冬華 前編

 大学の時に武蔵と一緒に入った飲みサーで新一と幸子と知り合った。武蔵と幸子はすぐにくっついた。多分…波長が合ったとかそんな感じなのだろう。2人を見ていると少し胸がモヤモヤしたけど…本当に仲が良さそうだからいいか。

 新一はかなり適当な男だったけど…私の事を好きだと言ってくれた。私は今までそんな事を正面から真剣に言われた事がなかったから…凄く嬉しくて…新一と付き合う事に決めた。


 それからの大学生活は飲みサーで酒を飲み、家では毎日のように新一とセックスをするという不摂生な生活をしていたと思う。

 私はあまりセックスは好きじゃないけど…新一が求めてくれるのが嬉しかったから受け入れていた。

 最初は痛いだけだったけどね…新一が気持ち良さそうだったから我慢できた。


 大学を出て結婚してからは新一と2人で暮らしている。実家だと気を使うから嫌なんだって。私にとっては良いご両親だけど新一には厳しいそうだ。

 結婚してからは避妊していない。私は子供が欲しかったし…新一もとても満足そうな顔をしているから子供が欲しいんだと思う。最初は週に3回くらいだったけど…結婚して4年経つ頃には週に1回くらいになった。

 私はセックス自体はあまり好きじゃないから気にしてなかったけど…この時に回数が減った意味をもっとよく考えるべきだったのだと後から思い知る事になる…



 武蔵が出張に行ってから3ヶ月。平日の早朝に武蔵から電話があった。電話の内容は新一と幸子の浮気。悪い冗談だと思いたかったけど…武蔵が本気な事くらいはわかる。というか、武蔵は冗談をあまり言わない。

 新一の実家に新一が泊まっているか確認してみた。新一の父親からの答えは…新一はしばらく帰ってきていないって…先週も泊まってくるって言ってたのに…


 認めたくなかった…新一はいつも私の事を愛しているって言ってくれていたから信じていた…疑いすらしていなかった。

 相手が幸子だった事も私の感情をより不安定にさせた。2人で…私を…私と武蔵を騙してたの…?


 武蔵に新一がいなかった事をメールで伝えて情報を交換した。幸子はあまり怪しそうな感じじゃなかったみたいだけど…新一は真っ黒だ。今まで無条件で許可していた実家や同僚の家での外泊全てが怪しく思える。

 なんで…なんでよ…?私が悪いの?私が新一に嫌われたから幸子と関係を持ったの?それとも…私達と知り合う前から関係があったとか…?なんとなく…他にも浮気相手がいそうな気もするし…

 1人で考えると悪いようにしか考えられない。新一に電話をしたけど繋がらない。幸子もだ。…どうすればいいの?私は話し合いたいというメールを3人に送った。

 武蔵には仕事に行くって伝えたけど…今日は無理だ。仕事なんかできない。会社に電話をして欠勤させてもらった…


 夕方になって武蔵からメールが来た。武蔵は幸子と離婚するそうだ。武蔵は幸子に慰謝料とかは請求しないみたいだけど…私は幸子を許せない。だから慰謝料は請求する。

 私も離婚しなきゃいけないのかな?新一…早く帰ってきて…話したいよ…


 深夜になって新一が帰ってきた。酔ってるみたい…なんで?ちゃんと話をしなきゃいけない時になんでお酒なんか飲んでるのよ…


 「…お帰り」


 「…ああ」


 「幸子と…浮気してたんだって?」


 「武蔵から幸子の事を頼まれてただろ?俺は抱きたくなかったけど…寂しそうな幸子が可哀想でさ…仕方なかったんだよ…」


 武蔵が頼んできた事を自分に都合良く解釈し、仕方ないとまで言ってのける新一に怒りが湧いた。

 

 「武蔵はそんな意味で私達に頼んできたんじゃないでしょう!!」


 「俺だって嫌だったんだよ…俺が愛しているのは冬華だけだ…幸子を抱かなきゃいけなかった俺の気持ちも考えてくれよ…」


 「幸子が…新一に頼んできたの?」


 「ああ。武蔵がいなくて寂しいって…あれは抱いて欲しいって意味だ。嫌がってる振りをしてたけどすぐに素直になったぜ?…ああ。心配しなくてもちゃんと避妊はしてたから安心してくれ」


 「武蔵がいなくて寂しいなんて…私と休日の昼に会った時も言ってたわよ」


 「…そもそも武蔵が出張に行かなければこんな事にはならなかったんだ。武蔵が出張に行ったせいで抱きたくもない幸子を抱かなきゃいけなかった。愛する冬華にも誤解されちまうし…俺が1番の被害者なんだよ…」


