと感じ始めたのは最近だから…


 「お前さ、彼氏とか作らねぇのか?あ、俺はそんな気は無いからな」


 ちょっと殴ろうかと思ってしまった。私にも選ぶ権利くらいある。間違えても佐伯を選ぶ事は無い。


 「最近よ~…彼氏持ちの女を抱くのにはまっちまってよ。彼氏に謝りながら感じまくる女に最高に燃えるんだよ」


 「…最低ね」


 「だよなぁ。彼氏がいるのに俺に抱いて欲しがるとか…最低のビッチだぜ。そんな女でも可愛がってやる俺…優しすぎる」


 佐伯には言葉が通じないらしい。最初からだけど。


 「お前も彼氏が出来たら教えてくれよ」


 「…嫌よ。彼氏が出来たらアンタとの関係は終わり」


 「まあ…彼氏で満足できるならそれでもいいけどな」


 それは体の相性次第だからまだわからないけど…少なくとも佐伯に抱かれるよりは満たされると思う。

 


 大学2年。私は…山田君と付き合う事になった。山田君から付き合って欲しいと言ってくれた。ずっと好きだったけど…佐伯と関係を持ち始めてから私には山田君に近付く勇気が湧かなかった。だから…山田君から言ってくれた事がとても嬉しかった。

 山田君と付き合い始めたから佐伯との関係はこれまで。恋人が出来たのに援交なんてしちゃいけない。


 「山田と付き合い出したのか…」


 「ええ。だから貴方との関係は…」


 「次からは6万でどうだ?」


 6万…いや、ダメよ。佐伯からお金をもらっても使えないんだから…増額されても…


 「…8万」


 こいつ…金銭感覚が狂ってる。私の体にそんな価値なんて無い。…8万なんて…


 「…わかったわ」


 情けない。またお金に負けてしまった。でも…1回…佐伯は1時間くらいで満足するから時給8万…そんな仕事なんて普通に探しても見つからない。


 「先に言っておくが、俺に本気になるなよ?山田と別れても付き合ってやらないからな」


 「…そうね」


 いい加減慣れてきた。佐伯の言葉はとりあえず流せばいい。

 いつも以上に張り切る佐伯はキモかった。


 「どうよ?山田より良いだろ?」


 「…山田君とはまだしてない」


 「なら…山田じゃ感じない体にしてやるよ!」


 早く終わってくれないかな…週末に山田君と初デート…どこに連れて行ってくれるんだろう。楽しみだな…

 

 裏で佐伯の相手を適当にしながら山田君と楽しい大学生活を満喫した。こんな生活にも慣れてしまっている。

 山田君と初めて結ばれた時は本当に幸せだった。佐伯の乱暴な行為とは違う。触り方が優しくて私を大切にしてくれるのが伝わってくる…とても気持ち良かった。

 

 大学4年。山田君からプロポーズされた。断る理由なんてない。私は喜んでプロポーズを受けた。

 佐伯との関係はただの仕事…貯金額は700万とか訳のわからない数字になっていた。


 多分…私は慣れすぎてしまったんだ。佐伯との関係を隠し続ける事に…割り切る事に…

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