第82話「閲兵式と演習」
旧亜人属領。
今は虐げられていたエルフたちも解放されて、アリキア辺境伯領と呼ばれている。
いつもはノルト大要塞で引きこもって本ばかり読んでいるハルトだが、未開地であったアリキアの発展ぶりに目を見張る。
資源開発のために大きな道路が舗装され、平原には領主の館を中心に街ができており、広大な練兵場や立派な兵学校までもが建っている。
王国の各地より、英雄ハルトの軍勢に加わろうと集まってきた兵の数は一万二千。
その出自も様々で、各地の農民や市民もいれば、ハルトのところに来れば稼げると思った傭兵たちもいる。
他には元よりこの地に住んでいたエルフの魔術師や、獣人の兵士、ドワーフの技術士官の数も多い。
ハルトの軍団は、まるで様々な人種のごった煮のようなものだが、それだけにこれまでの因習にとらわれず新しい時代の戦術に適応できているとも言える。
騎兵、歩兵、砲兵、近代的軍隊に必要ないわゆる三兵に加えて、陣地の造営を行う工兵とハルトが特に重視する補給任務を行う
ハルト大隊を形成していた三千人が、今は将校として新兵を指導しているので、居並ぶ兵士たちは一応形にはなっている。
ハルトに付いてきたルクレティアも、質実剛健なハルト軍団の閲兵式を誇らしげに見ていたのだが、突然あらぬ方向を指指して騒ぎ出した。
「ハルト! あれは何の化物なの、煙吐いてるわよ!」
ルクレティアが驚いて目を見張った、煙突から煙をモクモクと上げてこっちに近づいてくるそれは……。
「おおい、なんで蒸気機関車が走ってるんだ!」
「おーう。どうじゃ、立派なもんじゃろ」
ドワーフの鍛冶屋であり、今やアリキア辺境伯領の最高技術責任者(CTO)となっているドルトムが、陽気に手を振って機関車から降りてきた。
「ドルトム! また勝手にやったのか、機関車を走らせるなんて話は聞いてないぞ」
「成功するかどうかわからんから、お主に報告しづらくての。まず試しにやってみようって話で試しにやったらこうなってしまった」
そりゃもう、そうなのかとハルトも呆れて笑うしかない。
ドルトムたちには、鉱山の排水用に蒸気機関を作ってもらったのだ。
その時につい興が乗って、つい蒸気機関車の構造も説明したが、まさか本当に鉄道を造るとは思っていなかった。
もともとアラル山脈の鉱山では鉱物を運ぶのに人力の手押し車は使われていたのだが、それを流用したらしい。
車両も馬車程度で小さく低速で、まだ鉱山と港を行き来するだけの実験段階のものだが、石炭で動く本物の蒸気機関車だ。
ドワーフのファンタジー鍛冶技術は、加工に限界というものがほぼ存在しないチートなので発想さえあれば何でもやってのける恐ろしさがある。
そうして実証実験さえできれば、今度は量産計画に移ることもできる。
「しかし鉄道敷設は、試しにってレベルじゃないだろ」
「また勝手なことをするなとお主に怒られるかの」
そう悪びれもなく言われては、ハルトも肩をすくめるしかない。
新しい技術に触れるのがこの上なく楽しいのだろう。
造った機関車を操って無邪気にはしゃいでいるドワーフの技術士たちを見ていれば、咎める気もなくなってしまう。
「いや、もうドルトムたちには負けたよ。うちの領内なら鉄道はどんどん通せばいいし、なんだったら今度作る予定の造船所で蒸気船を造ってみてもいいぞ」
銃や大砲、そしてガトリング砲の情報がおそらく帝国側に渡ってしまったと判断した段階で、ハルトも腹をくくっている。
そこで、軍事技術の開発を足早に進めているところだ。
これからこの世界の戦争がどうなるか、情勢がどう動くかは、ハルトの
だが、この広大なアリキアを世界より数段階上の技術力と経済力を有する先進地域とすれば、世界がどうなろうと自分たちだけは生き延びられるだろうと考えている。
ハルトによって奴隷的身分から解放されたエルフたち、元来が素朴で陽気な獣人たち、そして酒と物づくりさえしていれば満足なドワーフたち。
この領地の民は、みんなハルトをアリキアの王として崇めている。
先祖伝来の土地を持たない新興の大貴族となったハルトにとっては、同じ人族の住んでいる地域よりもよっぽど安心して統治できる土地であった。
貴族になって統治するなんてめんどくさいとハルトは常々言っていたのだが、こうして自分の街、自分の領民という意識ができてしまうと可愛く感じるものだ。
領民たちは自分のためにせっせと働いてくれるのだから、その分だけいい暮らしをさせてやりたいとも思う。
「蒸気船、帆がなくても蒸気で動く船か。しかし、それを造るにゃ人手も資材もまだまだ足らんな。製造の効率化のために、この前話してた電気っちゅうのを作ってみたらどうじゃ」
こいつ発電所まで作るつもりなのか。
