第103話「エルフVSダークエルフ」

 もはや守る軍もなく、『獅子の丘』近くまで近づいている王国軍主力三万。

 丘の上から、皇帝ヴィクトルは戦局の様子を静かに睥睨へいげいしていた。


「……シュタイナーが来たか」


 遠方より土煙を上げて、疾走する黒竜騎士団の姿がこの丘からも見える。

 だが、中央を守護するガードナー軍団が壊滅した今、王国軍主力は間近に迫っていた。


 黒竜騎士団さえくれば立て直しはできようが、果たしてシュタイナーは間に合うか。

 そこに、銀色の長い髪をたなびかせる褐色のダークエルフが現れる。


 ダークエルフの魔術師団を率いた帝宮魔術師団長アシュリーは、愛する主の前にひざまずいて言う。


「ご安心ください陛下。シュタイナー将軍の到着まで、我々が御身を必ずお守りします」

「アシュリー頼めるか」


「はい、我々ダークエルフは陛下のおかげで救われました。今こそ、身命を賭してその恩に報いる覚悟です!」


 決意を見せたアシュリーに、若き皇帝ヴィクトルは小さく頷き。

 ゆっくりと玉座についた。


 アシュリーたちが本陣を守れることを信じ、逃げも隠れもしないということだ。


「さあみんな、なんとしても陛下を守るんだよ!」


 アシュリーの叫びに、集結する五百人のダークエルフの魔術師が一斉に叫び、迫りくる敵へと向かう。

 これが最後の決戦になろうことは、みんなわかっていた。


 アシュリーたちに立ち向かって現れたのは、一列の装甲馬車ワゴンブルグと空中に浮遊しているエルフの魔術師たちだった。


 装甲馬車ワゴンブルグからは銃撃が飛ぶが、防壁魔法によってそれらは弾き飛ばされる。

 アシュリー自身も全身に銃弾を浴びたが、それらは全てチューンと音を立てて弾かれる。


「ハッ! なんだい、こんな物! 鉄砲なんてあたしらダークエルフには通用しないよ!」


 アシュリーたちは、魔法のエネルギー弾や、衝撃波、凄まじき風斬ウインドカッター、巨大なる炎弾ファイヤーボールを王国軍へと次々に浴びせる。

 様々な攻撃魔法を力の限り撃ちまくった。


 帝宮魔術師団は、大陸最高の魔術師団である。

 ダークエルフの魔法力は、数・質ともにシルフィーたちエルフの魔術師団の力を凌駕する。


「後ひと押しだ! 気張りな!」


 激しい魔法の炎に炙られて、王国軍を守っていた装甲馬車ワゴンブルグの厚板もついに焼け焦げる。

 所詮は木、絶対防壁魔法によって守られていてすらアシュリーたちが放つ魔法の熱波に耐えきれなかった。


 黒い炭と化してボロリと崩れ落ちる装甲馬車ワゴンブルグに、アシュリーたちは勝利を確信した。

 だが、形勢はここで逆転する。


「ぐふっ!」


 度重なる銃撃に、ついに絶対防壁魔法が剥がれ落ち、ダークエルフたちが次々に倒れ始めた。

 絶対防壁魔法などという御大層な名前が付いてる術式ではあるが、その防御力は絶対には程遠い。


「なんであたしらが押し負ける!」


 アシュリーは叫ぶ。

 ダークエルフの魔術は、エルフよりも優れているはずだった。


 それなのに徐々に味方は倒れ、数を減らされていく。

 最初はほんの少しの差が、やがて圧倒的なものになった。


 気がつけば、先頭に立っていたアシュリーの周りには誰も残っていない。

 もはや勝敗は決したと思われた時、不意に銃撃が止まる。


「もうここまでです! 無益な抵抗を止めて降伏してください!」


 エルフの魔術師を束ねるシルフィーが叫ぶ。


「そんなことできるわけないじゃない!」

「私達は、皇帝様を殺そうとしてるわけではないんです。降伏してくれれば、誰も殺しません!」


「そんな言葉信じられるものか! もうすぐシュタイナー将軍がくる! それまであたしは、絶対にここを通さない!」


