真  学生時代

 私が高校2年の時に初めて付き合った人はかなり我が儘な人だった。

 彼に付き合って欲しいと言われたから付き合った。私は異性を好きになった事がなかったから恋愛というものがよくわかっていなかった。

 …付き合ってすぐに体を求められた。私が嫌がると怒鳴りつけてきて力尽くで無理やり奪われた。

 その後も何度も体を求められた。抵抗すると殴られる事もあった…私は彼の機嫌を損ねないように顔色を窺うようになった。



 高校3年。その頃の私は彼に尽くす従者のようになっていた。彼とは付き合っているはずだけど…彼女ってこういうものなのだろうか…?


 いつからか…彼に体を求められる事に安心するようになった。彼は行為の間は従順にしていれば暴力を振るう事がなかったから…

 彼の顔色を窺い続けたからか…何となく彼の感情が読めるようになった。もちろん心が読めるなんてオカルトじみた話じゃない。

 人の感情は無意識に表情に出る。不機嫌な時は眉間にしわが寄ったりする。楽しい時は口調でわかる。個人差は大きいけど…彼はとてもわかりやすい人だった。



 高校を後僅かで卒業するという時に彼に別れを告げられた。彼から解放されて嬉しいはずなのに…どうしようもない不安に襲われた。私はどこか壊れてしまったのかもしれない…気が付けば彼に捨てないで欲しいと縋っていた。

 彼は私に気持ち悪いとかウザいとか酷い事を言って連絡を断った。散々…私の事を好き放題しておいて…


 私は大学に行くまで心の殻に閉じこもっていた。彼と付き合いだしてから友人達は私から離れていったから…学校では孤独だった。

 家にいる時間が何よりの安らぎだった。父さんも母さんも優しかったし…妹も生意気な事を言いながらも心配してくれた。犬のゴロウも心配してくれているのか私の傍をあまり離れなかった。



 大学に通い始めてから少しずつ立ち直る事ができた。突然…どうしようもない不安に襲われる事はあったけど、誤魔化しながらもなんとかやっていた。


 大学に通い始めて半年。とても気になる雰囲気を纏った人と構内ですれ違った。…振り返ってその人の後ろ姿を見るとすぐにわかった。あの人も…どこかが壊れているのだと。


 それからその人を探しながら過ごし、見かける度に話しかけた。助けたいと思ったから…?違う。この人なら私を必要としてくれる気がしたから。私を求めてくれると感じたからだ。


 「神山 幸司」

 

 何度も話しかけて名前を教えてくれた時は凄く嬉しかった。

 慰め合う関係。彼と共に過ごす時間はとても安らぎを感じられた。彼は私を求めてくれたから。私の体ではなく、私という存在を求めてくれたから。

 本当は凄くしっかりしている人なのに…時折、迷子の子供のような表情を見せる彼の事が愛しくて仕方なかった。


 大学2年の春。幸司と慰め合う関係…友人になってから半年くらい経った。

 幸司との関係は良好だ。幸司は私を心の支えとして求めてくれている。でも…もっと求めて欲しいと思ってしまう。きっと不安なんだ。今の私の居場所を誰かに盗られてしまうんじゃないかって…