そう言われて考えてみればアラル山脈では石炭やピッチ油がたくさん取れるし、他所の鉱山からも資源をどんどん運び入れているところだから、タービンを回す発電所を作ることも可能か。
「まあその話はずっと先だ。まずは武器の数を揃えなきゃな」
「それこそ、ワシらに任せておいてくれ。この領地のハルト軍団には、発射速度を改良した新型の大砲を四百。ライフル銃を一万二千丁行き渡らせている」
銃は同じ性能の物を揃えたほうがいいので、前に使っていた旧式のマスケット銃にはライフリングを施し、そちらはルクレティア麾下の北方軍に提供しているそうだ。
地味なところでは、ハルトが前にもらったような拳銃も士官クラスには渡しているし、手榴弾も扱いやすくして各部隊に配っているそうだ。
「装備は大事だからな」
「武器と弾薬の製造は、最優先で進めておるからの。最終的には、この十倍はいるんじゃろう?」
「ああ。領民全員に銃を持たせることができれば領地を守りやすいからな」
いざという時に領地の防衛を領民が担当できれば、軍団を攻撃に回すこともできる。
「国民皆兵制というんじゃったか。まあ、この銃を使えば女子供ですらたやすく騎士を打ち取れるから、準備しておくに越したことはないじゃろ」
ライフル銃を撫でながらドルトムは笑う。
「国民皆兵は、あくまで非常の策だ。本当なら使わないに越したことはない」
民兵を使うのは、敵がこのアリキアまで攻め込んできた時のための緊急手段にしておこうと思っている。
現在は騎士や傭兵を中心とした兵制だが、もし国民皆兵制が有効だと分かれば優秀な帝国軍もすぐに真似することだろう。
結果として、また戦争が大規模な物になってしまうだけだ。
「またまた、お主はそう言いながらやってしまうんじゃろが」
「そう見えるか」
働きたくないハルトは常に平和を望んでいるつもりなのだが、必要があれば非常の策もやらざるを得ない。
そして、戦争というものはその必要性を生み出してしまうものだ。
「決めるのはお主じゃ。戦争なんぞやらんで済むに越したこっちゃないんじゃろうけど、領民はお主のためなら戦うじゃろう。ワシとしては、その時のために武器が使えるように準備しておくだけじゃな」
「そうか、いつも助かるよ」
結局のところ、戦争を終わらせようと思えば、敵が戦っても勝てないと思うほどの決定的な勝利を得るしかないのかもしれない。
前世の超大国が、圧倒的な力を持って世界大戦を終わらせたように。
「それより、これから演習じゃから新式の大砲の威力をぜひ見ていってくれ。お主が言っておったように、口径を小さくしてその分速く撃てるようにしたんじゃよ」
いわゆる速射砲だ。
今後は攻城戦よりも、野戦で大砲の撃ち合いとなることを考慮しての改良である。
砲台は小さい方が持ち運びしやすい。
これで、歩兵隊とともに効率的に運用することもできる。
「軍師様、これより演習を開始します」
昔からのハルトの部下、いまや軍団長となったレンゲル兵長が演習の開始を報告しにくる。
「レンゲル兵長。ああそうか、もう軍団長になったんでしたか」
こう見えてレンゲルも、国王から直々に騎士の位までもらっているのだ。
本来なら、レンゲル卿とでも呼ぶべきなのか。
そうハルトが言うと、レンゲルは吹き出した。
「あー兵長でいいですよ。軍師様だって、今更かしこまって閣下とか言われても困るでしょう」
なるほど、自分に置き換えるとそれはよく分かる。
「そりゃそうですね」
「どうせ部下からも、いまだに兵長って呼ばれてるんですよ。まあ、俺に威厳がないのもあるでしょうが、うちの部下には貴族や騎士出身なんてのはおらんですからね」
レンゲルは、そう言って笑う。
ハルト軍団で、まともに騎士としての教育を受けているのは副官のエリーゼくらいのものだ。
ともかくも、領主であるハルトの見守る中、閲兵式の後の軍事演習が始まった。
まずは、歩兵隊の一斉銃撃。
鮮やかに隊列を組む歩兵、大隊長の「撃て!」を合図に目標に向けて一斉射撃。
銃撃の音に空気が大きく震えて、驚いた鳥がバサバサと飛び立った。
なかなか様になっている。
レンゲル兵長の訓練がいいのだろう。
次々に陣を入れ替えて発砲を繰り返す歩兵隊の動きは、整然としたものだった。
続いてエリーゼが指揮する装甲騎馬隊の突撃演習。
「発砲!」
ハルトが開発した鋼よりも硬く、重さも軽い鉄杉の防護服を身につけた装甲騎兵連隊が、颯爽と命じるエリーゼの指揮で
「抜剣! 突貫!」
ドドドドッと馬蹄の音を立てる騎兵たちが、腰のサーベルを抜いて果敢に突撃していく。
あの突撃に巻き込まれれば、歩兵の横隊はひとたまりもなく崩れるだろう。
機動力と突撃力を兼ね備えた装甲騎兵連隊は、偵察から蹂躙攻撃に至るまで様々な状況に対応できるはずだ。