 エルフとダークエルフは、これまでずっと殺し合ってきたのだ。

 現に今も、激しい戦闘で仲間の多くが死傷している。


 その犠牲が大きければ大きいほど、アシュリーはここで止まるわけには行かない。

 アシュリーが瞑目し深呼吸を繰り返すと、虚空よりバチバチと紫電が発生する。


 アシュリーの身体に集まってくる光は急速にその輝きを増し、銀色の長い髪を逆立てたアシュリーは大声で叫ぶ。


輝ける雷光シャイニング・ライトニングよ! 我が意に従い全てを灰燼かいじんと化せ!」


 アシュリーは、その両手から自身が使える最強の電撃魔法を浴びせた。

 放たれた閃光に辺りが包まれ、あらゆるものを消し去ったかに見えた。


 だが、全てを貫く必殺の閃光はその途上で潰え、シルフィーたちは無傷のままだった。


「なんで、あたしの雷光ライトニングが通用しないの……」


 幼き頃より並ぶ者なきと言われたアシュリーは、魔術の天才だ。

 輝ける雷光シャイニング・ライトニングの魔法は、もはや大陸でアシュリーしか使い手がいないとすら言われる秘義中の秘義。


 その最強のカードを切ったのに、シルフィーたちエルフの魔術師の絶対防壁魔法は、その最強すら防ぎきった。


「理由は簡単です。私達はハルト様の言いつけどおり攻撃魔法を使っていないからです。防御魔法のみに、全魔力を集中しています」


 攻撃は銃などの近代兵器に任せて、魔術師は絶対防壁魔法にのみ専念する。

 シルフィーたちがしたことは、ただそれだけだった。


「たかがそんなことで、このあたしの魔術を破ったというの……」


 近代戦に合わせた戦い方をしたシルフィーたちエルフと、古いやり方で魔力を使いすぎたアシュリーたちダークエルフ。

 その違いが、この決定的な差を生んでしまった。


「もう降伏してください。私達だってもう誰も傷つけたくはない。あなた達が降伏してくれれば、この戦争は終わるんです」

「いやよ! 王国のエルフの言葉なんて誰が信じられるものですか!」


「これでもですか」


 前に進み出たシルフィーは、自らの絶対防壁魔法を解いた。


「あんた、正気なの……」

「私は、あなたを攻撃しません!」


 いまだ戦闘は停止していない。

 ダークエルフ側から攻撃魔法がバンバンと放たれている戦場で防御魔法を解くなど自殺行為だ。


 近くで爆発が起こっているというのに、風圧になぶられて揺れるシルフィーはそれでも手を広げて微笑んでいる。


「こ、攻撃停止!」


 ひたいに汗を浮かべるアシュリーは、シルフィーの気迫に根負けして攻撃停止を命じた。


「ありがとう。ダークエルフの人……」

「あんたはバカなの! なんでこんなことができるの!」


「だってあなた達ダークエルフは、帝都の戦いの時に私達を殺せたのに殺さなかったじゃないですか。今度は私達が助ける番です」

「たかがそんなことで、命を張ったの? ダークエルフとエルフはずっと争ってきたのに」


 力尽きたようにその場にしゃがみ込むアシュリーに近づいて、シルフィーは寂しげに笑いかけて手を差し伸べた。


「だって、私にはわかります。あなたも一緒でしょう、ずっと理不尽に奪われて、痛めつけられて、それでも地獄の底から救い出してくれた人のために戦っている」

「……」


「私達は、わかり合えるはずなんです」

「あなた、名前は……」


「エルフの族長の娘、シルフィーです」

「あたしはダークエルフを代表する宮廷魔術師団長アシュリーよ。これでも偉いんだから舐めないでよね!」


 シルフィーの差し出す手を、アシュリーは乱暴に掴んで立ち上がるのだった。

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