第96話「皇帝迎え撃つ」
王都のほど近く、周辺が広く見渡せる小高い丘の上。
一千年の昔、ルティアーナ王国の建国王ヴァロア一世が蛮族に大勝利した伝説があるその地は『獅子の丘』と呼ばれている。
その『獅子の丘』に立てられた屋根もない野戦陣地で、皇帝ヴィクトルの下に帝国の四将軍が集い、最後の作戦会議をしていた。
王都を五万の軍勢で先攻したスケイル将軍の戦死を知って、皇帝ヴィクトルは寂しそうにつぶやく。
「そうか、『痩せネズミ』が死んだか」
スケイル・カスケードは、勇将揃いの皇帝の幕下では珍しいタイプの将であった。
小才が利く男で、義勇軍を含む混成軍団で王都を攻めるような仕事には向いていると思ったのだが、敵が一枚上手だったということなのだろうとヴィクトルは嘆息する。
『痩せネズミ』とあだ名されたスケイルは、門閥貴族から鞍替えした家臣で決して忠臣ではなかった。
だが、ヴィクトルが有能な支配者であり続ければ、まるでネズミのように汚い仕事もいとわずにキビキビと働く使い勝手の良い将であった。
忠臣面でペコペコ平伏しながらも、ちっとも頭を下げられているような気がしない。
伏せた顔の下からヴィクトルの皇帝としての器を常に
「やはりスケイルのような小物に、王都攻めの大役は無理でしたな!」
特にスケイルと仲の悪かった『大熊』とあだ名される猛将ドルガンが、嬉しそうに言う。
それを聞いて、怒りに白皙の頬を赤らめるヴィクトルは青い瞳でギラリと睨みつける。
「スケイルに王都攻めを任せたのは余だ。余の差配に落ち度があるならば言うが良い」
「め、滅相もございません! 口が過ぎましたお許しを!」
華奢な皇帝の前で、ドルガンは二メートルを超える熊のような巨躯を縮めるようにして平伏する。
その滑稽な姿に、皇帝はすぐに怒りを鎮めた。
「あまり悪く言ってやるなドルガン。やつにはやつにしかできぬ仕事があったのだ。スケイルは最後まで勇敢なる帝国の将として余のために戦い、余のために死んだ。しばし冥福を祈る」
臣下の死に落胆して瞑目する皇帝ヴィクトルに、居並ぶ将軍たちも一斉に平伏した。
苛烈にして慈悲深き皇帝ヴィクトルに対して、腹心たるヴェルナー将軍は静かに戦況報告を続ける。
「王都の防衛を指揮したのは、以前より軍師ハルトに仕え作戦を届けた若い部隊長のボブジョンと申す男だそうです」
ちょっと前であれば、元平民の少年騎士の言うことなど王国中央軍の高位高官は聞く耳を持たなかったであろうが、軍政改革が終わっていたことが功を奏した。
王国中央軍を指揮するキース参謀本部総長は、一介の騎士に全権を委ね、ボブジョンが持ってきたハルトの命令書通りに防衛の差配をしたのだ。
王都にはハルト商会の兵器工場がいくつか存在し、そこに多くの地雷や爆弾が用意されていた。
そして防衛には欠かせないガトリング砲もいくつか存在し、それをボブジョンは組み立てて使ったそうだ。
先のクーデター戦によって壊れた建物などを使い、王都に張り巡らされた無数のバリケードと相性のいい兵器である。
「そうか地雷に、ガトリング砲か。ハルトがそこまで準備していたとは……意表を突いて罠にハメたつもりが、余のほうが泥沼の攻防戦に引きずり込まれたか」
ハルトに王都攻略への道を開かせること。
王都のクーデター事件の時に、『パラティヌス』、『アウェンティヌス』の二つの要塞を潰させて、自らの征路を敵の手によって開かせるまでは良かった。
だが、そのためにこちらの攻撃がどこから来るのか読まれてしまったのだ。
だからスケイルの突入作戦は失敗したのだろう。
「ここに来てまだ奥の手があったわけですな。一体どこまで読み切っているのか、軍師ハルト殿の神算鬼謀、恐るべしという他ありません」
「フフッ、面白い。それでこそ、余と雌雄を決する相手にふさわしいというものだ」
王都攻略が失敗したというのに、むしろ嬉しそうにヴィクトルは笑う。
「皇帝陛下。スケイル将軍の副官スネアーの報告によりますと、現場の判断で帝国義勇軍を指揮する騎士オニールに王都攻めの指揮権を移譲したそうです」
「そうか、騎士オニールは一万もの義勇兵を取りまとめてくれた有能な将だ。それで良い」
