冬華 後編

 武蔵と再婚して半年。最近は京子がかなり武蔵の事を好きになっちゃったみたい。私もかなり可愛がってるのに…武蔵の纏っている安心できる雰囲気は子供にもわかるのかな?


 行きつけの喫茶店のマスター夫婦は私と幸子の詳しい事情を知っている。他にお客さんがほとんどいないからね…趣味でやってる店だから売り上げとか気にしてないらしい。いつかいきなり閉店してそうで怖い。

 今日も京子と一緒に喫茶店に来ていた。幸子が悩みを聞いて欲しいんだって。店に入るなりマスター夫婦は京子にベッタリだ。


 「京子ちゃん。いらっしゃい」


 「そろそろ離乳食の時期でしょう?用意しておきましょうか?」


 …ここ、喫茶店だよね?離乳食って…


 「う、うん。お願いします?」


 勢いに負けてお願いしてしまった…。マスターは私が何も頼んでないのにハーブティーを出してくれる。


 「今日もあの子と会うのかい?」


 「ええ。悩みがあるらしいので…」


 「全く…可哀想な子だよ。あの子ならウチの息子の嫁に欲しいくらいだ」


 「息子さんがいたんですか?」


 「ああ。大学を卒業した後に酒屋をやるとか言いだしてね…ここから少し離れた場所で1人で酒屋を経営しているよ」

 

 「へぇ~…」


 「少し老け顔だけどまだ26なんだよ。自分なりに努力して店はそれなりに繁盛しているみたいだけど女性とは縁が無くてね…」


 酒屋…自営業…幸子にはいい相手かもしれないなぁ…26って事は私達より2つか3つ下かな?


 「…幸子の悩みが恋愛関係じゃなければ話をしてみる事にします」


 「ああ。とりあえず会ってくれるだけでも有難いね」


 マスターとそんな話をしていたら幸子が店に来た。マスター夫婦が京子の相手をしてくれるらしいので任せる事にする。…衛生面が心配だったけどちゃんと対応できるようにエプロンの替えとか用意してあった。


 幸子と話をしたけど気になる人が出来たとか。でも、その人と武蔵の事をどうしても比べたり重ねてしまうらしい。

 比べるのは当たり前だよね。タレントとかモデルを見て格好いいって思うのは自分の好みっていうのもあるけど…身近な比較対象と比べて格好いいと判断するのだと思う。だからそれは自然な事だ。

 重ねるってのはちょっとわかんないな。その相手…霧島さんって人が武蔵と似てるなら無意識に重ねて見ちゃうのかもしれないけど…私にはそんな経験がないから…


 一緒に考えてできるだけの助言をした。幸子がここまで真剣に悩んでいるなら相手の人はきっと優しい人なんだと思う。

 幸子は覚悟を決めたみたい。先に帰っちゃったけど来た時よりいい顔をしていた。女は度胸。私も武蔵に切り出した時はちょっと怖かったけどね…幸子がずっと背中を押してくれていたから勇気を出せた。だから…幸子もきっと大丈夫だよ。

 私も帰ろうとしたらマスター夫婦が何故か悩んでいた。どうしたんだろう?


 「…霧島…」


 「いや…あの子に限ってそれは…」


 かなり真剣に悩んでいるみたい。会計を終えて店先にある看板を見た時にようやく気付いた…『喫茶 Kirishima』…うん。まさか…ね…



 その日、帰宅した武蔵はソファに座りながら京子をあやしてくれている。…本当に穏やかな日常。私が描いていた幸せな日常だ。

 先日、新一の浮気相手との決着がついた。慰謝料100万。一括で支払われたけど…相手からは何も言ってこない。謝罪も抗議もない。ちょっと無気味だけど…向こうも綺麗に終わらせたかったのかもしれない。よくわかんないけどね。

 幸子も相手を見つけた。新一関係の問題も全て終わった。…私ももう一歩進む時が来たんだと思う。武蔵と…本当の夫婦になりたいから。


 幸子に気になる相手が見つかったと聞いて私の心は凄く軽くなった。今まで武蔵としなかったのは…私の気持ちの問題だ。幸子に相手が見つかったならもう気兼ねしなくていい。だから…武蔵としようと思ったんだけど…誘い方がわからない。……とりあえず、襲おう。


 土曜日の深夜。京子を自室で寝かせた後に武蔵を襲撃した。幸子に言わせれば武蔵は凄いらしいけど…私だって大学の頃は新一と爛れた生活をしてたんだからね。多分、幸子より経験豊富…なはず。とはいえ主導権を握られるのも面白くないので無防備な寝込みを襲うのだ。…夫婦だから犯罪じゃないよね?

