第94話「決戦への道」

 レンゲル兵長の「撃て」の声をともに、高らかな砲声が響く。

 まさに強烈無比、ハルト軍団の前面に連なる最先端のカノン砲は、帝国軍の強行偵察部隊をまたたく間に全滅させる。


「砲身の清掃急げよ!」


 砲兵隊を指揮しているレンゲル兵長に、ハルトがやってきて声をかける。


「兵長、次弾装填はいりませんよ。それより移動を急いでください」

「軍師様。敵の目的は足止めですかねえ」


「いや、主目的はやはり偵察でしょう。出てくる度に潰してますが、着実にこちらの全容を探られている気もします。砲兵の足止めも当然考えてのことでしょうけどね」

「こうも小部隊を何度も繰り返されてはイライラしますな。いっそ大軍で攻めて来てくれたらいいんですがね」


 そうすれば砲撃で撃破してやるのにとレンゲル兵長がうそぶくほど、ハルト麾下の砲兵隊はここまで圧倒的な働きをしている。

 たとえ砲兵同士の撃ち合いになったとしても、撃ち負けることはないだろう。


「ここで部隊を分けて各個撃破させてくれるほど、ヴィクトル皇帝が直接率いる帝国軍は甘くないでしょう」


 帝国軍は、少数の騎兵による強行偵察だけを送り続けてきている。

 ハルト軍団は、ただでさえ兵数には余力がない。


 犠牲を出さないために遠距離砲撃で叩き続けているのだが、その度に配置に地味に時間がかかってロスになっている。

 やはりあの天才少年は甘くない、こちらの嫌がることをチクチクとやり続けてくれる。


 副官のエリーゼが、ハルトの元に報告に来る。


「ハルト様! ここの領主も騎士隊の援軍を出すそうです」

「そうですか。悪い話ばかりでもありませんね。今は少数の援軍でもありがたい。エリーゼ、援軍に使える馬車がないか聞いて来てください」


「馬車ですか。かしこまりました」


 帝国軍が、帝国側についた領邦軍を吸収して王都に快進撃を続けるさなか、ハルトの軍の方にも続々と援軍が集まっていた。

 以前にも味方してくれた、姫将軍ルクレティアの母方の実家であるアルミリオン伯爵家から精強なる騎士が二千騎。


 他にも国王派として王都の救援にも行かず。

 裏切ろうとしたフンデル公爵たちの王国貴族派にも属さず、態度を決めかねて日和見を決め込んでいた中途半端な貴族や騎士たちが、あまりにも苛烈な帝国軍の処置を伝え聞いて、一斉にハルトの軍に馳せ参じてきた。


 帝国は敵対した貴族や騎士には残酷と聞く。

 もしこのまま領地が帝国に飲み込まれれば、自分たちも斬首されるかもしれないから彼らも必死である。


 いや必死なのは自分もだなと思い、ハルトは軍服の襟元を緩めてつぶやく。


「若き皇帝ヴィクトルは容赦なき覇道を歩むか。それにしても、あの子も思い切ったことをやるね」


 援軍を編入する作業をしている副官のエリーゼは、明るい笑顔を見せて言う。


「ですが、そのおかげでこちらには貴重な援軍が得られました!」

「エリーゼ。援軍の騎兵は兵装の違いすぎる部隊ですから、クレイ准将の指揮下の方に回すようにしてください」


「はい、かしこまりました!」


 ハルトは貴族の援軍をクレイ准将率いるノルト大要塞攻略軍に加えることにした。

 クレイ准将がやってきて口を挟む。


「ハルト殿、これだけの援軍があるならお分けいただいた一万の兵はやはりお返しすることにしましょう。多数の騎兵に少数の砲兵隊があれば、ハルト殿の作戦を遂行するには足るでしょうから」

「兵が増えるのは助かりますが、本当に大丈夫ですか?」


 大丈夫だと胸を叩いて、クレイ准将は微笑む。


「自分で言うのもおこがましいですが、私もかつては『白銀の稲妻』と呼ばれた男ですよ。王国貴族の援軍は、幸いなことに騎兵が主体です。騎兵の扱いには一日の長があります」

「なるほど、もしかしたらドルトムたちも呼応して動いてくれるかもしれませんから……ですが、念のためにこれを渡しておきます」


 ハルトが、クレイ准将に防刃チョッキを渡す。


「これは、服に仕込んである黒い木片は鉄杉ですか。いや、それにしても硬いような」

「鉄杉であってますよ。自分でも詳しく調べてみたんですが、鉄杉は普通の木と同じように、成長の過程で小さな隙間が空いています。ドルトムに頼んでプレス機で圧縮してもらったら、更に硬さを増すことができました」


「鉄杉にそんな加工の仕方があったとは! いやはや、毎度のことながらハルト殿には驚かされますな」

「木片を仕込んだ角度にも少し工夫をしましたからね、それならば鉛の玉も鋼の刃も確実に弾くことができるでしょう」


 手渡されたチョッキの丈夫さを確かめるために、クレイ准将は腰から剣を引き抜いて軽く当ててみた。

 クレイ准将の剣も、『白銀』の異名を持つ魔法金属ミスリルでできた業物なのだが、まるで歯が立たない。


 これほど軽いのにミスリルと同等以上の硬さを持つとは、まるで伝説に語られるミスリルの鎖帷子のような感じすら受ける。

 着心地も、とてもよかった。


「この丈夫さなのに、まるで普通の服を身に付けているようですな」

「あの『帝国の剣』の一撃は、鉛玉以上かもしれないですが。鎧の下に着て、さらに防御力を上げるなんてこともできますよ。こちらも精一杯で、防御用の魔術師の支援を回せないですから、これでなんとか生き延びてください」


 クレイ准将には、いまだに帝国領をぐるっと迂回して『帝国の剣』シュタイナー将軍が来るなどと言われても信じられないのだが。

 全てを読み切っているハルトがそこまで言うのならば、やはりそうなるのだろうなと覚悟を決める。


「たとえあの『帝国の剣』が相手でも、必ずや喰い止めてみせましょう」

「いや、無理させるために渡したわけではありません。クレイ准将を生き残らせるためですよ、何より戦後のことを考えてくださいよ」


「戦後ですと?」


 全てを賭けた世紀の大戦を前に、妙なことを言われてキョトンとするクレイ准将。


「ルクレティア姫様に天下を取らせるんでしょう。准将がしっかりと姫様を補佐してくれないと、私の仕事が増えてしまって困りますよ」


 ハルトはちゃんと勝つ気でいる。

 そうして、戦後もクレイ准将にしっかりと働けと言っているのだ。


 それはこの若者の優しさでもあろうが、ルクレティアを担ぎ上げた責任を取れと本気で言っているのもわかるので思わず腹を抱えて爆笑してしまう。


「フハハハハッ! これは手厳しい! ハルト殿は、まだこの老骨をこき使うおつもりか」


 笑いすぎて、クレイ准将の目に涙が滲んだ。


「何を言ってるんです。最初に姫様を担ぎ上げたのはクレイ准将じゃないですか。私なんてそれに巻き込まれただけですよ、責任はしっかり取ってもらいますからね」


 自分も年老いて先がない。

 だからこそ、ルクレティアの騎士として死ぬ覚悟はできていたクレイだ。


 先のことを考えてハルトの副官であるエリーゼに諜報機関の使い方なども教えこんで置いたつもりなのだが、まだまだ働けと言われるとは思わなかった。

 そう言われれば、担ぎ上げてきたルクレティアが女王となる姿を見てみたいという欲もでてくる。


 そして、このどこまでも器の大きい若者がどんな世の中を作ってくれるのか。

 そのずっと先を見てみたいと、そう思ってしまう。


「まったく、ハルト殿はどこまでも部下を楽にさせてくれませんな。では、死なない程度に一働きして来ましょう!」


 ハルトにもらった鉄杉のチョッキを身に着け、クレイ准将は少数の砲兵隊と王国騎士の騎兵を率いてノルト大要塞の再奪還へと向かうのだった。

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