桜
大学は普通に楽しかった。ひたすら孝則君との時間を楽しんだ。よく動物園とか水族館に連れていってくれるし…キスをしてくれる回数も増えた…求めてくれる回数も…
大学2年。街で買い物をしていると高校の時の友人を見かけた。懐かしい。私は友人に話しかけ、2人で喫茶店に行く事になった。
「桜、変わったわね」
「…そうかな?」
「アンタ…そんなに明るい性格じゃなかったでしょ?前は冷めてるっていうか…ドライな感じ?」
どうなんだろう…変わったとか言われても自分じゃよくわからないな。
「岩本君とは仲良くやってるの?」
「もちろん。凄く大事にされてるよ」
「そう。岩本君のおかげなのかもね」
孝則君好みの女にされちゃったって事かな?そういう意味なら大歓迎よ。
「ウフフフ…孝則君好みの女…」
「…やっぱり変わったわね」
また食事でも一緒に行こうと約束して別れた。…そっか。私…変わったんだ…
大学2年の夏。お母さんが妊娠した。あの日からずっと頑張ってたみたい。お父さんはやり遂げた顔で両手を挙げて万歳をしている。
「本当にできちゃったんだ…」
「桜…妹ができるまで…お母さん、頑張るからね」
お母さんの発言を聞いたお父さんは崩れ落ちた。いや、なんか祈ってるみたい。娘、娘ってブツブツ言ってる。
ん~。生まれるのは来年の春くらいかな。
孝則君に会った時にお母さんの妊娠を伝えた。
「そうか…なるほど…」
「来年の春くらいに生まれると思う」
「…桜、本当ならすぐに言いたかったんだけど…」
「何?」
「俺、秋から大学の近くのアパートを借りて独り暮らしをしようと思ってるんだ」
「え!大学の近くって…」
私達は大学へは実家から電車に乗って通学している。孝則君が大学近くのアパートに引っ越したら…会える時間が減っちゃう…いや、私が強引に押しかけて同棲すればいいのか。
「だから…桜と同棲したかったんだけど…」
「同棲する」
まさか孝則君から言ってくれるなんて…夢じゃないよね?
「待ってくれ。お母さんが身重になったら家の事とか大変だろう?だから…今は家の事を手伝ってあげて欲しい」
頭をフル回転させて状況を整理する。
秋から同棲する→孝則君が私の家の事を気にする。あまりよくない。
生まれてから同棲する→お母さんの代わりに家の事をやる。孝則君はきっと褒めてくれる。何も気にせずに甘い同棲生活を送れる。
選ぶなら後者ね。
「…そうだね。お母さんの手伝いをしてあげなきゃ」
「桜…家の事が落ち着いてから俺と同棲してくれ」
「うん。春くらいになると思う。…お泊まりには行ってもいいのかな?」
「もちろんだよ。いつでも来てくれ」
同棲はしばらくお預けだけど…孝則君から言ってくれたのが何より嬉しい。…いや、ある意味ラッキーなのかも。同棲する前に家事ができるようにならなきゃ…
大学3年の春。妹が生まれた。名前は桜花。ちっちゃくて凄く可愛い。桜花は生まれて3週間。お母さんももう退院して家に帰ってきている。ベビーベッドに私のお気に入りのカバのぬいぐるみを飾ってあげた。
「桜が満開だったからな…桜花。良い名前だろう?」
「桜が生まれた時も同じ事を言ってたわね」
「適当すぎない?一生ものだよ?」
妹と私は3日しか誕生日が変わらない。この適当な両親は私達の誕生日を間違える気がする。
もっと妹の事を可愛がりたかったけど…孝則君との甘々な同棲生活が待っている。桜花…ごめんね。お姉ちゃんは愛に生きるよ。
2人が家に帰ってきて1週間後。私は孝則君のアパートに転がり込んだ。同棲するのを両親に言うのを忘れてたからメールで送る。
「お母さん達はもう退院したのか。良かったな。妹は可愛かったかい?」
「うん。凄く可愛かったよ。桜花って名前なの」
「じゃあ、ご両親に同棲の挨拶を兼ねて桜花ちゃんに会いに行こう」
「うん。…え?」
「大事な娘さんを預かるんだからちゃんと挨拶しないとね。今から行こうか」
「…うん。そうだね」
よく考えればこうなるってわかってたのに…いろいろ忙しくて考えが回らなかった…
孝則君と一緒に実家に挨拶をしにいった。
「桜と同棲したいだと?同棲の許可が欲しければ俺を倒してみろ!」
「はい。お父さん!」
お父さんは孝則君の寝技で瞬殺されていた。なんだっけ…足を絡め合う感じのエロい技…4の字固めだったかな?