 「…出て行って。貴方とは別れる」


 全てが自分本位の言葉。友人からの言葉を歪んだ解釈でねじ曲げ…自分のした事を言葉遊びで正当化しようとしている。…気持ち悪い。理解できなさすぎて…怖い…


 「待ってくれよ。全部武蔵が悪いんだって。武蔵から慰謝料を貰ってさ…改めてやり直そうぜ?もう幸子なんか抱いたりしない。冬華だけを愛してやるから…」


 「出て行ってって言ってるの!」


 本当に怖い…全く理解できない…なんで武蔵が悪い事になるの?武蔵が出張中に幸子に手を出したのは新一じゃないの…


 「ごめんな。幸子に時間を使ったせいで最近は冬華を抱いてやれなかった…俺に抱かれる回数が減って寂しかったんだよな?」


 私は無言で新一のお義父さんに電話をした。この男とは話ができない。お義父さんに引き取ってもらおう。


 『もしもし?』


 「あ、お義父さん。こんな遅くにすみません」


 「おい!誰に電話してんだよ!」


 『新一が騒いでるみたいだが…?』


 「浮気されました」


 「違うって言ってんだろうが!」


 『…なるほど。息子が馬鹿な真似をして本当に申し訳ない…』


 「…お義父さんのほうで引き取ってくれませんかね?出て行ってくれないので…」


 「ふざけんなよ!話を聞けって!」


 『わかった。今から向かう』


 「深夜に申し訳ありません…」


 「わかったよ!出て行ってやるよ!謝っても絶対に許さねぇからな!」


 新一は逃げるように飛び出していった。ロックとチェーンでキッチリと戸締まりしておく。


 「出て行ったので来て頂かなくても大丈夫です。お騒がせしました」


 『…いや。…本当に馬鹿な息子で…情けない限りだ…』


 「…後日、改めて離婚について話し合いの場を設けたいと思います」


 『…わかった。馬鹿息子が逃げ出さないようにこちらで監視しておこう』


 「…ありがとうございます。…今まで良くしていただいたのに…申し訳ありません…」


 『謝るのはこちらだ。冬華さんは馬鹿息子にはもったいないくらいの相手だった…本当にありがとう』


 「…では…遅い時間なので失礼しますね…」


 『…ああ。ゆっくり休んでくれ…』


 お義父さんとの電話を終えた後に新一の言葉を思い出してメモに書いて状況を整理した。かなり意味不明だったけど…ねじ曲げ直す事でなんとなく見えてきた。

 

 とりあえず…新一と幸子の関係は浮気じゃない気がする。嫌がっていたけど素直になった…これってレイプじゃない?

 幸子の性格なら私達に隠す気がする。私に連絡してこなくなったのは1ヶ月以上前から…新一がたまに会いに行ってるって新一から聞いてたから心配してなかったけど…それ自体が問題だったんじゃない…

 幸子との関係は武蔵が出張に行ってからだと思う。じゃあ…それ以前の外泊は?明日、お義父さんに詳しく聞いてみよう。

 新一が外泊していたのは基本的に火曜日だった。毎週飲み会がある会社って珍しいと思ってたけど…怪しすぎる。


 情報を整理してやるべき事を見定める。いろいろやる事がありそうね。会社はしばらく休もう…




 後日、お義父さんからの情報を元に新一の浮気相手を特定した。興信所に依頼した次の日にわかるとか…興信所が凄いのか新一が馬鹿なのか…この状況で浮気相手の部屋で過ごすとか馬鹿すぎて何も言えない。

 弁護士の手配を終えて話し合いの場を設けた。私と私の弁護士。新一と新一の弁護士の4人の場…のはずだった。

 時間になっても新一が来ない…まさか…逃げた?この場から逃げるなんて…自分がどれだけ不利になるかわかってないの?

 15分くらい過ぎた後に新一の首根っこを掴んだお義父さんが場に来てくれた。お義母さんも一緒だ。


 「…馬鹿が逃げようとしていたからな…引き摺ってきた」


 「遅れて申し訳ありません」


 「離せよ!」


 …文字通り引き摺られてきた新一は涙目になっている。


 「大事な話し合いから逃げようとするから引き摺ってきたんだろうが!」


 お義父さんが新一の頭に強烈な拳骨をお見舞いする。あれは痛い。鈍器で殴られたみたいなものだ…新一は言葉も発さず転がり回っていた。


 「見苦しいところを見せて申し訳ありません。話し合いを始めて下さい」


 私達は呆気にとられていたが、気をとり直して話し合いを始める。


 私からは幸子との浮気。もう1人との浮気を理由に新一に慰謝料400万を請求した。当然…離婚もだ。財産分与では私の割合を大きくしてもらう。…貯金とかはほとんど私が貯めてたしね…


 「ふざけんなよ!そんな金ねぇよ!」


 あれが夫だとか…恥ずかしいのでちょっと黙ってて欲しい…


 「流石に400万は高額かと…結婚していた期間は4年ですし…」


 「いや、妥当な金額…むしろ安すぎるくらいだ。増額するべきじゃないか?」


 「そうね…お金に変える事なんてできないけど…冬華さんは本当に良いお嫁さんだったもの…」


 2人の言葉に涙が出てくる。本当に良くしてもらったから…私は2人の事が大好きだ…


 「おい!どっちの味方なんだよ!」


 「冬華さんに決まっているだろう」


 「なんで自分の味方をしてもらえると思ったの?」


 「…1人息子だし…」


 「…どこまでも馬鹿な息子だ…」


 「冬華さん…ごめんなさい…」


 その後も新一の弁護士の発言をお義父さん達が制してくれたおかげで話し合いはスムーズに終わった。新一は最低な夫だったけど…この人達と縁が出来たのは私にとっての幸運だったと思う。



 話し合いを終えて数日後…急に吐き気に襲われた。離婚とかのストレスかと思ったけど…万が一の事を考えて市販の妊娠検査薬で試してみる。

 …私のお腹には新一との子供が宿っていた。少し前なら手放しで喜んでいたけど…このタイミングでなんて…


 いや…新一との話し合いが終わった後で良かったと考えよう。この子の事だけを考えて生きればいいだけよ。

 まだ全然わからないけど…お腹をそっと触れてみる。…ここにいるんだよね?

 大丈夫だよ…私がお母さんとしてちゃんと愛してあげるから…だから…元気に生まれてきてね…

 

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