秋夜 前編
高校の頃から付き合っている紗奈と社会人になって結婚した。それから6年…子供が全くできない。避妊してないのになんでだろう?自分が種無しなのかと心配になって調べたけど問題なかった。俺に問題が無いって事は…紗奈に問題があるのか?…いや、運が悪いだけだろう。子供は授かり物って言うしな…
「それにしても…本当にできないな…」
「ん~…まあ、気長に頑張ろうよ」
紗奈も子供は欲しいとは思っているらしい。お互いの両親から孫を急かされているので俺も頑張ってはいるんだけどな…
ある日、紗奈に頼まれて仕事帰りにクリーニングに出していた服を引き取りに行った時、店員から錠剤を渡された。
「これは?」
「女性のスーツのポケットに入ってましたよ。次からは気をつけて下さいね?」
「あ、そうでしたか。済みませんでした」
紗奈のスーツに?なんだろうか?持病とかは持ってなかったはずだけど…
気になったので知人に見せて調べてもらう事にした。よくわからないけどいろいろやっている何でも屋みたいな奴だ。詳しく聞くと無職っぽいから触れない方向で。
「なあ、この錠剤が何か調べられるか?」
「あん?…ただのピルだろ」
なんで見せただけでピルってすぐにわかるんですかね?この無職すげぇ…
しかし、ピルって…避妊薬の事だよな?詳しくは知らないけど…
「…俺達は子供を作ろうと頑張ってるんだが…」
「…こいつは毎日服用するタイプのピルだ。こいつを飲み続けてる限り、子供なんてできないと思うぜ?」
「ピルにも種類なんてあるのか?」
「いろいろある。生理痛の緩和の為に飲む女もいるし、レイプされた時に妊娠を回避する為に飲むアフターピルとかもあるな」
だからなんでそんなに詳しいんですかね?
「話を戻すが…これを服用していながら子供を作ろうとしているってのは酷い話だぜ…」
「…どういう事だ?」
「お前の奥さんは子供ができない事を知っててお前を騙してるって事さ」
言い方に腹は立ったが…こいつの言い分は正しいのだろう。紗奈のスーツから出てきたって事はこのピルは紗奈が飲んでいる物って事だ…
「…教えてくれて助かった。ありがとうな」
「…どうするんだ?」
「紗奈に直接聞いてみる」
「…そうかよ。覚悟はしておけ」
「…覚悟?」
「ピルを飲み続けていた理由として…浮気しているって事も考えられるからな…」
「お前!…いや、済まない…」
「お前にとって気分の良い話じゃないのはわかってる。悪かったな」
こいつは口は悪いが悪い奴じゃない。俺の事を案じて忠告してくれたのだろう。
「今日は帰るよ。ありがとうな」
「ああ。俺の手が必要なら声を掛けてくれ」
無職のアパートから帰る途中…いろいろ考えたけど答えは出なかった。やっぱり紗奈に直接聞くしかないか。
家に帰ると紗奈はもう帰ってきていた。引き取ってきたスーツを渡すとお礼を言われた。
「ありがとう。もうすぐご飯できるから着替えてきてね」
「ああ」
いつもの紗奈だ。浮気なんて…そんな事あるわけないよな。
夕食を食べたが味が良くわからなかった。美味かったと思うけど、覚えてない。頭の中はどうやって話を切り出すかでいっぱいだったから…
「…秋夜。何か悩み事でもあるの?」
「え?」
顔に出ていたらしい。昔から俺はわかりやすいとミツルにもよく言われてたな…紗奈が見たらすぐにわかるのかもしれない。
悩んでても聞かなきゃわかんねぇよな…覚悟を決めてピルをポケットから出して紗奈に見せた。
「…クリーニングに出したスーツの中に入ってた。これ…ピルだよな?」
「…あ…」
「…ピルを服用しているって事は…子供ができないって事…だよな?」
「………」
「答えてくれ…」
「…うん。子供ができない事は…わかってた…」
その一言を聞いてその場に崩れ落ちそうになった。子供が出来たらとか…女の子が欲しいとか…いろいろと話してきた全てが…偽りだったって事かよ…
「…なんでだ?」
「…飲まなきゃ…子供が出来ちゃうから…」
「出来て良いじゃねぇか!その為に頑張ってたんだよ!」
「違う!秋夜との子供は欲しいの!でも…アイツとの子供なんて…死んでも産みたくない…」
アイツが誰の事かはわからない。俺にわかったのはアイツとの子供が出来てしまう事を紗奈がしているって事だけだ…
「…アイツって誰だよ…」
「…佐伯…」
佐伯…?聞いた事がある名前だ。……高校の頃にいたチャラ男か?