騎士オニールも有能だが、自らの将器の小ささを悟って客将の騎士オニールに任せたスネアーの判断も簡単にできることではない。
もしかしたらスネアーとオニールは、スケイルの穴を埋めてくれる人材かもしれない。
そう思いながら、若き皇帝はヴェルナーの報告に頷いて、言葉少なく追認する。
「ですが、抵抗激しい王都を攻める軍は街中のどこに地雷が埋まっているかわからず、攻略は徐々にしか進んでおりません。ハルト軍団はすでに目の前、彼らが我らの陣に到達するまでに王都を落とすことは難しいと思われます」
「やはり、勝負は余とハルトによる大戦で決するということか。では、強行偵察によるハルトの軍の陣営を報告せよ」
「そのことなのですが、王国軍は部隊を分けて、ノルト大要塞への攻略に向かわせました」
「なんだと、この期に及んで兵を割いただと?」
王国軍は帝国軍に比べて寡兵である。
そこをさらに減らすとは、先を見通すヴィクトルにとっても意外であった。
「強行偵察部隊は、近づく度に砲撃によって壊滅させられたため推定なのですが、迫りくる王国軍は、四万ほどだそうです。ノルト大要塞へと向かった王国軍は、騎兵を中心に七千ほどかと。そちらは王国のクレイ准将が指揮官となったそうです」
「そうか、『白銀の稲妻』だったな」
クレイ准将は、古くから帝国軍を苦しめている有名な男である。
王国北方軍が崩れないのは、ひとえに『白銀の稲妻』がいるからだと言われていた。
「また、後背に残してきたハルト殿のアリキア辺境伯領にも軍の動きありとの報告もあります」
「ヴェルナー。ノルト大要塞は誰に任せていたか?」
「ショーパン准将が、一万の兵を以って守っておりますが」
ショーパンは、実直ではあるが大して見どころのない軍団長上がりの将だ。
「ノルトラインは、落ちたな」
「い、いえ。しかし、王国側に向いている二枚の大防壁は未だ健在で、防衛施設なども残っており……」
「ハルトがわざわざこの状態で兵を分けたのだぞ。ノルト大要塞を落とすための必勝の策を授けたと見ていい」
「陛下の仰るとおり、この状態で希望的観測は避けるべきですな」
渋面のヴェルナーは、覚悟を決めて頷いた。
皇帝ヴィクトルは、地図を見つめながらつぶやく。
「つまりこの大戦で負ければ、我々も袋の鼠となって終わりなわけだ。まさに、大陸の覇権を賭けた天下分け目の一戦となる、いよいよ面白くなってきたではないか」
不敵な笑みを浮かべて、ヴィクトル皇帝は笑う。
「それでは我々も必勝の構えで迎え……」
「我に策がございます!」
ヴェルナーが言い終わる前に、進み出た猛将ドルガンにヴィクトルは顔を向けた。
「ドルガン申してみよ」
「ハッ、我がドルガン軍団五万によって強襲を仕掛けます!」
「それで?」
「敵はたかだか四万の小勢、見事敵の姫将軍ルクレティアと軍師ハルトの首を陛下に献上してご覧に入れます!」
「ドルガン」
呆れた様子のヴィクトルに、何故か得意満面のドルガン。
「ハッ!」
「それは策とは言わん」
「そうですか?」と硬そうなバリバリの髪を掻いてみせるドルガンに苦笑するヴィクトルだが、こいつはこれでいいのだとも思う。
『大熊』の猛将などと言われているだけあって、ドルガンは単純明快な作戦しかこなせない。
だが、そのわかりやすさが兵には人気で、ドルガン軍団は士気も高く帝国随一の突破力を誇る。
ただの力攻めを策と申したところなど、バカを通り越して可愛げすらある。
よく、今は亡きスケイル将軍に無策ぶりをからかわれていたなと思い出すと、ヴィクトルは寂しい笑いを浮かべる。
その代わりにというわけでもないだろうが、帝国六将軍の一人、『
「ドルガン殿の作戦、意外に悪くはありません。勇猛果敢な帝国軍の兵は、やはりこちらから攻めることを得意とします」
「ほう! 『梟』は、わかっているではないか!」
策にもなっていない作戦をディーターに褒められて、ドルガンはニコリと満面の笑みを浮かべる。
「ですが、猪突猛進しか知らぬ『大熊』だけでは、ハルト軍団には勝てずに敗走するでしょう」
「なんだと!」
途端に顔を真っ赤にして怒るドルガン。
頭から湯気まで出ている。
持ってる大斧で、ディーターをいますぐぶち殺しそうな勢いだ。
「話は最後まで聞きなさい。攻めるという作戦自体はいいと言っているのですよ。私のディーター軍団五万で、ドルガン軍団をバックアップしましょう。私に秘策があります」
「おお、共同戦線を張るというのか!」
灰色の髪とこの世界では珍しい銀縁のメガネから『梟』と呼ばれる謀将ディーターは、帝国きっての策謀家である。
ドルガンが敗走するというのは、おそらく確定的な予想なのだろう。
謀将ディーターが、ドルガンが望むような共同戦線を張るわけもない。
無様に負けるドルガン軍団を利用して策謀を張り巡らせ、自分が美味しいところをいただこうというところか。
その秘した策を皇帝や将軍のみが列席しているこの作戦会議の場でも言わないのが、ディーターが謀将と言われる所以だ。
大将軍の地位を餌に、諸将に戦果を競わせる皇帝の政策は功を奏していると言えるが、こういう全軍の連携が必要な時には困ったことにもなってしまう。
勝手なことばかり言う諸将を見るに見かねて、会議の進行役を務めるヴェルナーが声を上げた。
「ドルガンばかりでなく、知恵者のディーターまでそんなことを言うのですか。ここでいたずらに軍を分けてどうするのです。軍師ハルトに各個撃破されるのが落ちではないですか」
「ほう、それではヴェルナー将軍はどう思われます?」
自分の秘策が否定されて不機嫌になったディーターが、特徴的な銀縁メガネを光らせて言う。
「私は、王都を攻めている軍勢を除いての全軍で、ハルト殿を迎え撃つべきだと考えます」
「それでは、皇帝陛下を危険にさらしてしまいます!」
声高にディーターが反論する。
「ヴェルナー将軍。説明しなければわかってもらえませんか。私やドルガンは、何も自分が手柄を立てたいためだけに攻勢を主張しているわけではないのですよ」
「えっ、そうなの」という顔でディーターを横目で見るドルガン。
こいつは自分の手柄のことしか考えていないと、みんなが盛大に溜息をつく。
「それはわかってますよ」
「いいえ、ヴェルナー将軍はわかってはおられない。我々本軍を無視して王都の救援は不可能です。そう考えれば、軍師ハルトの目的は陛下のお命に違いない。我々が国王ラウールの首を取って
謀将ディーターは陰険な策士だが、皇帝の忠臣であることに違いはないのだ。
自分たちが前に出て戦うというのは若きヴィクトル陛下を守りたいということ。
そして、その懸念もヴェルナーはわかって言っている。
にらみ合う二人に、これまでずっと押し黙っていた『帝国の盾』ガードナー将軍が、重い口を開いた。
「……私も、総軍での防戦に賛成だ。帝国軍の全力を結集しなければ、軍師ハルトには勝てん」
「ガードナー将軍もですか! 陛下を危険に晒すことになるかもしれないのですよ!」
余談だがガードナー将軍は二十六歳であり、十四歳の皇帝陛下を除けば一番若い将軍なのだが、陛下より賜りしアダマンタイトの大鎧に身を包んだその巨漢は一番の年長者に見えてしまう。
六将軍に序列はないのだが、陛下の右腕である『帝国の剣』シュタイナー将軍に次いで、『帝国の盾』ガードナー将軍の発言が重みを持つということはあった。
ともかくこれで、攻勢と防戦は二対二。
四人の将軍の目が、まだ幼いと言っていいほどの年若い皇帝へと向けられる。
「余は、ここで本軍十六万を以てハルトを迎え撃つことを選ぶ」
「陛下!」
なおも抗弁する謀将ディーターを皇帝ヴィクトルは睨みつける。
「各個撃破される方がよほど危険というもの。ディーターよ、余を心配してくれるのは嬉しいが、余の軍はそれほど弱いか?」
「いえ、女神ミリスに愛されし陛下こそ、歴代最強の皇帝です。帝国軍がこれほどまでに強大となったことは、歴史上一度もございません!」
皇帝ヴィクトルがいなければ、総勢二十万の軍勢もなく、ここに並び立つ諸将は一人もその才覚を発揮することもなくその生涯を虚しく終えたであろう。
帝国のために尽くしたにもかかわらず、その才故に疎まれて愚かな貴族たちに吊るし上げられて殺されそうになったディーター自身も、ヴィクトルに救われた一人である。
