第99話「必勝の策」
王都を救援に向かう王国軍四万。
とりあえず一軍とは呼べる規模だが、ハルトの側の軍勢は相変わらずの寄り合い所帯であった。
姫将軍ルクレティアが指揮する王国南方軍二万。
ミンチ将軍が指揮する王国南方軍八千。
そして、ハルト大隊一万二千。
指揮系統も装備も全てバラバラの寄せ集めであった。
対する帝国軍は、王都を囲んでいる四万の軍勢を除いたとしても十六万。
とりあえず、帝国軍との中間地点にあるミンデン村とハーレン村を奪い返したというところで配置を完了した各部隊の中央の天幕で、最後の作戦会議が開かれていた。
まず
「小官らが考えますに、敵の数に対してこちらは少数無勢。ここは王都になんとか入場して、防衛戦に持ち込んではいかがでしょうか」
ルクレティアとミンチ将軍は、ハルトの顔を見る。
名目上はともかく実質的に、作戦を決定するのはハルトだ。
「もちろんここは正面突破ですね」
ハルトの言葉に、ミンチ将軍の幕僚から悲鳴が上がる。
「軍師ハルト殿! 正気ですか!」
「この展開、前にもあっただろ! 嫌だぁ、今度こそ死ぬんだぁあ!」
もはや恥も外聞もなく、騒ぎ出す者がでる始末である。
なぜなら――
「お前ら、うろたえるな!」
そう叫ぶミンチ将軍は、こういう時絶対に先陣を切りたがるからだ。
ハルトは、それを良いことに危険な先鋒を自分たちにやらせるに決まっている。
幕僚たちは、一縷の望みをかけてミンチ将軍にすがる。
「ミンチ将軍閣下、確かに前回の農民反乱の時には軍師ハルト殿の卓越した作戦により四万五千の軍で、十三万五千の敵に勝利いたしました」
「だったら今回も勝てるだろうが!」
「単純に考えても前回は三倍の敵でしたが、今回は四倍の敵ですよ」
「この際三倍も四倍も関係なかろう。なあ、ハルト殿!」
ミンチ将軍の声に、自信ありげに頷くハルト。
それ見ろとばかりに笑うミンチ将軍に、なおも幕僚たちは言い募る。
「冗談じゃないですよ! 相手は不敗誇る精強な帝国軍です! 農民兵相手のように行くわけがない、十六万の大軍勢が包囲殲滅せんと待ち受けてるところを正面から行くなんて自殺行為ですよ。閣下、お願いですからどうか考え直してください!」
「どうなんだ軍師ハルト!」
ハルトは涼しい顔でこう言った。
「必勝の作戦があります」
「そ、その作戦とは?」
ハルトは、作戦図の一点を指す。
「獅子の丘、ここに皇帝ヴィクトルがいます」
「おお、そんなことがわかるのか」
作戦図に乗り出して驚いてみせるミンチ将軍とルクレティア以外は、その程度のことは敵の配置を見ただけで察している。
帝国軍の配置を見れば、敵の本陣はそこにあると予想するくらいのことはできるからだ。
「ミンチ将軍の幕僚の方々は兵の数にごまかされているようですが、この戦いの勝敗をわけるのはただ一点のみ」
「その一点とは?」
「それは、ミンチ将軍もご存知のはず。王都にいまだ健在のラウール陛下。獅子の丘にいるヴィクトル皇帝、両軍の統治者をどちらが先に落とすかで決まります」
わかりやすい説明に、ミンチ将軍はポンと手を打った。
「では、敵陣を突破して獅子の丘の皇帝ヴィクトルを討てば勝ちではないか!」
「そのとおり。いやあ助かりました。一番困るのは帝国軍に偽の本陣をたくさん作られて撹乱されることでしたから、正々堂々とかかってこいという姿勢で帝国軍も好感が持てます。これで勝利は決まったようなものですね」
そんなわけもないことを、しれっと言うハルトに周りの人たちは鼻白むのだが、ミンチ将軍だけは身を乗り出して興奮する。
「勝利間違いなしとは、ではぜひとも先鋒は我が軍にお任せ願いたい!」
「さすがは稀代の英雄ミンチ閣下ですね」
ハルトは笑いをこらえている。
単純なミンチ将軍は、ちょっとそそのかすとハルトの意図通りに動いてくれるので面白くて仕方がないのだ。
悲鳴を上げるのは、ミンチ将軍の突撃に付き合わなければならない幕僚である。
「か、閣下。気は確かですか、我が軍と申されましても、南方軍は負けに負け続け、もう八千しかいないんですぞ!」
「正面に構えてる敵は、ざっと見ても十二万はいます!」
幕僚たちの当然の嘆きに、少し考え込んだ素振りを見せるミンチ将軍だが、そこにハルトがささやく。
