第106話「女神との再会」

 それからのハルトは大忙しであった。

 まずやったのは、統一王としての戴冠式である。


 アリキア王及びルティアーナ国王ならびにバルバス皇帝、つまり大陸の覇者として君臨し連合国家を樹立することを宣言した。

 それは、同時に王女ルクレティアと皇女ヴィクトリアとの結婚報告でもある。


 驚きを持って迎えられた結婚ではあるが、抵抗はハルトが予想していたよりもずっと少なかった。

 両国民は、長らく続いた戦争にほとほと飽いていたのだ。


 平和になるのならばもう何でも良いと、多くの国民から歓声をもって迎えられたのである。

 それはもちろん、大陸間戦争の勝者であるハルトの声望が統一王の地位にふさわしいものにまで高まっていたともいえるが。


 ともあれ、ルティアーナ王国の王都と、バルバス帝国の帝都バルバスブルグでお披露目も兼ねて二回も結婚式とパレードを行ったのだ。

 このような儀式を苦手としているハルトは、ほとほと気疲れしてしまう。


「やれやれですね」


 思い出しても華やかな結婚式で、負傷して入院していたはずのクレイ准将が急に元気になって駆けつけて感涙に噎せながら、「二人のお子、王国の跡取りが生まれるまで。いや立派に成長するまで、このじいは現役でおります!」と喜んでくれたのはよかったけれど。


「しかし、あの時はありがとうって答えておいたけど爺ってなんだ」


 傅役にでもなるつもりなのか。


「ふぁああ……まあいいか」


 もう思考が曖昧になってきている。

 帝城に用意された豪奢なベッドに倒れ込むと、ハルトは死んだように眠ってしまう。


「ハルト、ハルトってば……」

「ぐーぐー」


 いつになく神妙な顔つきで入ってきたルクレティアは、ハルトを揺り動かして起こそうとするが疲れ切ったハルトはいびきをかいて一向に起きない。

 年長者に先に譲ってやるとヴィクトリアにそそのかされて、それなりに覚悟してきたのにこれなので、ちょっと拍子抜けしてしまったがルクレティアは、ホッとしたような気持ちもあった。


「もう……。でも、こういうところもハルトらしいわね」


 しばらく、ハルトの寝顔を愛しそうに見つめるルクレティアは、「どんな夢を見ているのかしら」とつぶやく。


「……勘弁してくださいよ」


 しかめっ面で妙な寝言を言うので、ルクレティアはクスリと笑う。

 ハルトは何やら、夢の中でも誰かに無理難題を押し付けられているようだった。


     ※※※


 その夢の話。

 帝城の豪奢なベッドで眠ったハルトは、見覚えのある場所にやってきていた。


「あれ、あんまり驚いてませんね」

「最初は驚きましたけど。さっきいた場所が、金羅紗きんらしゃに彩られた天上の如き豪奢な王城でしたからねえ」


 まあここは、天上の如きどころか天上そのものなわけだが。

 そして、目の前にいるのは女神ミリスその人だ。


「それで、なにか御用ですか。女神様」

「私の思い通り、いえ想像以上に素晴らしい働きをしてくださったお礼と、そして一言言っておこうかと思いましてね」


「一言ですか?」


 お礼を言われるのはわかるが、小言を言われるようなことはしてないと思うのだが。


「何度も何度も、私のことを争いを望んでる戦争屋の神みたいに言ってくださいましたね!」

「ああ、そのことですか」


「見てくださいよ。結果的に大陸は統一されて、世界は平和になったではありませんか。私はこれでも平和な世界を望む善神なのですよ」

「それは失礼しました」


「過ぎたことです。ぜんぜん気にしてません」


 いや、気にしてるから用もないのに呼んだのだろうとハルトが思うと、女神様はムクッとむくれた。

 心を読む相手はやりづらい。


「なんですかハルト、言いたいことがあるなら言ってみなさい。あっ、話し相手がいなくて一人で寂しいとかないですよ。私は女神ですから!」


 心を読む相手は、やはり話しづらいな。


「ハルトは、他所の世界から来たにしても神に対する敬意が足りませんね。そういう世界だったんですか?」

「いや、そうでもないんですが」


 日本の文化は神に対する畏敬の念はあるが、もう少し自然に根ざしたものだった。

 人格化した絶対神という存在はどうも馴染めない。


 さて、なんと言ったらいいかな。

 ハルトは、とりとめもない考えをさっとまとめると説明してみることにした。


 考えがまとまるのも、女神の与えてくれた天与の才能タレントのおかげなのだから、話をする義理もあるだろう。


「女神様。私はこれで世界から戦争がなくなるとは考えてません」

「ほう、どうしてです」


「私がいた世界の歴史の知識からの類推るいすいですね。それは、あれだけの大陸間戦争をやったんです。しばらくは大人しくなるでしょう。しかし、圧倒的な強国があれど紛争の種というものは尽きません。今後はそれを一つずつ潰していく作業になるでしょう」


 どうせ戦争がなくならないなら、超大国を作っても統治の手間が面倒なだけだ。

 だからハルトは、アリキア辺境伯領という小さな領域に自分が平穏に暮らせる場所を作るつもりだったのだが、すっかりと予定が狂ってしまった。


 旧弊きゅうへいな貴族階級はまだ残っているし、一方で民衆からの民主化の欲求は強まるばかりだろう。

 そこまでいくと百年単位の未来の話だからハルトは知ったことではないのだが、その時の為政者が選択を誤れば内紛によって大陸連合国家の枠組みが崩れる未来だってある。


 そうなれば、大陸間戦争の時代に逆戻りだ。

 二国間の争いで済んでいた時よりも、もっと悪くなることだってあるかもしれない。


「しかし、軍師ハルト。あなたがそうはさせない」

「買いかぶり過ぎですよ」


 あと、なんで女神様にまで軍師と言われなきゃならないのか。


「あなたは、私の軍師でもあるからですよ」

「へ?」


 女神ミリスの言葉に、ハルトはちょっとあっけにとられた。


「神は世界に直接手をくだせません。だから、私はあなたに託したのです。あなたならば、きっと私の世界に豊穣と繁栄をもたらせると信じましたから」

「それはまた過大な期待を持たれたものですね」


 本当に、とんだ買いかぶりだとハルトは肩をすくめてため息を吐いた。


「貴方は私の期待以上の事を成した偉人ですよ。まだまだこれから、ずっと世界をより良くする方法をあなたは知っている。そうですよね」


 女神に嘘偽りは通用しない。

 それをわかっててこう言うのだから、恐ろしいものだなと思ってしまう。


「そりゃ、自分やその周りが平和に暮らせるようには考えてみたいと思いますけどね。それでも女神様からしたら、私の生きてる時間なんてあっという間でしょうが」


 その言葉に、女神ミリスは満足そうにうなずいた。


「なんでしたら死後は、私の元に呼んでもいいですよ。私と一緒に神をやってみませんか。貴方のその経験は、きっとその後の世界のためにも役立つことでしょう」

「勘弁してくださいよ!」


「貴方が亡くなるまでにあとだいぶかかりそうですから、ゆっくり考えてください」

「王ですら気が重いのに、神様なんて冗談じゃないですよ!」


 その後、女神とどんな話をしたかはハルトも覚えていない。

 それは歴史にも残らない、夢となっていずれぼんやりと消えていく記憶であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る