「ならば万全を期し堂々と迎え撃つまでだ。それに余は、これ以上大事な家臣を失いたくはない」
それは、ディーターのことを心配しての言葉でもあった。
策謀に自信がある謀将ディーターは、天才軍師と謳われたハルトの軍と知恵比べがしてみたいと願っていた。
自分が負けない自信もあった。
だが、唯一の主と敬愛する陛下にそう言われれば平伏するしかない。
「ハハッ、出過ぎたことを申しました!」
「よい。よくぞこの日まで余に仕えてくれた。卑劣な門閥貴族どもはよく騙し討ちを仕掛けてきたから、ディーターの謀才に助けられたこともよくあった。ドルガンは敵を打ち砕く力で、ガードナーは堅固な守りで、ヴェルナーは主命に逆らっても君を利すほどの忠義で、ここまでの道を開いてくれた」
単純なドルガンなどは褒められて嬉しそうな顔をしていたが、ディーターはあれほど強気であられた陛下がどうしたことか少し不安に思う。
スネイル将軍が死んだことで、陛下は少し感傷的になられているのか。
陛下に勇気を取り戻させるように、ディーターは言う。
「ヴィクトル陛下、これからです! これから陛下は軍師ハルトの軍を下し、世界の覇者となられるのですから!」
「そうだったな」
常に実直なヴェルナーが口を開く。
「陛下。それでは、包囲戦の差配はいかが致しましょうか」
ヴェルナーの顔を見て、ヴィクトルはくすりと笑う。
「お前がそう言う時は、すでに作戦が出来ておるのであろう。言ってみよ」
「ハッ! これだけの戦力差があればやはり鶴翼の陣で包囲するべきかと。左翼にドルガン軍団、右翼にディーター軍団、そして中央にガードナー軍団を配置して敵を包囲します。その際に、全体指揮は『帝国の盾』たるガードナー将軍にやっていただきます」
「私が主将か」
「はい、敵を堂々と待ち受けるはガードナー将軍が最も得意とする作戦かと。今回は後背のこの丘にヴィクトル陛下を守る形となります。陛下を守る戦いであれば、ガードナー将軍は絶対負けないでしょう」
「それはわかった。で、ヴェルナー将軍。貴公は何をされる」
「ドルガン軍団、ディーター軍団、ガードナー軍団から最精鋭の兵団を一万ずつ私にお預け願いたい」
そのヴェルナーの言葉に、びっくりするドルガンとディーターが慌てる。
「なっ!」
「敵とぶつかるのに最精鋭の兵団を取られるのですか!」
慌てる二人に、ガードナーが落ち着いた声で言う。
「待て二人とも、ヴェルナーの策を聞こうではないか」
ヴェルナーは、それにうなずくと落ち着いて言葉を続ける。
「帝国が誇る三将軍による鉄壁の包囲陣でも、あの天才軍師ハルトは必ずや包囲の穴を作り出し、最精鋭の部隊を突入させることでしょう」
ヴェルナーの献策を聞いて、皇帝ヴィクトルはうなずく。
「なるほど、二段構えか。ハルト軍団が策を用いて囲みを突破して来ても、その部隊はさらに少数となる。ヴェルナー殿が指揮する最精鋭の後詰め三万を最後の備えにしようというのだな」
「帝国軍の本領が攻めにあるというディーター殿の言うことも間違いではありません。獲物を狙おうと動いた瞬間こそ、もっとも隙が生まれるもの。軍師ハルトが囲みを突破し皇帝陛下を狙って動いた瞬間に、攻勢で勝負を決めます」
「面白い策だ。じっくりと敵を迎え撃って、飛び込んできたところを一気に叩くか。ならば、余自らもヴェルナーとともに攻めるか」
「いえ、陛下はこの丘でじっくりと構えていてください。こう言ってはなんですが、陛下には囮になってもらわなければなりませんから」
その言葉に、ドルガンとディーターが激高する。
「陛下を囮にするというのか!」
「あまりにも言葉が過ぎよう!」
さっと皇帝ヴィクトルが手を上げた。
「よい。そうか、ヴェルナーの申すことがわかったぞ。王国側が国王自らを囮として罠に嵌めたのと一緒だな。余がここにいてこそ、敵の動きが予想しやすいと言うもの」
「その通りです」
我が意を得たりと、ヴェルナーは深く平伏した。
「それならば、ヴェルナー指揮下の近衛兵一万も連れて四万とせよ。念には念を入れてな」