そして、いよいよドルトム自慢の速射砲の威力を見せるときがきた。
前に押し出された四百門の砲台が、次々と発射される様は、まさに圧巻であった。
近くの山に立てた目標の看板が、次々と砕け散っていく。
「全弾命中か見事だな」
双眼鏡で次々に撃ち抜かれる目標を確認しながら、ハルトは唸り声をあげた。
どうじゃどうじゃと、ドルトムは得意げにしている。
速射砲の命中精度もさることながら、それを操る砲兵の巧みさにも目を見張る。
ハルトが褒めると、レンゲル兵長は頭をかいた。
「いえいえ、止まった的くらいは当てないと話になりませんからね」
「そういうもんですか」
知識としてはわかっているもののハルトは直接指揮はしていないので、その辺りの加減はよくわからない。
レンゲル兵長には、前線指揮官なりの苦労というのがあるのだろう。
「一通り訓練はしましたが、まだ実戦を経験したことのない兵士もおりますから、そこは追々でしょうな」
「戦争が始まったようですから、その機会はすぐにでもあるでしょうね」
「あんまり嬉しいこっちゃないですがね」
「そりゃ同感ですね」
ハルトとレンゲルが笑い合っていると、シルフィーがエルフの魔術師団を連れてやってきた。
シルフィーは、新設の魔術師団の団長でもある。
いつもハルトの家にいるがそれは要人警護を兼ねてのことで、シルフィー以外のエルフの魔術師も交代で詰めていたりする。
当然、ルクレティアにも警護をつけているのだが、どうも姫様は勝手に出歩く事が多くてお付きの魔術師は苦労しているそうだ。
「ハルト様、私達魔術師も絶対防御障壁に特化した訓練をしております」
エルフの魔術師たちが、ハルトの眼の前で一斉に魔術障壁を張ってみせる。
「私が試しに斬ってみるわね。でや!」
ルクレティアが鋭い斬撃を浴びせるが、ガリッと火花を散らして耐え抜く。
シルフィーの指示で複数の魔術師が連携して絶対防御障壁を張り、まるで透明な壁があるように何度斬り込んでも刃が通らない。
「あんた、やるわね! まるでオリハルコンの盾でも相手にしてるみたいよ」
「恐縮です」
ハルトは、まるで硬化ガラスのようなその感触を手で確かめながら、やはりエルフの魔法は不思議で面白いなと感心する。
これも日頃の鍛錬の賜物だろう。ハルトは、シルフィーたちを褒め称える。
「シルフィーたちも、さらにできるようになりましたね。これからの魔法は、近代兵器に足りない防御力を補うものであって欲しいのですよ」
「はい! ハルト様のご指示通り、防御魔法だけを高めました」
それでいい。
火力はすでに十分なのだ。
これまで魔術師は攻撃用に使われる事の方が多かったが、これからは激しい撃ち合いになった時に指揮官の死傷率を下げるために特化して使われることが多くなるだろう。
「みんな、本当によくやってくれました。これで、今回の帝国との戦争も戦い抜くことができるでしょう」
ハルトは、居並ぶ自分の部下たちにねぎらいの言葉をかける。
今日の演習は大成功になった。
そこに、早馬でクレイ准将たちがやってきた。
「どうしました?」
「ハルト殿大変です。王国南方軍が大敗北しました!」
「大敗北ですか。まあ、それは予想してましたが」
まずやれば、確実に負けるだろうなとは思っていた。
むしろ、あのミンチ伯爵が指揮していて勝ったと言われる方がビックリするほどだ。
重要拠点であるカノンが陥落したという報告か。
しかし、その程度でクレイ准将自ら慌てて報告しにくるようなことだろうか。
南部中央のニムロス要塞が落とされたか。
いや、このクレイ准将の慌てようは、ローム河でも敵の勢いが押し止められず水都アルルあたりまで突破されたかもしれない。
「ハルト殿、ただの敗北ではないのです。三回ですよ」
「三回ですか?」
意味がわからず、ハルトが聞き返す。
「私もいまだ信じられないのですが、王国本軍からも同様の報告があったので確かでしょう。ミンチ伯爵は三回も大きな戦を戦い、その全てに連敗して戦線を崩壊させました」
「はぁ?」
「すでに、帝国軍は南方軍の本拠地があるバグラム要塞まで攻め寄せているとのこと。このまま放置すれば、南方軍そのものが壊滅しかねない緊急事態です」
バグラム要塞って、ほとんど西の海の近くまで本土を貫通されてるじゃないか。
最後の防衛拠点を除いて、王国南部の全ての重要拠点を落とされたまさに歴史的大敗北。
相変わらず、ミンチ伯爵はこちらの想像を超えてくる。
この短期間に一体何をどうやってやったらそこまで負けられるのかと、ハルトもさすがに開いた口が塞がらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます