第85話「カノン攻略戦」
エリーゼが率いる装甲騎兵連隊が、シーンと静まり返ったカノンの街へと入る。
明らかに罠を張っていると思われるので、慎重に進む。
「エリーゼ様、やはり建物の中に住民が閉じこめられているようです」
「偵察の情報通りですね。ともかく、今はハルト様の作戦どおりに進みましょう」
街の奥までやってくると、なんとエリーゼたちの前に巨大な戦車が現れた。
戦車といっても現代型の装甲戦闘車両ではなく、戦闘用の馬車であるが、高く作られた荷台の上にはガトリング砲が装備されている。
「まんまと罠にハマったなハルトの軍団め! これでも食らうがいい!」
自らガトリング砲を構えたリュディガー将軍が、ガトリング砲を発射する。
ダダダダダダダダダダダダダッ!
連射式のガトリング砲が、軽快に火を噴いた。
もちろん、エリーゼたちはガトリング砲を知っているので密集陣形を取ったりはしない。
全面に出た装甲騎兵たちは、騎兵だけではなく馬にまでびっしりと鉄杉装甲を張り巡らせているため犠牲は少ない。
一斉掃射を受けた装甲騎兵たちは、すぐさま散開して
「敵騎兵、退却です!」
「ウハハハッ、無様に逃げていきよるわ! 追撃せよ!」
勝ち誇って追撃を命じるリュディガー将軍に、幕僚が声をあげる。
「リュディガー閣下。シュタイナー将軍の命令では、追撃するなと」
「街の中に入った敵を叩くだけだ。街から出なければいいだろうが、さっさと進め!」
リュディガーの命令で、馬車は装甲騎兵を追いかける。
ガトリング砲の発射は、使用者に独特の高揚感をもたらす。
トリガーハッピー状態のリュディガーではあるが、それでも危険な街の外に誘い出されてしまうほど愚かではない。
しかし、敵の砲撃がなくガトリング砲で一方的に攻撃できるとなれば、少しは追撃して戦果も取りたくなる。
「しかし閣下、あまり前に出ない方がよろしいかと。ヴィクトル陛下より賜ったガトリング砲を万一にも失ったら」
「うるさいな。ガトリング砲をいただいたからこそ、それ相応の働きをしなければ陛下に面目がたたんというものだ。敵が裏道に逃げたぞ、速く兵を回り込ませよ!」
できればハルトを倒したいが、そこまでいかなくとも敵の将の一人ぐらいはここで倒しておきたい。
ガトリング砲という凄まじい威力のある武器をもらったのだから、リュディガーはそれを使いたくてしょうがなかった。
「これは、もしや敵に誘い込まれているのでは」
「バカを言うな。街の中にいれば住民に当たるのを恐れて、そうそう火砲は撃てんはずだ」
リュディガーとて、生え抜きの帝国軍で将軍まで出世した男だ。
これまでの行動を入念に調べて、民に巻き添えが出るような状況では、大きな爆発の起こる火砲を使えない甘さがあると察知していた。
なにせハルトの君主であるルクレティアは、帝国軍に略奪される村を助けようとして自軍に犠牲を出すほど慈悲深いと聞いている。
騎士は領民を守らねばならない。
それは建前としてはそうであろうが、冷酷な合理主義者であるリュディガーから言わせれば、それで軍に不要な犠牲を出しているのは単なるバカだ。
「あの天才軍師はカノンの英雄と言われていたようだが、それも今日までだ。今日この日より、この私こそがカノンの英雄と呼ばれるようになるだろう」
追い詰められていく敵の騎兵隊を眺めながら、そうつぶやくリュディガーは勝利に酔っていた。
かつては『幻の魔術師』と帝国に呼ばれたハルトも、その魔術のタネが銃や大砲と呼ばれる火薬を使った兵器だとわかってしまえば倒せない敵ではない。
そのハルトが作ったという最新鋭の武器、ガトリング砲を手に入れた自分は、もはやあの天才軍師とも対等。
いや、こうして敵の火砲を戦術により封じて見せたのだから、それを超える天才と言ってもいいはずだ。
敵より奪ったガトリング砲を下賜して、ハルトの軍を打倒せよと命じた聡明なる皇帝陛下は、リュディガーの高い才能を買ってくださっているのだ。
このカノンの勝利の功は、軍師ハルトを押さえきったリュディガーにあるときっとお認めくださるだろう。
今は自分より上のシュタイナーさえも、やがては越えて大将軍に任じられる。
逃げ回る敵の装甲騎兵連隊を追い回しながら、そんな栄光の日を夢見るリュディガーの目は、勝利の確信に曇っていた。
だから、自分たちの軍が巧みな誘導で、街の広場におびき出されたと気が付かなかった。
そうして十分に敵を引きつけて広場を駆け抜けたエリーゼが、信号弾を打ち上げた後。
ドオン、ドオンと重たい響きがこだましたと思うと、地面が激しく揺れた。
リュディガーも、よろめいてガトリング砲を持つ手を離して倒れ込んでしまう。
「な、何事だ!」
「リュディガー閣下、大変です。後続の軍が、敵の火砲に撃たれました。いや、前もです! うわ!」
リュディガーたちが入ってきた広場の入り口にあたるところで、まず大きな爆発が起きた。
ゴオオと火柱が立ち上がり、地獄の炎の中に帝国軍が飲み込まれてしまう。
もうもうたる煙が立ち込める中、帝国軍は必死に態勢を整え直そうとするが、爆発は次々に起こる。
これは敵の砲撃だ。
広場におびき出されてしまった帝国軍兵士たちは激しい炎と爆風から逃げ惑うが、広場の出口辺りでも爆発。中央に逃げても爆発だ。
一方的に攻撃される状況に、完全な混乱となった。
大砲による砲撃に囲まれて、どっちに逃げればいいかすらわからない。
悲鳴と怒号のなかで、次々に兵力が削られていく。
「バカな! 敵が攻撃できるはずがない。敵の軍師は、火砲で住人が巻き込まれて死んでもいいというのか!」
「そんなことを言ってる場合ではありません、すでに攻撃されているんですよ!」
「しかし、敵の姿が見えん! 敵はどこから撃っているのだ!?」
大砲という兵器があることは、リュディガーもすでに知っている。
しかし、敵の姿すら見えないというのに、大砲の弾は帝国軍だけに的確に当たっている。
どこから狙って撃ってきているのか。
リュディガーは眼をキョロキョロとさせるが、敵らしき陰はどこにも見えない。
高性能の長距離砲は、入念な弾道計算によって遠く見えない場所すらも正確に狙撃することができる。
帝国軍が作った大砲はまだ旧式であり、運用も未熟であったため、リュディガーは不幸なことにその事実を知らなかった。
だから、見えない場所から攻撃されていることがリュディガーにはどうしても理解できない。
天才軍師ハルトの魔法のタネは、すでに見切ったと確信していたのに。
これでは、まさに『幻の魔術師』の異名通りではないかと、リュディガーがつぶやいたその時。
「閣下、敵の攻撃は上からです!」
ヒューと炸裂弾が飛来する音に、顔を上にあげたのがリュディガーの最期となった。
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