「陛下、それはさすがに守りが手薄になりすぎるかと!」
面白そうに皇帝ヴィクトルは言う。
「なんだヴェルナー、自分の作戦に自信がないのか?」
「そんなことはございませんが……」
ヴェルナー指揮下の近衛軍まで出してしまえば、陛下の身辺を守るのが少数の儀仗兵だけとなってしまう。
そこに、空で偵察していた帝宮魔術師団長アシュリーが数人の部下を引き連れて降りてきた。
「陛下。王国軍は王都手前の村を二つ占拠して突入のための陣形を組みつつあります」
ハルトの軍は、すでに空から見える位置にまで近づいているのだ。
「そうか。すぐに目視でも見えることだろう。空からの偵察はもう必要ない。アシュリー、余の護衛はお前たちに任せるぞ」
「はい、私達五百名の帝宮魔術師団が必ずや陛下をお守りいたします。誰が来てもです!」
「しかし、アシュリー殿……」
何か言おうとするヴェルナーを、アシュリーは静かな瞳で見つめると「陛下の好きにさせてあげて」とつぶやいた。
ここで何か自分も献策しなければと、謀将ディーターが慌てて言った。
「それでは陛下! 影武者を使ってはいかがでしょう。陛下の陣屋が複数あるように見せかければ、敵を混乱させることもできましょう」
「ディーターよ。ハルトを舐めるな。軍の配置から、余がどこにおるかぐらい見抜いてくる」
皇帝と影武者では、やはり配置に違いが出てしまう。
相手が一瞬で見抜いてくるなら、いたずらに兵を割くだけの結果に終わってしまう。
「しかし、私は反対です。陛下を囮と敵を引きつける作戦というのは、あまりにも……」
「そう思うならば、そなたら三将軍が最初の囲みで倒せばいいではないか。あくまでも、二段構えの作戦だからな」
そう言われれば、ディーターも頭を下げざるを得ない。
「では陛下、せめて砲兵隊をこの私めに任せてはいただけませんか」
「そう言えばディーターは、大砲の使い方を熱心に学んでおったな」
「はい、もともと遠距離攻撃が得意ですので」
「良いだろう。残りの三百九十の大砲。存分に使ってみせよ」
こうまで言われれば、ディーターもこれ以上は抗弁できない。
自分が全力を持って押し留めればいいだけなのだ。
「ハハッ!」
「ラウール王とて、陣頭に立って軍を鼓舞したと聞く。余が堂々と姿を見せてこそ、兵の士気もあがろうというもの。歴史書に、余を卑怯者と書かせるわけにはいくまい。これにて作戦会議は終わりだ」
そう言ってヴィクトルが椅子から立ち上がると、アシュリーが貝紫色のマントを取って恭しく肩にかける。
ヴェルナーが静かに尋ねる。
「陛下、何か作戦に付け加えることはございますか」
「何もない。ただ惜しむらくは、諸将の集まるこの場所に『帝国の剣』が揃わぬことよな」
「シュタイナーは間に合うでしょうか」
ヴィクトルは必ずシュタイナーは来ると言うので、貴重な軍馬を割いて中継地点に換え馬として残してある。
しかし、いかに『帝国の剣』シュタイナーが騎兵戦術の天才であってもヴェルナーは現実的に難しいのではないかと思っている。
しかもハルトは、ノルト大要塞の再攻略に兵を割いた。
それは帝国からの援軍に警戒してのことに違いないと思えてならないのだ。
「決戦に必ず来ると言ったのだから、万難を排して間に合わせよう。あの男が、余との約束を違えたことは一度もない」
皇帝ヴィクトルが信じるというのであれば、忠臣であるヴェルナーもまたそれを信じるまでだ。
「では、それも含めて三段構えの作戦ということになります」
もうこれ以上できることはない。
ここまで準備すれば、いかに軍師ハルトといえども帝国軍の前に屈服するであろう。
「賽は投げられた。この戦いこそが世界の覇権を決する最後の戦いとなる! 各軍団配置に付き、奮励努力せよ!」
皇帝ヴィクトルの檄に諸将は深々と頭を下げると、思い思いの覚悟を胸に急ぎ自らが指揮する各軍団へと散った。
のちに大陸統一を決定づけた『獅子の丘』の決戦と呼ばれる、皇帝ヴィクトルと軍師ハルト、二人の天才同士の最後の戦いが幕を開ける。
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