第二章「ノルト大要塞陥落」

第89話「帝国本軍の襲来」

 朝も早くから、ルクレティアの住む領主の館に傲慢そうな金髪の貴族が入ってくる。

 このノルト大要塞に援軍としてやってきた、金毛騎士団団長フッサー・フンデルだ。


 フッサーは、着任してからというもの足繁く領主の館に何度も通ってくるので、ルクレティアとしてはうるさくて仕方がない。


「今朝は、バラの花をお持ちしました。まだ艷やかな朝づゆが残る、まるで姫様のように美しき赤です。高貴なる殿下の麗しきかんばせには負けますが、この花も……」

「朝からぺちゃくちゃ、うっさいわね!」


「なんとおおせか」


 こちらは下手に出て花を持ってきたというのに、いきなりな挨拶にフッサーは頬をヒクヒクと引きつらせる。

 フンデル公爵家公子であるフッサーは、女に罵倒される経験などなかった。


 しかし、ここで簡単に怒りを発するほど、フッサーは安い貴族ではない。

 姫将軍ルクレティアを落とせば、この王国が手に入るのだ。


 そうだ自分は次期公爵なのだ。

 高貴なる王家の血も薄いながら入っている。王になるに相応しい男だ。


 じゃじゃ馬姫一人ぐらい御せなくてどうするか。

 そんなことを考えながら、自慢のフサフサの金髪をクシで撫でつかせてなんとか落ち着く。


「花に罪はないからもらってあげるわ」

「それは嬉しいですな」


「でも花摘みなんかしてる暇があるなら、あんたの配下のなんとか騎士団の訓練でもしてなさいよ!」

「殿下、我々はルティアーナ王国の誇りある貴族のみで結成された栄光ある金毛騎士団です」


「いちいちセリフが長いのよ! 名前なんてどうでもいいわよ。この要塞の構造とかちゃんとわかってんの?」

「そんなことは下々の考えることでしょう。我々貴族がする仕事ではありません」


「論外な答えね。帝国軍が今にも攻めてきたらどうするのよ」


 ルクレティアは、役に立たない無能貴族が大嫌いなのだ。

 ほんとにろくでもない部下である。


 これがハルトならば、何もやってないように見えて、尋ねればあらゆることに対して備えていた。


「王国南方に攻め寄せた総数は八万という話でありましょう。それほどの兵を動かして、この難攻不落のノルト大要塞に攻めてくるような兵力は帝国にはありますまい」


 それが、フッサーが余裕をぶっこいている理由でもあった。


「ハルトなら、たとえ可能性が低くても備えは忘れないわよ。ちゃんと考えて、そのための準備を残しておいたんだから」


 そういうルクレティアも、その具体策はクレイ准将しか知らなかったりするのだが、それはそれこれはこれである。


「平民上がりの軍師などと一緒にされては困りますな。まさかとは思いますが、殿下はあのような男に懸想けそうなどしておりますまいな」

「あんたには関係ないでしょ。いちいちうっさいわね、絞め殺すわよ」


 ルクレティアは、フッサーの父親であるフンデル公爵を王宮で見たことがあるのだが、こいつにそっくりの口だけ達者なムカつくやつだった。

 これから自分が女王になるのに、こういう家臣もいると思うとうんざりして、ほんとに全員潰したくなる。


 まあ、そう言ってもこの場で斬り殺すほどルクレティアも理不尽ではないのだが、帝国軍との戦争の邪魔にならないうちにどっかに消えて欲しいくらいには思っている。

 そこにクレイ准将がやってきた。


「姫様、帝国軍が攻めてくるようです。敵の強行偵察らしき部隊が見えました」


 クレイ准将の報告に、フッサーが口を挟む。


「なんとそれはまことか。誤報ではないのか?」


 なんでお前が答えるのよと、ジト目で見ながらルクレティアは言う。


「ほれみなさい。それで、敵の数は!」

「それが、物見の報告では全体の数がすぐに分からぬほど多いのです。おそらく今回の侵攻軍は、二十万は超えているかと」


「二十万。ハハハ、ふざけたことを申すな。帝国のどこにそんな数の兵がいる。二万の間違いであろう」


 すでに帝国軍は八万の兵力を王国南方に繰り出しているのだ。

 戦史をひもとくまでもなく、そのような数を揃えられた国などはない。


「フッサーいちいちうるさい! それで要塞の防衛の状況はどうなってるの?」

「今は、ハルト殿が残していってくれた技術士官のドワーフたちの指導で、大砲やガトリング砲を使っての防衛にあたっております」


「すぐに私も行くわ!」


 ノルト大要塞の一番高い塔に上がって帝国側の様子を見る。

 慌てて追いかけていったフッサーは、敵の様子を見て自分の目を疑った。


「こんな、こんなバカなことがあるか!」


 帝国領からこのノルト大要塞に向けて、どこまでもどこまでも続く、雲霞のごとき大軍勢。

 二十万以上という報告も、控えめではないかと思えるほどだった。

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