真雪の春

束白心吏

真雪の春

 竜巳たつみ真雪まゆきは悩んでいた。

 元来悩むより行動をモットーとする彼女であるが、自分に深く関わることがあり、何よりそれを失敗したくないと思えば慎重にもなるようで、真雪にしては珍しく頭を抱えていた。

 その表情は明るいとは言い難い。かれこれ30分は同じ棚の前で一冊の本と対峙しているが、時間が経つほどにその表情の陰りは深くなっている。


「『日ごろからの会話』はしてるし……『名前を呼ぶ』も実践してる……『些細な肉体的なスキンシップ』……は無理だけどほんの少しならしてるし……」

「あれ、竜巳?」

「うひゃ――!?」


 半分音読しながら読み進めていると、後ろから声をかけられた。

 真雪は自身でも出したことのない甲高い悲鳴を途中で無理矢理押し殺して振り向くと、そこには今、一番遭遇したくはなかった人物がいた。

 あまりに大きい真雪の反応に、青年は目を点にして呟く。


「……そんな驚くか?」

「そ、そりゃあ驚くよ。集中して立ち読みしてたんだから」

「いや買って読めよ」


 青年の言葉は最もだったため反論はない。

 現に立ち読みしてたのはどれか一冊を買おうとしたが故の試し読みのため――とはいえ一冊目で三十分以上使ってしまったが――である。高校生のお財布事情では古書店でもない限り複数冊の出費は大きいのだ。

 真雪は背に隠してる本について言及される前に話題を変えんと口を開いた。


「それにしても猿谷さるたに君が休日に本屋さんに来るって意外だね」

「そうか?」

「うん。なんか休日は家でゴロゴローってしてるイメージあるし」

「否定できない……」


 青年、猿谷は実際休日の殆どを家でだらけて過ごしているため苦笑する。


「まあ確かに家から出ないし部屋からも出ないけど、好きな作家先生の新作が出たからさ」

「え、読書の趣味があったの更に意外」

「学校じゃ読まないからなぁ……」


 そう言いながら単行本を少し持ち上げる。

 確かにその大きさは学校に持っていくには不便だろう。真雪は確かにそれじゃあ学校で見ないわけだと納得した。


「それに意外といえば竜巳が本屋にいるのも意外だろ?」

「そう?」

「いつも考えるより先に行動だし」


 真雪もその自覚はあったので、笑顔で固まる。改めて言われると少し恥ずかしかったのもある。同時に、少し嬉しくもあった。出会って凡そ一ヵ月程度の彼が、自身のことに関して理解しているということに。


「まああまり溜めこみ過ぎるなよ。どんな悩みか知らないけど、俺に出来ることがあるなら協力するし」

「――!」


 猿谷の言葉で真雪の心臓は大きく跳ねる。

 彼は知らないのだ。真雪の悩みの中心人物が彼であることを、彼と失敗したくないからこそ、柄にもなく本屋にいたということも。

 そして、その言葉を真雪が本心から嬉しく思っていることも。


「(ホント、ズルいなぁ)」

「? 何か言ったか?」

「ありがとうって言ったの! さ、一緒にレジ並ぼ!」


 自分の気持ちを悟らせんとするように、真雪はいつもの快活さを前面に出してレジへ向かう。

 猿谷はいつもの調子に戻った真雪にどこか安堵を覚えながら、その後に続いて並び、他愛のない雑談に興じた。




「そういえば単行本って文庫の場所と離れてるよね?」

「凄い行列だから少し見て回ろうって思ったんだよ」

「なるほどねー……もしかして私、邪魔しちゃった?」

「いや、俺から声かけたし……それに竜巳がいなかったら更に長時間店内彷徨ってただろうから、邪魔なわけないよ」

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真雪の春 束白心吏 @ShiYu050766

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