 

 仰向けで寝ている武蔵に馬乗りになって主導権を握る。私が乗った事で武蔵は起きたけど…マウントはとってるから大丈夫。


 「ん…冬華…?」


 「やるわよ」


 「…ん?」


 「夫婦なんだから…ね?」


 「…ああ。わかった」


 武蔵は私を優しく抱いた。…あれ?なんでそんなに優しくするの?セックスってこう…体のぶつかり合いって感じじゃ…あ、これ…ヤバい…こんなの知らない…



 2時間くらいたっぷり愛されてしまった。途中から理性が飛んでめちゃくちゃ恥ずかしい事を口走っていた気がする…何これ。セックス怖い。武蔵怖い。軽く身奇麗にした後に武蔵は眠ってしまった…私を優しく抱きしめながら…


 翌朝、朝早くに京子の泣き声で目が覚めた。…ここは武蔵の部屋?ああ、そうか…私は昨日…武蔵と…思い出しただけで恥ずかしい。なんか体に力が入らないけど…京子が泣いてる。行かなきゃ…

 頑張って動こうとしてモゾモゾしてると武蔵が起きてしまった。寝ぼけながらも私が起きるのを手伝ってくれるとか…アンタ…どんだけ優しいのよ… 

 武蔵に支えてもらいながら着替えを済ませて自室に向かう。私達の姿を見て手を伸ばしてくる京子に謝りながら抱き上げてあやしてあげた。ごめんね。寂しかったね。武蔵が悪いのよ。

 私があやし、武蔵が頬をつついてあげると京子はすぐに泣き止んでくれた。…何気ないその光景は…私と武蔵が望んだ幸せな家族の形。これからもこんな素敵な日常が続くのだろう。私達は…本当の夫婦…本当の家族になれたのだから…




 日曜日。昨日もしちゃった…前回のリベンジをしようって意気込みは10分も保たなかった。武蔵怖い…

 まだ脱力感というか倦怠感みたいなのが残っているけど…今日は幸子に会わなきゃいけない。霧島さんとの進捗状況を聞かなきゃ…


 店に来た幸子のご機嫌そうな顔を見てわかった。うん。上手くいったみたいだ。

 マスター夫婦の距離がいつもより近いのは…そういう事で間違いないって事だろう。まあ…話の内容は武蔵との夜の話だったりだからあまり聞かれたくなかったけど…この人達ならいいかって思っちゃった。

 


 幸子はあの後…霧島さんと順調に付き合っているみたい。酒屋って事だったからこっそり見に行ったけど…年下には見えなかったなぁ…貫禄ありすぎ。まあ…なんとなく幸子が惹かれた理由もわかった気はするけどね。

 私達は家族として幸せな生活を続けている。新一の両親と京子を会わせたいって無理なお願いを武蔵にしたらあっさりと許可してくれた。


 「京子にとっては祖父母になるんだ。会わせちゃいけない理由はないだろう」


 「…新一の両親よ?」


 「新一とは会わないんだろう?」


 「絶対に会わせないわよ」


 「それなら問題ない」


 武蔵はちょっと人とズレてるのかもしれない。…許可を貰えたからいいか。こっそり会わせるのはいけない気がしたので家に来てもらう事にした。…心苦しいとは思ったけどね。


 「…という訳で…武蔵は許可してくれましたが、会うときはウチでだけにして欲しいのですが…」


 『…孫に会いたいとは思うが…馬鹿息子の壊した家庭にお邪魔するのは…』


 「武蔵はかなりズレているので…お義父さん達には悪い感情は持ってないみたいなんですよ…」


 『…近藤さんに謝罪をするには良い機会なのかもしれないな』


 私ももう近藤さんですけど…まあ、武蔵の事を指しているのはわかる。


 「大丈夫です。武蔵は家族の大切さを知ってますから…」


 『そうか…では後日、伺わせていただくとしよう』


 「はい。お待ちしてますね」


 この電話も武蔵の隣でした。…私は相変わらず卑怯だ。自分から言いだした我が儘なのに…武蔵から許してもらったからってまた武蔵に甘えてる。そんな私を笑って支えてくれる武蔵…もう離れられないなぁ… 



