梓 

 2人で何か言っている。なんだろう。よく聞こえない。わかる事は…私が2人の邪魔をしてしまったという事だけだ。ドアを閉めて玄関へ行きそのまま外に出た。


 ……どうしよう。何すれば良いのかな。


 考えが全くまとまらない。いや、考えたくない。私は清香に電話をした。清香はすぐにウチに来いと言っている。呼ばれたから行かなきゃ…


 清香の家に着いた。清香は私を部屋に上げて抱きしめてきた。どうしたんだろう?


 「泣いていいんだよ…」


 「泣く?なんで?」


 「辛いでしょう?」


 「辛い…うん…辛かった…」


 「悲しい時は泣こうよ?」


 「悲しい…悲しいんだ…」


 清香の言葉が染み込んでくる。私は悲しいんだ。透と飛鳥が私を裏切っていた事を知って辛いんだ。外からの清香の声によって私の中の気持ちが揺さぶられた。


 「大丈夫…大丈夫だよ…梓の傍には私がいるから…」


 優しく抱きしめてくれる清香。私はようやく泣けた。家じゃ泣けなかった。泣くより先に拒絶してしまったから。透と飛鳥の存在を。


 「思いっきり泣いていいのに…梓は意地っ張りだね…」


 声を押し殺して泣いた。それが私の精一杯の抵抗だったのかもしれない。

 清香に抱きしめられながら泣き続けた。清香はずっと私の背中を優しくさすってくれていた…


 「少しは落ち着いた?」


 「…うん。ありがとう」


 「…これからどうするの?」


 「…もういらない。透も…飛鳥も…」


 「…そう」


 その日から私は2人の存在を完全に無視する事に決めた。


 家に帰ると誰かが何かを言っていた。どうでもいい。部屋に帰って鍵を閉めた。


 部活に行くと私の前に誰かきた。邪魔だな。あまりにもしつこいから私は部活を辞めた。私は走りたいだけだ。別にジョギングでもいいの。


 最近は清香が一緒に帰ってくれる。部活を辞めてよかった。なんとなく家に帰りたくなかったので毎日清香の家で勉強したり遊んだりした。


 家に帰るとまた何かが玄関にいた。邪魔だな。それを避けて部屋に帰って鍵を閉めた。


 学校に行こうとするとまた何かに邪魔された。避けて行こうとしたら腕を掴まれた。怖かったので警察に電話をしたら逃げていった。


 清香と一緒に買い物に出掛けた。前は…誰と来たんだっけ?


 休日の夕方に家に帰ると父さんと母さんがいた。


 「梓…×××から話は聞いた」


 「梓は何も悪く無いの。それでも…×××の話を聞いてあげてくれないかしら?」


 「………誰の?」


 「誰のって…だから×××の…」


 「貴方が×××の事を許せないのはわかるけど…」


 「ここには父さんと母さんしかいないでしょう?私は2人の話をちゃんと聞いてるよ?」


 2人は驚いた顔をしている。なんだろう…とても…不愉快だ…


 「梓…何を言ってるんだ?ここには×××もいるだろう?」


 「2人しかいないじゃない。何を言っているのかわからないよ…」

 

 私は限界だったので両親にそう言い残して部屋に帰って鍵を閉めた。



 学校で昼食を食べながら清香と話していると清香が誰かと話し始めた。おかしいな。ここには私と清香しかいないのに。


 「清香…大丈夫?そこには誰もいないよ?」


 「あず…さ?」


 「何?」


 「ここに×××が…いるよね?」


 「え?誰かいるの?」


 清香に聞くといきなり泣き始めた。


 「清香!?大丈夫!?」


 「っ…大丈夫…私は…大丈夫だから…」


 そう言われても…清香が泣いてるところなんて子供の時しか見た事が無い。


 「アンタのせいで梓は…!さっさと私の前から消えなさい!」


 今度は泣きながら怒鳴りはじめた。


 「清香…本当に大丈夫?」


 心配になった私は彼女を抱きしめてあげた。清香は私が泣いた時にこうやって抱きしめてくれたから……あれ……?私は…なんで泣いたんだっけ?よく覚えてないな…


 「梓…大丈夫…私が傍にいるから…」


 「うん…ありがとう」


 よくわからないけど…清香が傍にいてくれるのは嬉しいな。



 冬。家に帰ると珍しく父さん達がいた。平日なのに…どうしたんだろう?


 「梓…病院に行こう」


 「なんで?私は普通だよ?」


 「いや…お前は診てもらったほうがいい」


 「…嫌だよ。病院になんか行きたくない」


 「梓…お前は…」


 「行かないから」


 話してもわかってくれなかったので部屋に帰って鍵を閉めた。

 机の上に紙がおいてある。


 ごめんなさ


 読み切る前に捨てた。こんなのいらない。



 学校に行くと清香が何も言わずに抱き付いてきた。どうしたんだろう。最近の清香はちょっとおかしい。大丈夫?って聞いても


 「大丈夫。私は大丈夫だよ…」


 何故か私が慰められている感じだ。なんでだろう。



 最近は家に帰っても誰もいない。父さん達も遅くならなきゃ帰ってこない。1人でいるのは寂しいなぁ。部屋に帰って鍵を閉めた。そしていつも置いてある紙を捨てた。



 学校に行こうとすると父さん達に無理矢理病院に連れてこられた。よくわからないまま質問に応えているとそのまま入院させられた。


 あれからどのくらいここにいるのだろう。清香は毎日のようにお見舞いに来てくれた。


 「梓…私をちゃんと見て。私はここにいるから…」


 「…うん…ありがとう。清香」


 そう言えば…清香以外の人は…?最近は清香以外の人が来なくなった。そもそも…清香以外に私のお見舞いに来てくれる人がいただろうか?



 それからしばらくして誰も来なくなった。まあ…私に会いにくる人なんて…誰もいないけど……

 ただ、病院の部屋にいるだけの生活。生きている意味が見いだせなくなった。だから…私は何も考えないようにした。

 傍にいる誰かが泣きながら私に話しかけてくれている気がする。

 でも…私にはもう見えないし…聞こえない…ごめん…ごめんね……き…よ………

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