幸子 後編

 冬華の背中を押した日から半年…武蔵と冬華は再婚して一緒に暮らしているそうだ。

 今日も行きつけの喫茶店で冬華と会っている。京子ちゃんも一緒だけど…喫茶店のマスター夫妻が可愛がってくれてるから任せておこう。


 「武蔵は京子ちゃんの事を可愛がってくれてるの?」


 「ええ。仕事から帰ってきた後は武蔵がずっと抱いてるわ」


 「そう…なら良かった」


 「京子はアンタにも懐いてるから…可愛がってあげてね」


 「そうなの?」


 「京子は人見知りするのよ。懐いてない相手が抱くと泣き叫ぶわね…」


 京子ちゃんはあまり泣いたりしない大人しい子だと思ってたけど違うらしい。


 「…で、再婚相手は見つかりそう?」


 「ううん。やっぱり難しいね。再婚したいとは思っているけど…どうしても武蔵と比べちゃうんだ…」


 「ん~…武蔵の長所って…優しい事くらいじゃない?顔がいいわけでもないし…」


 「優しい事が重要なのよ。私は武蔵より優しい人を見た事ない」


 「…まあ、確かに安心できる雰囲気みたいのがあるけど…」


 「優しくて頼れるなんて最高でしょ?…後は…まあ、夜も凄いし…」


 「…そうなの?」


 「え…してないの?再婚したんだよね?」


 「あ~…再婚して同棲はしてるけどね。京子もいるからまだしてないのよ…」


 「そう…だから優しいだけなんて言えるのね…」


 「何よ…私だって新一と週に1回はしてたんだからね。武蔵の相手くらい余裕よ?」


 「ふ~ん…だといいね」


 性欲の発散を目的とするなら新一よりバイブのほうが遙かに優秀だと思っているのは黙っておこう。


 「まあ、そういう話は置いておくとして…ちょっとは妥協しなさいよね。私達ももう若くないんだから…」


 「ま…まだ…いけるし…」


 「そう言いながら婚期を逃した女なんて山ほどいるのよ」


 「むぅ…」


 「とにかく…少しでも良いと思う男がいたならちゃんと粉かけとくのよ?」


 「わかったわよ…」


 なんとなく冬華が不安だっていう気持ちもわかるけどさ…あんまり急かされても困る。再婚相手か…どこかに武蔵みたいに優しい人がいないかな…

 帰り際に京子ちゃんを抱いてお別れのキスをした。やっぱり可愛いな~…



 武蔵と冬華が再婚してから冬華と会う回数が減っちゃった。京子ちゃんの事もあるし…仕方ないよね。

 私は今は一人暮らしをしている。武蔵と別れた後に実家に荷物は送ったけど…実家で暮らすと両親が腫れ物を扱うように私に接してきて気を使わせちゃうからね…

 だから帰宅後は暇。武蔵と暮らしていた頃は2人で飲んだり…イチャイチャしたり…暇な時間なんてなかったのになぁ…

 

 仕事帰りに晩酌用のお酒を買いに例の酒屋に寄る。気付けばここ以外じゃ買わなくなってた。私は日本酒がメインだから地酒が豊富なこの店の事が気に入っている。


 「ん…いらっしゃい」


 「どうも。オススメってあります?」


 いつもの怖い店員さん。慣れてくると凄く良い人ってわかってきた。私の好みのお酒を話したらいろいろオススメしてくれるようになったし…

 コスパを考えると飲み慣れたお酒が1番だけどね。たまに違うお酒が飲みたくなる。

 