 休日にお義父さん達がウチに来た。私に手土産を渡すとリビングで武蔵に謝罪していた。きっとこれはお義父さん達には必要なんだと思う。気持ち的にね。


 「顔を上げて下さい。俺はお二人には謝罪されるような事はされてませんから」


 「しかし…」


 「新一の事を許して欲しいという意味で頭を下げておられるなら話は別ですけどね」


 「それは無い。馬鹿息子は逃げたからな。私達も既に見限っている」


 「逃げた?」


 「最近までは一緒に暮らして監視していたんだがね…いきなり帰ってこなくなったと思ったら会社も辞めて連絡がとれなくなった」


 あの馬鹿…私への慰謝料はお義父さん達に肩代わりしてもらってたのに…


 「…行き先に心当たりは?」


 「全く思い当たらない。親戚関係に聞いてみたが誰も知らないそうだ」


 「そうですか…冬華」


 「何?」


 「新一がいないなら京子と山本さんの家に遊びに行ってもいいよ」


 新一の両親の家に行く事を許可してくれるらしい。


 「…いや。迷惑でなければ私達が伺わせていただこうと思っている。冬華さんにとってもウチは近寄りたくないだろう」


 「いえ。全然そんな事ありませんけど」


 「新一の実家よ?嫌じゃないの?」


 「私はお義父さん達が大好きですから。新一の事は許してませんけどね…」


 「まだお義父さんと呼んでくれるのか…」


 「…京子にとってのお爺ちゃんですから。私にとってはお義父さんのままでいいと思います」


 …武蔵の両親に対して不義理かもしれないけど…お義父さんと呼べる相手は山本さんだけだ。武蔵の両親は…私の中ではずっと「おじちゃん」と「おばちゃん」のままだし…


 「…ありがとう」


 「山本さん。いつでも気軽に来て下さいね。京子もきっと喜びますから」


 私に抱かれている京子は2人の事が気になって仕方ないみたい。ずっと見ている。


 「抱いてあげて下さい」


 お義母さんに京子を渡す。京子はちょっと落ち着かないみたいだけど…泣いたりはしなかった。


 「可愛いわね」


 「ああ…本当に…」


 新一が馬鹿な事をしなければ…この光景も日常になっていたはずだ…

 私の望みを叶えてくれた武蔵に感謝しながらその光景を温かく見守っていた。



 そんな感じで武蔵に我が儘を言いながらも仲良く過ごしている。再婚して2年経って武蔵との子供を授かる事が出来た。

 私のお腹が大きくなり始めたくらいに幸子が霧島さんと再婚すると報告してきた。

 喫茶店のマスター夫婦は孫を切望しているらしく、幸子もかなり欲しがっている。旦那さんの逃げ場が無いなぁ…頑張って。


 私のお腹に興味津々な京子。拙い言葉で話しかけている姿が微笑ましい。そんな私達を優しく見守っている武蔵。

 …きっと武蔵はまだ幸子の事を忘れられていないと思う。でも…幸せそうには見えるかな。だから幸子との約束はとりあえず果たせたんだと思う。

 これからはもっと幸せにしてあげる。私を幸せにしてくれた武蔵。武蔵は優しいだけの男だけど…きっとそれは私にとって何よりも大切な事だから…誰にも渡したくない。

 新一と離婚したから武蔵と再婚できたなんて言ったら不謹慎かな?

 でもね…新一と結婚したから京子を授かれた。どうすれば最善だったかなんて今となってはわからないけど…私の周りは幸せになっていると思う。だから…これでいいんじゃないかな?

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