 解決策はわかっている。幸司の彼女として付き合う事だ。私の居場所を奪う存在がいるとしたらそれは幸司の彼女になる人だ。

 だから私が彼女になってしまえば居場所を奪われる事に怯えなくていい。幸司は浮気だけはしないと断言できる。幸司の傷は彼女の浮気が原因だから…

 でも…彼女が原因だから彼女を作る事にも抵抗があるかもしれない。幸司の傷に触れてしまう事になるかもしれない。

 私は動けなかった。居場所が奪われるかもしれないという不安を消したい。でも幸司を傷つける事はしたくない。


 「真。何か悩みでもあるのか?」


 「ん~…大丈夫だよ」


 幸司は私の顔をジッと見てきた。…ポーカーフェイスには自信がある。表情でバレる事は無いはず。


 「あるんだな。言ってみろ」


 「なんでわかるの…」


 「悩みが無いって言わなかったからな」


 嘘は嫌い。隠すけど嘘はつきたくない。


 「…不安なの」


 「何がだ?」


 「いつか幸司の隣を誰かに盗られちゃうかもって…彼女とか出来たら…私は必要無いでしょう?」


 「なるほどな。そうか。そういう考えになるのか」


 「うん。今の状態が凄く落ち着くから…居場所を失うのは怖いよ」


 「……彼女か」


 「…ごめんね。嫌な事を思い出させちゃったよね」


 やっぱり…傷に触っちゃった…


 「真」


 「何?」


 「俺と…付き合ってくれないか?」


 「……え?」


 「俺の…彼女になって欲しい」


 「私でいいの?」


 「言われてから気付いた。俺も真に恋人が出来たら…離れなきゃいけなくなるって…」


 「私に…恋人?」


 幸司に言われるまで自分に恋人ができるなんて考えてなかった。…なるほど。幸司も同じだったのかもしれない。


 「幸司…私はその…普通の彼女になれるかわからないよ?元カレの事は話したよね?」


 「ああ。女に暴力を振るうクズだったんだろう?覚えてるよ」


 「普通の彼女って何すればいいのかわからないし…」


 「俺の事を支えて欲しい。誰よりも近くで」


 「…うん。傍にいさせて下さい」


 この日から幸司と恋人になった。誰かに奪われるという不安に襲われる事が無くなったけど…私はもう幸司から離れられないと思う。幸司はきっとそうなるってわかって恋人になってくれた。だから私は幸司をずっと支えてあげよう。

 私は普通の彼女になんてならなくていい。幸司だけの彼女になればいいんだ…

 

 


 その後、幸司の親友の永井さんに会わせてもらった。とてもいい人だった。でも…何だろう…警戒されている気がする。

 永井さんが帰る時にも会ったけど、初めて会った時の感覚は無くなっていた。多分、警戒されなくなったんだと思う。

 幸司の事を本気で心配してただけなんだろうな…前の彼女さんみたいに幸司を裏切るかもって思われていたのかもしれない。



 3年になってすぐに幸司と同棲する事にした。幸司はちょっと暴走していたけど…私の両親は好意的に見てくれたみたい。幸司が帰った後に両親と話をした。


 「彼が真を受け止めてくれたのね」


 「うん。とっても優しい人だよ」


 「そうか。幸司君には感謝しないとな」


 家族とまた笑って話せるようになったのは幸司に会ってからだ。多分…支えてもらっているのは私のほう。前々から幸司に会わせて欲しいとは言われていたけど…同棲のお願いをする時になっちゃったな。


 「月に1回くらいは帰ってくるんだぞ」


 「うん。幸司にも来てもらうね」


 「楽しみにしてるわ」


 両親と離れるのはちょっと寂しいけど…私は幸司じゃないとダメみたい。両親は私を必要としてくれているけど…私の支えなんかいらないだろうから…




 幸司と同棲を始めて…寝室は別だと言われた。


 「嫌」


 「嫌って…」


 「恋人なんだから一緒に寝ようよ…」


 「……」


 「凄く楽しみにしてたのに…」


 「真…お前に隠していた事がある」


 「…何?」


 幸司はとても真剣な顔だった。私もちゃんと聞かなきゃ…


 「…美咲に捨てられてから…元気が無いんだ…」


 「…元気?」


 「全くダメって訳じゃないけど…反応が悪いというか…」


 「………えっと…」


 ようやく理解した。でも、なんて言えばいいかわからない。


 「なら…一緒に寝て…元気になったら頑張る?」


 「……」


 「元気になったらラッキーデーだね」


 「ちょっと何言ってるのかわからない」


 幸司は元気が無いとか言ってたけど…凄く元気だった。元カレと比べちゃダメなのかもしれないけど…幸司との行為はとても気持ち良くて…とても幸せだった。



 夏に幸司の御両親が遊びに来た。凄く賑やかで楽しい人達。幸司は本当に周りの人達に愛されている。

 永井さんや御両親といる時が幸司の本来の性格なのだろう。出会った頃を考えるとかなり良くなっている。

 …本来の親しみやすい性格からあんな風になってしまうなんて…幸司はどれだけ深く傷ついていたのだろうか。それを見ていた人達もきっと辛かっただろうな…

 御両親は帰る時に真剣な表情で幸司をお願いしますと私に託してくれた。その願いは私の望み。私は御両親に無言で頷いた。



 就活は幸司の地元の企業を探した。いつか幸司と結婚するつもりだから。競争率があまり高くなかったから内定をもらう事ができた。幸司も無事に内定をもらえたみたい。

 両親に将来の事も含めて2人で報告に向かう。就活が終わった事と幸司との結婚を考えていると伝えるととても喜んでくれた。


 残りの大学生活は2人でのんびりと過ごした。これが本当の恋人なんだね。毎日が凄く満たされている…私はとても幸せだ。

 

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