満 前編
生まれた時からずっと地元で暮らし、小中高は地元の学校に通った。せっかくだから大学も地元の大学にした。俺は地元が好きなんだ。ちょっと田舎だけどな。
地元にずっと住んでいる俺には古くからの友人が多い。気付いたら増えてた。俺の妻である鈴音とも高校からの知り合いで、大学から付き合い始めて結婚している。
28歳になった俺。子供はまだいないから鈴音と2人で気楽にアパート暮らしをしている。
「ミツル。明日、いつものミーティングがあるから帰りが遅くなるわ」
「ん?ああ、明日は第2水曜日か」
妻…鈴音の会社は月に1回、ミーティングがあるそうだ。だから鈴音が残業で遅くなる事には慣れている。
「明日は俺が晩飯を作っておくよ」
「それは嬉しいけど…夜も忘れないでね?」
「ああ。わかってるよ」
鈴音はそのミーティングでかなりストレスが溜まるらしく、その日の夜は必ずと言っていいほど俺を求めてくる。まあ…求められたらいつでもオーケーなんですけどね。俺から求めるとやんわりと拒否される事が多いから…
ちょっと変わった夫婦かもしれないが、鈴音とは仲良くやっている。ちょっとした事に気を配れる鈴音は良妻と呼ぶに相応しい。うん。ただの惚気だ。自覚はある。
そんな日常をのんびりと過ごしていたある日…友人の秋夜から連絡が入った。
「ミツル…俺さ、離婚する事にしたんだ…」
「いきなりだな…何があったんだ?」
詳しく話を聞いてみると…秋夜の妻である紗奈は秋夜と結婚する前からずっと浮気をしていたそうだ。紗奈も俺の古い知人だ。浮気なんてするような女ではなかったと思うんだが…
「浮気相手は誰だ?」
「佐伯…高校の頃に金持ちのチャラ男がいただろ?アイツだよ…10年以上も騙され続けてたなんてよ…マジでやってらんねぇ…」
そんなの普通に人間不信になるよな…そんな状態の秋夜が俺に連絡をくれたって事は、俺の事を信じて頼ってくれているって事かもしれない。力になってやらなきゃな。
「慰謝料の請求とかするなら弁護士が必要だろう?紹介しようか?」
「ああ…頼むわ。佐伯の事だから親に頼んで払ってもらうだろうから思いっきりふっかけてやる」
「ああ…佐伯の親父は会社の社長だったな…」
28にもなって親の脛齧りとは…まあ、佐伯を甘やかして育てた親にも責任があるか。秋夜に弁護士の連絡先を教えた。ある程度進捗があったらまた連絡をくれるそうだ。
その日の夜。鈴音と夕食を食べ終わった後に秋夜達が別れる事を話した。
「秋夜達さ…離婚するんだってよ」
「離婚?なんで?」
「高校の頃に佐伯って奴がいただろ?紗奈は秋夜と付き合う前からずっと関係を持ち続けていたらしくてな…」
「……ふ~ん。そうなんだ」
…違和感を感じた。秋夜達は鈴音にとっても古い知人なのに…その程度の反応しかしないのはおかしい。…まさか…
「…知ってたのか?」
「…まさか。私が知ってる訳ないじゃない」
鈴音の答えを聞いても違和感は消えなかった。…どうも気になるな。
秋夜達の離婚は俺にとっては大きな出来事だった。当たり前の生活は突然崩れる。それを教えてくれたのだから。
鈴音に若干の疑念を抱いた俺は少しの間だけ鈴音の事を調べる事にした。長い付き合いだから鈴音の事は大抵知っている…そう思っていたが…それは俺の勘違いだったらしい。
調査を依頼していた知人…白河から鈴音と佐伯が会っている証拠を渡された。つい先日…場所は高級ホテル。鈴音はその日はいつものミーティングで少し帰ってくるのが遅かった。
…実際はミーティングではなく、佐伯とホテルで会っていたのか…毎月…ずっと…