 「今日は新酒があるが…オススメはしないな」


 「新酒か…う~ん。たまにはいいかな」


 「そうか。この酒は飲みやすいが少し物足りないかもしれない」


 「ん~…他にあります?」


 「こっちは雑な感じだな。慣れれば悪くないが…」


 「じゃあ…それで。今日は少し変わったのを飲みたい気分なんですよ…」


 「…何かあったのか?」


 「友人となかなか会えなくて…ちょっと悩み事もありますし…」


 「………」


 「変な事を言っちゃいましたね。ごめんなさい」


 「いや。俺でいいなら話を聞くぞ」


 店員さんは口下手だけど優しい人なのは知ってる。多分…純粋な善意だろう。下心とかは無さそうな感じ。


 「話を聞いてくれるなら今度…食事でもどうですか?」


 「…わかった。都合のいい日を教えてくれ。店は19時で閉めるからそれ以降なら構わない」


 下心があるのは私のほうなんだろうな…寂しいからって…店員さんの優しさに甘えようとしてるんだから…


 「土曜日とかでも大丈夫ですか?」


 「ああ。構わない」


 「では…今週の土曜日の夜19時に店に来ますね」


 「わかった」


 …約束しちゃった…。いや、冬華も言ってたじゃない。良い男がいたら粉をかけろって…見た目はちょっと怖いけど気にしない。私は…店員さんの優しさに惹かれたんだから…

 武蔵と冬華はちゃんと前を向いてる。だから…私が立ち止まってちゃダメだ。私の店員さんへの気持ちが好意なのかはまだわからない…だから…確かめなくちゃ…



 土曜日。夜に店員さんとプライベートで会って食事をした。名前を教えあったり…愚痴を聞いてもらったり…楽しかったな。

 武蔵と付き合い始めた頃の事を思い出した。あの頃もこんな気持ちだった気がする。自分の中の気持ちを理解して…また悩みが増えてしまった…

 私は店員さん…霧島さんに武蔵を重ねているだけじゃないだろうか?

 武蔵と比べてしまうのは仕方ない。でも…重ねて見ちゃいけない。そんなのは不誠実すぎる。霧島さんにも武蔵にも失礼だ。…どうしよう…



 1人じゃいくら考えても答えが出なかったから…冬華と会った時に相談した。


 「なるほどね…比べるのは仕方ないと思う。私も新一と武蔵を比べる事は結構あるし…武蔵も私と幸子を比べてる時はあると思う」


 「…うん」


 「重ねて見るのはちょっとわからないかな。新一と武蔵じゃ重ねて見る所が無いし…」


 「そうね…あ~…どうしよう…」


 「…そうやって真剣に悩んでるって事はその霧島さんって人の事を真剣に考えてるからじゃないかしら?」


 「…そう…なのかな?」


 「真摯に向き合いたいから悩んでるんでしょう?」


 「うん」


 「いっそのこと打ち明けたらどう?」


 「…別れた夫と貴方を重ねちゃってますって?そんな事…言えないわよ…」


 「いずれ言わなきゃいけない事でしょう。早いほうがいいと思うけど」


 「他人事だと思って…」


 「本気で助言してるんだけど…」


 …言うしかないのかな?…嫌われたら…嫌だな…


 「アンタが惚れたって事は霧島さんは優しい人なんでしょう?」


 「…うん」


 「なら甘えちゃいなさい。きっと受け止めてくれるわよ」


 「…話してみる」


 「…本当に優しい人みたいね。応援してるわ」


 「うん。ありがとう」


 今度は冬華に私の背中を押されちゃった。…大丈夫かな。やっぱり不安だよ…



 霧島さんの休みは木曜日らしい。木曜日に有給を取って水曜日に霧島さんを食事に誘った。…行くのは居酒屋だけどね。


 「平日だけど大丈夫か?」


 「はい。明日は有給を取ってるので」


 「そうか。飲みたいなら飲んでくれ。俺はお茶を頼むから」


 「…一緒に飲みたいって言ったら迷惑ですか?」


 「…軽くなら付き合おう」


 飲み始めて30分ほど。ほろ酔いくらいでちゃんとセーブしてる。話をしなきゃいけないからね。


 「霧島さんに聞いて欲しい事がありまして…」

 

 「なんだ?」


 「私…バツイチなんです」


 「そうか」


 「…嫌じゃないんですか?」


 「気にならないな。円満に別れる夫婦だっているし…DVから逃げる為って話も聞いた事がある」


 気を使ってくれてるだけなのかもしれないけど…拒絶されなくてよかった…


 「私は…知り合いに無理矢理されちゃって…そのまま脅されて関係を持ち続けていたのが夫にバレちゃったんです」

 