「桜…孝則君と仲良くやるのよ」
「うん。大丈夫」
「桜さんは責任を持ってお預かりさせていただきます」
いつものちょっと気弱な感じも可愛いけど…今日の頼もしい感じも素敵…
「桜花~…パパね、あのお兄ちゃんに苛められちゃったんだ…」
お父さんの事は放っておこう。面倒だし。孝則君に抱き方を教えてあげ、桜花を抱いてもらう。すごく優しく抱いてくれた。
「…可愛いですね」
「あらあら。桜だけじゃなくて桜花まで孝則君に抱かれちゃったわね…」
「お母さん!」
私だけの孝則君なんだから!桜花には渡さない!
「おう。小僧。ちょっと面貸せや。どういう事か説明してもらおか?」
お父さんがチンピラみたいになってる。でもお父さんの親指の差した先には将棋盤が置いてある。孝則君に遊んで欲しいらしい。
お父さんと孝則君は真剣な表情で将棋をしている。たまにお父さんが待った!とか叫んでるけど気にしない。
「桜。同棲するならちゃんと家事とかするのよ?」
「うん」
私はお母さんと一緒に桜花を可愛がった。
夕方。私と孝則君はアパートに帰らなきゃいけない時間だ。
「小僧…まだまだだな。悔しければいつでも挑んでくるといい」
「孝則君。いつでも遊びにきてね…ってお父さんも言ってるから…桜と一緒にまた来てね」
「はい。次は勝ちます」
「たまには帰ってくるね」
実家を出て2人で駅に向かう。向かっている途中で女を連れている中川と会ってしまった。…一瞬だけ目が合ったけど…話をする事もなく別れた。
この時、私は忘れていた過去を思い出した。孝則君と付き合いながらも中川と関係を持ち続けていた事を…
大学3年。夏。今日は孝則君は少し帰ってくるのが遅くなるって言ってた。こんな時間は昔の事を思い出す。あの日…中川と会ってから考える時間が増えた気がする。
孝則君と付き合っていなかったらどんな自分になっていただろう。…きっと、性欲に負けて碌でもない人生だった気がする。
あの時、中川との関係を切らなかったらどうなっていただろう。…孝則君と今の関係を築く事はできなかったと思う。孝則君を愛していても孝則君一筋ではなかった。ちゃんと向き合っていなかったのだから。
今の幸せな生活は薄氷の上にあるような気がした。些細な事で簡単に壊れてしまう。
…だから私は孝則君に当時の事を話そうと決めた。中川との関係をずっと隠し続ける事はできる。
でも…話さないと孝則君と一緒に前を向けないと思った。私はきっと、思い出す度に後ろを気にしてしまうから。
孝則君は私と向かい合って何も言わずに話を聞いてくれた。
高1からの中川との関係。
高2。孝則君と付き合ってからも関係を持ち続けていた事。
高3になってようやく中川との関係を断ち切って孝則君だけを見るようになった事。
「ずっと隠し続けてきてごめんなさい」
「…俺のほうこそごめん。桜と隼人がセフレだったのは…付き合う前から知ってたんだ」
「…知ってたの?」
「最初は隼人からセフレができたと遠くから桜の事を教えられた…高1の夏くらいだったと思う」
高1の夏…中川と関係を持ち始めたばかりの頃じゃない。まさか約束を破られてるとは思わなかった…
「隼人のセフレだと知っている事を隠して桜と接し続けた。そのうちに桜に惹かれた。体目的じゃなくて…性格とかね。いや、体にも期待してたかも…」
中川との関係を知ってたのに…私の事を好きになってくれたの?
