幸司 大学時代

 春になって独り暮らしをしながら大学に通い始めた。地元を離れて友人が1人もいない場所でアパートと大学を往復する。

 そんな日々が半年ほど過ぎただろうか?よく覚えていないがそれくらい経っていたと思う。

 灰色の日常。退屈な日々。そんな時間こそが俺にとって安らぎをくれた。何も考えなくていい。教わった事を覚えるだけ。人付き合いなんて面倒な事もしなくていい。なんて…充実しているのだろう…


 ある日、いつものように生きているとお節介な女に話しかけられてしまった。


 「ねえ、貴方…大丈夫?」


 「…大丈夫です」


 それだけ言い残して講義に向かう。早めに入って隅の席に座りたかったから。



 数日後…またお節介そうな女に話しかけられてしまった。…前に話しかけてきた女か?よく覚えていないが…


 「貴方…やっぱり辛そうだよ?」


 「…大丈夫です」


 そう言い残してスーパーに向かう。今日はカップ麺の特売日だったはず。2箱くらい買っておこう。


 

 更に数日後…またか…


 「…ねえ」


 「五月蝿い。俺に関わるな」


 足早にその場を去った。厄介な女に目をつけられてしまったようだ…




 翌日…食堂で素うどんを食べているとあの女が来た。わざわざ俺を探しに来たのか?なんでこの女が俺の前に来るんだ?


 「アンタ…なんなんだ?」


 「…貴方の事が…放っておけなくて…」


 「関わるなと言ったはずだ。2度と俺に近寄るな」


 うどんを残したまま返却して立ち去った。あの女が何を考えているかはわからないが…信用できない。女なんて…信用するもんか…



 こう短期間に何度も会うとストーキングでもされてるんじゃないかとさえ感じてしまう。あの女がまた俺の前にいる…


 「何の用だ?」


 「今日は話を聞いてくれるんだね」


 「………」


 「私は高峰 真だよ」


 「神山 幸司」


 「神山君だね」


 「なんで俺に構うんだ?」


 「貴方は以前の私と同じ顔をしてる。放っておけないよ」


 「同じ顔?」


 「…大切な人に…裏切られた顔」


 的確に言い当てられた事に驚いた。そんなの…わかる物なのか…?


 「…なんでわかるんだ?」


 「私も彼氏に捨てられた事があるから。初めて貴方の顔を見た時に…なんとなくわかったの」


 「…だから何だ?傷の舐め合いでもしようってのか?」


 「…それ、いいかもね」


 「…は?」


 「2人とも傷付いてるならお互いの傷を舐め合って治そうとするのはおかしい事じゃないでしょ?」


 「………」


 「慰め合うっていけない事なのかな?私は…誰かに傍にいて欲しいよ」


 「…いや。わかる気はする」


 俺が人を遠ざける本当の理由は…人恋しさで人を簡単に信用してしまうとわかっているからかもしれない。

 今まであの女で埋まっていた部分がぽっかりと空いている。心に大きな穴が空いているのだ。この穴を誰かに埋めて欲しいと…そう思っている。


 「…私じゃダメかな?」


 「…俺でいいのか?」


 ほぼ同時に似たような事を言ってしまう。2人で顔を見合わせて…思わず笑ってしまった。…笑ったのは何時ぶりだろうな。


 「高峰さん。よろしく頼む」


 「真だよ。幸司君。よろしくね」


 こうして俺達の歪な関係は始まった。




 真は俺と同じでこの大学の1年らしい。学部は違うので今まではほとんど会う機会がなかった。あの時に会ったのは偶然だったんだろうな。

 最初は友人のような関係だった。特に何かをする訳じゃない。2人で同じ時間を過ごすだけ。多分…お互いにこんな些細な事を求めていたのだと思う。

 俺はきっと心が折れている。誰かに支えてもらわなきゃ立っていられないほどに。真は誰かに必要とされたがっていた。誰かに必要とされる事で自分がそこにいてもいいと安心できるようだ。

 大学2年の夏。俺達は恋人になっていた。盆休みに俺の様子を見に来た明弘に真を彼女だと紹介すると…


 「幸司の事を支えてくれてありがとうございます」


 「い、いえいえ。こちらこそ…とても大事にしてもらってますから…」


 「なんなんだ…恥ずかしいからやめてくれ…」


 相変わらずお人好しな奴だ。2日ほど俺のアパートに泊まって帰っていったが…凄く嬉しそうだったな。地元に帰る前にイベントに寄ってから帰るとか言ってたな。アイドルとかか?


 「いいお友達だね」


 「ああ…最高の親友だよ」



 大学3年の春。真と同棲する事にした。真は実家通いだったけど俺のアパートからのほうが大学は近いから。片道1時間が15分に短縮できるならかなり楽になるだろう。

 もちろん…真の両親にはちゃんと挨拶をする。大切な娘を預かるんだから筋は通さないといけない。

 真の家はベッドタウンにある一軒家だった。庭にコロコロの柴犬がいた。あとでモフらせてもらおう。


 「神山 幸司と言います。お父さん。お母さん。娘さんを僕に下さい」


 「………え?」


 何か間違えたか?大切な娘を預かるんだからこの台詞で合ってると思うんだが…?

 真は顔を真っ赤にしてるし…真のご両親はニコニコしている。…あれ?