「この戦いは大陸の命運を決める歴史的な一戦となります。こちらの総帥は次期国王である姫様でしょうね。では、この華々しい一戦で歴史に名を残すであろう英雄ミンチ将軍はここでどのような活躍をすべきでしょうか」
「……先鋒だな。一番槍以外ありえん! お前らも覚悟を決めよ! 断じて行えば鬼神もこれを避くと言うではないか!」
格好だけは威風堂々たるミンチ将軍は、拳を振り上げて叫びだした。
毎度、無謀な突撃につきあわされる方はたまったものではない。
「閣下、今度という今度は! 正面の敵と我が王国南方軍の兵力差十五万ですぞ! なにとぞこればかりはお考え直しください!」
「くどい。黙ってワシについてこい!」
「もう嫌だ、死ぬんだぁあ!」
幕僚からあがる悲鳴を無視して、満面の笑みをたたえたハルトはミンチ将軍と固く握手する。
「英雄たられる閣下なら、そう言われると思っておりました。ハルト軍団は、ミンデン村とハーレン村の二箇所から援護射撃をしますので、危なくなったらお戻りください」
「全てワシに任せろ! 必ずや敵の皇帝の首をあげてみせるわ。お前ら何をぼさっとしている。そうと決まったら全軍前進、早くしろ!」
ミンチ将軍の参謀たちは、恨めしそうにハルトに言う。
「危なくなったらすぐ撤退しますからね!」
「もちろんです。もう一度確認しますが、ミンデン村とハーレン村のラインで防衛線を張りますので、危ない時はまっすぐ引いてきてください」
ぶつくさ文句いいながらもミンチ将軍に付いていくしかない幕僚たちを見て、宮仕えって大変だなあと思うハルトである。
王家に伝わるアダマンタイトの宝剣を掴んで、意思の強そうな紅い瞳でハルトを見つめる姫様は静かに尋ねる。
「じゃあ、私は本軍の総大将ね。ハルトの言うとおりやれば、勝利間違いなしなのよね?」
最初に会った時は、どうしようもない姫様だと思ったが、こう見れば総軍の大将らしくなってきたなとハルトは苦笑する。
まさかあの姫様が頼もしいと感じるようになるとは思わなかった。
考えればみんな、この破天荒な姫様の思いに巻き込まれて、ここまで来てしまったのだ。
そうすると、自分は最後まで軍師らしくあるべきだろうとハルトは力強く言う。
「もちろんです。戦うからには必ず勝たなければなりません。この一戦で全ての戦争を終らせる、そのための準備はしてきました、なあエリーゼ」
ハルトの言葉に、副官のエリーゼは敬礼して言う。
「ハルト様のご命令通り。本軍も、配置されたハルト軍団も、全て準備万端整っております」
「エリーゼとシルフィーたち魔術師団は、姫様の警護を頼みます」
それに緊張した面持ちで、エルフの魔法師団を指揮するシルフィーも答えた。
「はい! この身に代えても姫様をお守りいたします」
「シルフィーも、命なんてかけてはいけませんよ。死んではつまらないですからね。誰一人欠けること無く、この時代を生き延びましょう」
ハルトの優しい言葉にシルフィーは、食い入るような瞳でハルトに話しかけようとする。
「あ、あのハルト様も……」
そこにおっかぶせるようにエリーゼが叫んだ。
「ハルト様も、どうかご無事で!」
わっと詰め寄られて、ハルトは笑い「はい」と力強く答えた。
二人が心配するのも無理はなかった。
四倍もの兵力差を相手にするのだ。
無駄にできる兵力など一兵もなく、ハルトも特別攻撃隊を率いて敵の前線に上がらねばならない。
「やれやれ、今回ばかりは私は軍師だから後ろにとは言ってられないですからね」
そこに、「会議は終わったのかニャー」と天幕にニャルが入ってきた。
ニャルたち獣人の部隊は、ハルトの指揮する特別攻撃隊のかなめとなる人材だ。
「ニャルさんたちも頼みますよ」
「任せるニャー。我らがアリキアの王を守るのがニャルらの務めニャー。安心して任せるがいいニャー」
腰から引き抜いたサーベルを振り上げて、勢い余ってズサッっと天幕を突き破ってしまう相変わらずのニャルの元気さに、頼もしくて結構ですねとハルトは笑う。
ともかくこうして、世界の命運を決める『獅子の丘』の大戦は賑やかに幕を開けた。
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