「俺は桜に告白した。桜は隼人のセフレだった。でも彼女じゃなかった。だから、俺の彼女になって欲しかったんだ」
孝則君の想いを聞いて…当時の自分がいかに身勝手だったかを思い知った…彼は最初から私に対して凄く真剣に向き合ってくれていた。
「付き合って1年。隼人からは何も聞いてなかったけど…桜と関係を持ち続けていたのは薄々気付いていた。あの頃は…やっぱり俺じゃダメなのかなって本気で悩んでたよ」
孝則君が素っ気なかった頃…そんなに悩んでいたのに…私に優しくしてくれてたんだね…
「でも、高三の夏くらいかな。桜や隼人の態度が変わったんだ。隼人は俺から離れていった。桜は俺だけを見てくれるようになった気がした。その時に2人の関係は終わったんだなと…凄く嬉しかったよ」
中川とはもっと早く別れる事はできた。でも…私は自分の性欲の発散の為にと言い訳をしながらズルズルと関係を持ち続けた…
「知っていながら何も言わなくてごめん。知っていると伝えたら…桜が離れていきそうで怖かったんだ」
孝則君はずっと我慢してくれてたんだね…私はきっと浮気を許せない。好き放題しておきながら言えた事じゃないけど…孝則君が他の女と…なんて考えるだけでも嫌になる。
孝則君に正面から向き合って頭を下げた。
「ずっと孝則君の気持ちを踏みにじっていてごめんなさい。謝って許される事じゃない。でも…私はこれからも孝則君の傍にいたいです」
「桜…」
「私は孝則君を愛しています。それだけは信じて欲しい…」
中川との関係について言い訳はしない。責められても仕方ない。それでも…私が孝則君を愛している事だけは信じて欲しかった。
孝則君は何も言わずに私を抱きしめて…そのまま抱いてくれた。体の全てで想いを伝えてくれた。優しいけど情熱的な行為…孝則君の性格そのまんまだね…
私も孝則君も関係が壊れる事を恐れた。同時に過去を過去と割り切れるほど強くもなかった。
でも…2人で前に進むには過去は清算しなきゃいけない。隠し続ける重さに耐えられるほど私達は強くなかったから。
お互いの隠し事を打ち明け、想いを伝え合った。私と孝則君はようやく…心からの恋人になれたのかもしれない。
私の過ちはセフレを作った事じゃなくて、孝則君と付き合ってからも中川と関係を持ち続けていた事。最初から孝則君にちゃんと向き合っていれば…
今になってようやくあれは間違いだったと思う。私もそう思えるくらい成長したって事なのかな…
大学4年。休日に孝則君と一緒に私の実家に遊びにきてる。私のあげたカバのぬいぐるみをずっと抱えている桜花が可愛い。私と目が合うとぬいぐるみを置いて私のほうに歩いてきた。
「ねーね」
両手を広げながらちょこちょこと歩いてくる。抱っこして欲しいみたい。優しく抱いてあげると腕の中で大人しくなる。…このまま持って帰っちゃダメかな?
「…桜」
「ん~?何?」
桜花を抱いたまま孝則君のほうに振り返る。とても真剣な表情…
「大学を出たら…俺と結婚してくれ」
「…ふぇ?」
桜花を抱っこしているこのタイミングで…プロポーズ?
「ダメか?」
「いや、嬉しいけど…このタイミングは不意打ちすぎるよ…」
「…ご両親の前だから良いタイミングかと思ったんだが…」
ズレてるところも大好きだけどね。
「桜と結婚したいだと?桜が欲しければ俺を倒してみろ!」
「はい。お父さん!」
2人はテーブルで腕相撲を始め…一瞬で終わった。お父さんの腕がテーブルに叩きつけられて凄い音がした。…孝則君は力が強いからね。行為中に私を軽々と持ち上げたりするし…
「フッ…強くなったな。桜を頼んだぞ…」
「お父さん…ありがとうございます…」
孝則君とお父さんって仲良いな~。私は桜花をお母さんに渡して孝則君と向き合った。
「不束者ですが…末長くよろしくお願いします」
「桜…ありがとう」
「今日はお祝いをしなきゃね」
「桜花はお嫁になんか行っちゃダメだぞ~。パパとずっと一緒にいようね~」
「ぱぱ。や」
桜花に振られた父さんがヤケ酒を飲んでいたが…気にしない。
この日…私と孝則君は婚約した。
孝則君と付き合って6年。本当にあっという間だったと思う。付き合い始めた時から歪だった私達はきっと普通じゃない。でもね…普通の付き合いをしてるって言い切れる人がどれだけいるのかな。
恋人がいるのに合コンに行った。恋人じゃない異性と遊びに行った。恋人以外にセフレと関係を持っている。例えを挙げ始めたらキリがない。
結局、普通だって主張している人達は普通じゃない過去を隠してたりしてるだけなんじゃないかな…本当に清廉潔白な人もいるだろうけどね。普通のラインなんて個人差が激しくて曖昧なものだから。
だから私達は歪でもいいと思っている。歪だからって幸せになれないなんて事はないんだから…だって、今の私は誰にも負けないくらい幸せだって言い切れるからね。
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