 「いい彼氏さんでよかったわね」


 「幸司君。娘を頼みます」


 「不束者ですが…でいい?」


 …ああ。これって結婚の…?って、違う!俺がしにきたのは同棲の許可を貰いにきただけで…あれ?結婚の許可と何が違うんだ?わかんなくなってきた。


 「いや、あの、違う。あれ?違わない?」

 

 「え~っと。こんな面白い彼氏だけど、ちゃんと大切にしてもらってます。同棲してもいいかな?」


 「見ればわかるわよ。真面目そうないい彼氏さんじゃない」

 

 「たまには2人で遊びにくるんだよ?」


 「は、はい。ありがとうございます!」


 なんだろう。許可はもらえたけど恥をかいた気がする…帰りに柴犬をモフらせてもらった。凄い。普通の柴犬の1.5倍くらいコロコロしてる。めちゃくちゃ癒やされた。


 「ゴロウはお散歩が嫌いなんだよ。私が家を出たらまた太っちゃうかも…」


 「健康面では心配だけど…モフるのには最高なんだよな…動かないからモフりやすい」


 5月に家に来たからゴロウにしたそうだ。シンプルだけど愛着が湧くいい名前だと思う。


 真は引っ越しの支度を終えたら俺のアパートに来る。俺も自分の両親には伝えておかなきゃな。あの女と会いたくないから大学に入ってから帰省していないし…

 アパートに帰って父親に電話をした。


 「もしもし」


 「おう。久しぶりだな。どうした?」


 「あ~…あのさ、彼女ができた」


 「…マジか?」


 「うん。で、同棲する」


 「……マジか?」


 「マジだ」


 「そうか…。母さん。幸司が家に女を連れ込むんだってさ」


 「他に言い方あるよね?悪意しか感じないんだけど?」


 「…私よ。代わってもらったわ」


 「ああ。母さん。久しぶり」


 「ええ。久しぶりね。…で、女の子を連れ込んで乱れた生活をしてるんですって?」


 「うん。全然違うね。彼女が出来たから同棲するって報告だから」


 「…だいたい合ってるじゃない」


 たまにこの両親で嫌になる時がある。話が通じない。


 「乱れてないから。純愛だし」


 「…そう。ちゃんと前を向けたのね」


 「うん。彼女に支えてもらってるけど」


 「…たまには帰ってきなさいよ。その子とも会ってみたいわ」


 「…美咲の事があるから…まだ帰りたくないな」


 大学を出たら帰る事も考えているけど…就活次第かな。


 「…わかったわ。私達にそっちに遊びに来いって言ってるのね?」


 「いや。言ってないよ」


 「…俺だ。話はわかった。夏の盆休みに会いに行くから覚悟しておけ」 


 「覚悟って何?」


 両親とこんな馬鹿話をするのも久しぶりだ。ああ…真はこんなにも俺の傷を癒してくれていたんだな。美咲の名前を出しても…少し心が傷むだけで済んだ。


 それからしばらくして真が俺のアパートに住み始めた。寝室は別だったが…真は一緒がいいと言って聞かない。

 ちなみに俺は美咲に裏切られてから性欲が薄くなっている。元気にならない訳じゃないけど…元気になりにくい。だからまだ清いお付き合いな訳なんだが…真がそれを許してくれなかった。


 「元気になったらラッキーデーだね」


 「ちょっと何言ってるのかわからない」


 まあ…俺の予想以上に元気になったけどな。お前…今までずっと寝てたからかわからないが…元気になりすぎじゃないか?


 

 

 大学3年の夏。宣言通りに両親に襲撃された。真は俺の両親によっていじり倒されて早々にグロッキー状態だ。


 「真ちゃん。馬鹿息子と付き合ってくれてありがとう」


 「いえ。こちらこそ」


 「私の事はお母さんって呼んでね。ママでもいいわよ?」


 「え…じゃあ、お母さんで…」


 「俺はパパしか認めん」


 「父さん。ちょっと黙ってて」


 「うう…真ちゃん…幸司が酷いんだ…」


 「え…え~っと…」


 ダメだ。無駄にパワフルな両親に押されまくって真は萎縮している。


 「…2人は幸せかしら?」


 「はい。幸司にはよくしてもらっています。私はとても幸せです」


 「…真には支えてもらっている。俺も幸せだ」


 「そう。それならいいわ。さて、貴方達ももうお酒が飲めるんでしょう?今日はお土産に地酒を持ってきたわ」


 「幸司と飲める日がくるとはな…時間が経つ方は早いもんだ」


 日本酒の一升瓶が6本。どんだけ飲む気だよ。


 「あ、おつまみ買ってきますね」


 「俺も行く。母さんは冷蔵庫にある材料で何か作っておいて」


 「わかったわ」


 「俺は…幸司のエロ本でも探しておくか」


 「父さんは俺達が帰ってくるまでベランダの掃除をしておいて」


 「任せろ」


 俺は真と一緒に近くのコンビニに向かった。

 

 「凄いご両親だね…」


 「頑張って慣れてくれ」


 「うん。良い人なのはわかるから頑張るよ」


 その日は遅くまで飲んだ。真はあまり強くないから途中からお茶だったけど…とても楽しい時間だった。

 両親は帰り際に真剣な顔で真に俺の事をお願いしますと言っていた。自分でもかなり良くなっているとは思うが…両親が最後に俺の顔を見たのは大学に入る前だったからな。ずっと心配してくれていたんだろう。




 大学4年…就活に追われる時期が来てしまった。真に聞くと俺の地元の近くで探すと言っていた。将来的に…俺と結婚した時の事を考えてくれているらしい。

 俺も…帰りたいかな。美咲とは関わりたくないが俺は地元が好きだから。

 真の実家の近くで探しても良かったが、俺も真も車の免許を持っている。地元からなら3時間もかからずに移動できる距離だ。


 俺も真も俺の地元にある企業の内定をもらえた。就活は終わりだ。後は…真との同棲生活を気ままに楽しむとしよう。社会人になったら時間を作るのが難しくなるかもしれないからな。

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