「佐伯…信夫か?」
「……うん」
「…何時からだ…?まさか…高校の頃からずっと?」
そうだとしたらずっと子供が出来なかった事も理解できる…
「……うん」
もう終わりだ。紗奈の目から見た俺はさぞかし滑稽だっただろう。出来もしない子供を作ろうとして…長い間続けてきた浮気にもまったく気付かなかったのだから…
「秋夜…お願い。私の話を…」
「うるさい」
「秋夜…?」
「お前と話す事なんか何もない。離婚だ」
「秋夜!待って!話を聞いて!」
「もう声も聞きたくない。じゃあな」
俺は貴重品だけ持って家を出た。紗奈と過ごしたアパートになんてもう居たくない。だから俺が出ていく。車を走らせて少し離れた場所にあるコンビニの駐車場に停める。
これ以上運転できねぇ…涙で視界が歪んでるんだよ…30分くらい泣いた。すっげえ辛かった。こんなに胸が痛くなった事なんて生まれて初めてだ…
少しだけ落ち着いた。泣いたのなんか何時ぶりだろう。10年以上泣いてないと思う。中学の頃に泣いた記憶も無いしな…
親父に電話をした。紗奈から着信とメールが入っていたけどどうでもいい。
『馬鹿息子!紗奈ちゃんに何をしたんだ!』
「あぁ!?俺が浮気されたんだよ!」
電話をとった瞬間に怒鳴りつけてきた親父に対してカウンターをかます。俺にもかなり効いたけどな…
『…あ?』
「だから…紗奈に浮気されたんだよぉ…」
まだ泣けるのかよ…クソ…親父にだけは聞かれたくなかったぜ…
『……とりあえず帰ってこい』
「少し泣いたら帰る…運転できねぇ…」
『わかった。風呂を沸かしておいてやる』
「ありがとな…」
1時間後…実家に帰ると親父とお袋が出迎えてくれた。
「紗奈ちゃんから電話があってな…泣きじゃくっててよく聞き取れなかったんだが…お前が家を出て行ったとだけは理解できたんだ」
「…紗奈は佐伯って野郎と高校の頃からずっと浮気をしていたんだとよ。俺達に子供が出来なかったのは紗奈がずっとピルを飲んでいたかららしい」
「…とりあえず、風呂に入って今日は休め。酷い顔だぞ」
「ああ…そうさせてもらうよ」
「秋夜…これを使って…」
お袋から入浴剤を渡された。最近の入浴剤は無駄に高そうなパッケージなんだな…
「私のとっておきよ」
…お袋なりの気遣いか。普段は入浴剤とか使わないけど…有難く使わせてもらおう。
浴槽に入浴剤を入れるとお湯が真っ白になった。体を洗ってお湯に浸かるとなんかすげぇ。お肌がツルツルになった気がする。湯船に浸かりながら入浴剤の効能を読んでみる。
美白
それしか書いてねぇ。お袋…俺を美白にしてどうする気だ…気持ちいいけどさ…
翌日…離婚する事をミツルに電話で告げた。ミツルは俺の話を聞いてすぐに弁護士を紹介してくれたよ。両親といいミツルといい…俺の周りには俺の事を心配してくれる人がまだ残っている。腐るにはまだ早い…せめて佐伯の野郎に一矢報いてやんなきゃな。
佐伯には慰謝料800万請求した。アイツにとっては端金かもしれないが、離婚の慰謝料にしては高額だ。俺と紗奈の付き合いは10年以上。そして…俺達に子供が出来なかった理由は佐伯との関係のせいだ。その分も含めて請求してやった。恐ろしい事に一括で支払ってきやがった。クソが…もっとふっかけりゃ良かったぜ…
紗奈には…慰謝料は請求しない。財産分与で俺の比率が高いからな。その差額を慰謝料とさせてもらう。
弁護士経由で紗奈が俺と話をしたがっているとか言われたけど…断った。紗奈に会うと俺は自分の感情を制御できる自信が無い。最悪…紗奈に手を上げてしまうかもしれない。そんな事は絶対にしたくないから会わない。
俺と紗奈が離婚してしばらくしてミツルと鈴音も離婚したそうだ。鈴音も佐伯と浮気してたんだとよ。無職がいろいろと調べたらしい。あの無職…すげぇな。敵に回したくねぇ…
後は酷いもんだった。佐伯の親父の会社は佐伯のせいで潰れた。
その余波は関連会社にも大きな影響を与えた。俺が働いていた会社にも影響があったけど…まあ、仕方ない。営業に頑張ってもらうしかないわな。
紗奈と離婚して2年。ミツルと婚活パーティーに参加した。かなりガチな婚活パーティーだったようだ。どの女の目も怖かった。ミツルは早々に拉致…お持ち帰りされたみたいだ。アイツは断れない男だからね。仕方ないね。
さて…どうしよう。攻めるべきか…逃げるべきか…なんて考えてたら俺もお持ち帰りされてしまった。
…なんかあの婚活パーティーはヤリ目だったらしく、あれ以来、女からの連絡は無い。そりゃそうだ。連絡先の交換なんかしてないのだから…
世の中…なんか間違えてる気がする。まともな婚活パーティーに参加したいから次は無職に頼んでる。すげぇ嫌な顔されたけど動いてくれるあたり良い奴だよなぁ…
次こそは俺とミツルに良い出会いがありますように…無職様、お願いします!
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