佐伯に抱かれたその日に俺が求められていたって事かよ…クソ…吐き気がする…
「あ~…気にすんな…とは言えないか。悪い。なんて言えばいいのかわかんねぇ…」
「…いや。助かったよ。協力してくれてありがとうな」
「…なんか俺がお前にすげぇ悪い事をした気分だぜ…」
「俺から頼んだんだ。お前が気にする事なんてないよ」
「…佐伯の事をもう少し調べてみる。まだまだ何かありそうだからな…」
「そうか。無理しない程度に頼むな」
白河から受け取った証拠…俺はどうすればいいのだろうか…鈴音の事は愛している。鈴音も多分…浮気はしているけど、俺の事を愛してくれていると思う。
数日悩んだ。俺が悩んでいる間、鈴音は俺の事を心配してくれたけど…その心配すら疎ましく感じてしまった。…つまり、そういう事なんだろう。
数日後、決意を固めた俺は鈴音に浮気の証拠と離婚届を見せて別れを切り出した。
「…別れよう」
「………」
鈴音は真っ青になって言葉を失っているようだ。そこまでの反応をするくらいなら…浮気なんかしなければ良かったのに…
「慰謝料は2人に請求する。今後、話し合いの場には必ず弁護士に同席してもらう予定だ」
今日、弁護士がいないのは鈴音と2人で話す時間を作りたかったから…言い訳を聞いてもどうしようもないけど…話くらいは聞いてあげたかった。
「…何か言いたい事はある?」
「…ごめんなさい」
鈴音はそれだけしか言わなかった。別に泣きながら許しを請う姿を見たかった訳じゃないけど…最後の言葉がこれだけとか…秋夜の気持ちがなんとなくわかった。確かに…やってらんねぇって気分だな…
鈴音と別れて2年経った。お互いにフリーになった秋夜とはしょっちゅう飲みに行っている。
佐伯と関係を持っていた女は10人を越えていた。女達は佐伯に呼び出された時は金銭を渡されていたらしい。……そんな金があるなら風俗行けよ。人の妻をデリヘルみたいに使うんじゃねぇ。
佐伯は人の女じゃないと満足できない性癖だったと聞いた。自分の欲を満たす為には他人の家庭を壊す事になると考えなかったのだろうか?
浮気が発覚した夫婦のほとんどが離婚したそうだ。慰謝料の請求は凄まじい事になっているらしい。
佐伯の親の会社は潰れた。佐伯は社員の妻にも手を出していたそうだ。佐伯の蛮行が他の社員に伝わったらしく、離れていく者が続出。業務を維持する事ができなくなったらしい。
「最初に金を貰えた俺達はある意味勝ち組なのかもな…」
「勝ってる訳ないだろう…こんな腐った金を貰うより…鈴音と普通に生活していたかったさ…」
「…ああ。俺もだよ」
白河の頑張りで大量の浮気の証拠を押さえられた佐伯は慰謝料の支払いの為、多額の借金を負う事になった。雇ってくれていた親の会社も潰れたからな…アイツ…どうするんだろう?
俺達への支払いは終わっているからあまり考えないでおこう。
最近、鈴音から復縁して欲しいと言われた。…情けない事に嬉しく感じてしまったよ。復縁はしなかったけどね。やっぱり、信じられそうになかったからさ…
普通に暮らしていて不満があったなら言ってくれれば良かったのに…佐伯と何時から関係を持っていたかも鈴音は教えてくれなかった。佐伯から金を貰っていたって事は…もっと贅沢な暮らしがしたかったって事なのかな?
…鈴音は佐伯との事はほとんど話してくれなかった。だから考えても無駄だろう。
「…今度、一緒に婚活でも行くか?」
「…それも良いかもな」
俺と秋夜に良い相手が見つかりますように…そう願ってグラスで乾杯をした。
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