 「…その知り合いのせいじゃないのか?」


 「夫が出張中でしたから…あの時の私は寂しくていろいろと隙だらけだったんですよ」


 「ふむ…」


 「夫と離婚した時に知り合いとの関係も切れましたけどね」


 「…話はそれだけか?」


 「…私は霧島さんに惹かれています」


 「………」


 「霧島さんの優しいところが…別れた夫に似ていたから惹かれたんだと思います」


 「…そうか」


 「…ごめんなさい」


 「なんで謝るんだ?」


 「別れた夫と重ねて見るなんて…失礼だと思いますから…」


 霧島さんは飲みながら考えているみたい。軽くとか言ってたのにもう3合くらい飲んでる気がする…


 「例え話をする」


 「はい」


 「初恋が破れたとして…次に惚れた相手が初恋の相手と似ていた…よくある話だと思わないか?」


 「…そうですね」


 「つまり…よくある事だ。気にしなくていい」


 「同じじゃないですよ…」


 「難しいな。なんて言えば納得するんだ?」


 「私は…」


 「俺から好きだと言えば良いのか?」


 「…ストレートすぎて卑怯です」


 「…難しいな」


 優しいけど…不器用な人。だけどとても真っ直ぐな人だ。武蔵は優しく包み込むようなタイプだけど…霧島さんは大木みたいな感じかな?何も言わずに木陰で休ませてくれる…そんな感じだ。


 「似てるけど…似てませんね」


 「そうか」


 「霧島さん…私と付き合ってくれませんか?」


 「ああ。俺でいいなら…」


 「霧島さんがいいんです」


 その後は2人で楽しく飲んだ。私の話を霧島さんが聞いてくれるって感じだったけど…凄く心地良い時間だった。

 帰りはタクシーで送ってもらった。部屋まで送ってくれたけど…霧島さんはすぐに帰っていった。…翌日は二日酔いで頭痛が酷かったけど…不思議と心が軽かった。


 それからは仕事の帰りに霧島さんのお店に行くのが日課になった。…通い妻みたいね。そこまで初心じゃないつもりだったけど…心は素直だ。今の生活を楽しんでいる。




 冬華に会った時に霧島さんと付き合いだした事を伝えた。


 「冬華の助言のおかげ。本当にありがとう」


 「…うん。おめでとう」


 冬華はなんだか疲れてるみたい…どうしたんだろう?


 「ちょっとムラムラしたから武蔵を襲ったんだけどさ…」


 「…普通に誘いなよ」


 「初めてだったから主導権を握ろうと思って…」


 「…結果は?」


 「…完敗」


 「だろうね…」


 「あんなの私の知ってるセックスじゃない…」


 新一ので満足してたとしたら…強烈だっただろうなぁ…


 「幸子…よく新一で我慢できたね…」


 「あの時は欲求不満だったからね…」


 「武蔵怖い…してる時も優しいのに…怖い…」


 「…頑張って。奥さんでしょ?」


 「……頑張る」


 霧島さんとはまだだから…ちょっと羨ましいけどね。…積極的に攻めなきゃずっとお預けな気がする。私も頑張らなきゃ…



 2年後…私は霧島さん…琢磨と結婚した。私の武蔵への愛情は減ってない。減ってはいないけど…恋愛から親愛…もしくは友愛と呼べる物に変化していた。

 武蔵の事を愛しているかと聞かれたら愛していると即答できる。

 武蔵の事を男として愛しているかと聞かれたら違う形でなら愛していると答える。

 私の中ではそうなった。今の私なら武蔵に誘われても断るだろう。…まあ、武蔵が私を誘う事なんてもう無いんだけどね。


 今は琢磨の隣が私の居るべき場所だ。結婚した後に会社を辞めて琢磨と2人で酒屋を切り盛りしている。

 私は意外と接客向きなのかもしれない。私が接客をするようになってから女性のお客さんが増えたそうだ。昔からの常連さんは琢磨が対応してる。

 

 冬華に武蔵との子供が出来たらしい。私はまだだ。再婚は出来たけど子供を作るまでが目標。まだ夢は叶っていない。だから今日も琢磨を押し倒す。

 だって…誘っても逃げちゃうし…説得するのは大変だし…子供欲しいし…って訳で押し倒すしかない。押し倒した状態でお願いしたら琢磨は頑張ってくれるから…。

 武蔵と別れた時は人生が終わったかと思うくらいショックだったけど…今は琢磨が私の傍に居てくれる。

 私は愛する人を裏切った最低な女だ。それでも幸せを諦める気は無い。琢磨と共に歩み…琢磨との子供を育てて…家族で幸せになりたい。

 だから…もっと頑張ってね。琢磨…

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る