第77話「永世の恩賞」

 ハルトは、王の間にいる陛下の元に進み出た。

 本来ならば王の間を彩る豪華絢爛なる王国の宝物は、改革の予算確保のためにほとんどが売り払われてしまっているが、それでもこの大国の主がおわす玉座の間は荘厳な雰囲気に包まれている。


 王の左には、国王派のキース参謀本部総長を始めとした国王派の高級軍人が、右にはフンデル公爵を始めとした門閥貴族派の重鎮が居並んでいる。

 ラウール王は玉座から立ち上がると、わざわざひざまずいているハルトの前に進み出て親しげに話しかける。


「さて、ルティアーナ王国建国始まって以来の大勲功を上げたハルト・タケダに対し、どのような地位を与えたら良いか悩んだのだが、宰相、大将軍、参謀本部総長の三職のうちどれかに推任するというのはどうであろうか」


 三職は、ルティアーナ王国における最高位である。

 それを受ければ、同時にハルトは貴族としても宮中伯に成り上がることになる。


「陛下、お気持ちは嬉しいのですがそのどれも欲しくありません。宰相職は、プレシー閣下にお戻しすべきでしょうし、参謀本部総長は勲功あるキース閣下がそのまま務めるべきだと考えます。私は、今のままルクレティア将軍の軍師で十分です」


 王都の参謀本部ブラックでこき使われるなど冗談ではない。

 ただでさえ、王都は国政改革の影響で慌ただしいので、のんびりとノルト大要塞に籠もっていたい気持ちでいっぱいである。


「ほう、そうであるか。確かにノルト大要塞は王国を守る大事な任地。ルクレティアとともにそこを守るというのは、英雄にふさわしい仕事かもしれぬ」


 ラウール王は少し考え込んだ様子を見せる。

 フンデル公爵たちは、明らかにホッとしている。


 門閥貴族を差し置いて、平民出身のハルトが高い地位に昇るのを恐れているからだ。

 ラウール王は、こっそりとハルトに耳打ちする。


「それはルクレティアと結婚して、いずれ余の後を継ぐということか」

「え、いや、滅相もない!」


 どんな勘違いだと、頭を振る。


「そうか。まだ時期尚早ということであるな」


 ラウール王は、すこしつまらなそうにつぶやく。

 王太子であった第一王子シャルルは戦死し、第二王子オズワールは廃嫡となった。


 もはやラウール王の後を継ぐのは、第一王女のルクレティアしかいないのだ。

 しかし、国民的な人気があるとはいえ、猪突姫などと揶揄されているルクレティアを支持する貴族はまだ少なく王太女として立てるには現状難しい。


 ルクレティアをめとった有力貴族が国王となる可能性も十分にありえるが、それも様々な思惑が相まって王と言えどもおいそれと口にできることではない。

 考え込んでいるラウール王に、ハルトは言う。


「陛下、恩賞をいただけるのでしたら少しお願いしたい儀がございます」

「おお、なんなりと申すがよい」


 それではと、ハルトはエルフの魔術師シルフィーを呼び寄せた。

 高位の貴族や王様を前にして、シルフィーはガチガチに緊張して身を縮こまらせている。


 特に門閥貴族たちは、シルフィーに露骨に敵意の目を向けている。

 王国貴族は、エルフへの偏見が強いのだ。


「お願いというのは、彼女を王国魔術師団の団長にすべきということです。シルフィーは、それだけの実力を有しております」

「ほう」


「それだけでなく、亜人属領を元通りのアリキアの名に戻して、エルフたちを解放していただきたい。そして、エルフの族長の娘である彼女をそこの領主とすべきです」

「ふぇぇ! あ、あのハルト様?」


 突然呼び出されてそんなことを言われたので、シルフィーが一番びっくりしている。


「シルフィーの魔術がなければ、俺達はこんなにスムーズに国王を助け出せなかった。お前は今、全てのエルフを代表してこの場にいるんだ。胸を張ってくれ」


 ハルトは、この機会にシルフィーたちエルフの地位を向上させようとしているのだ。


「ハルト様……」


 ハルトの気持ちを汲んで、シルフィーは血の気の引いた顔を強張らせながらも、懸命に胸を張った。


「黙って聞いておれば、あまりにもふざけた物言いではないか!」


 国の秩序を乱しかねないハルトの発言に、フンデル公爵が激怒した。


「フンデル、控えよ」

「いえ、陛下。これだけは聞き捨てなりません。汚らわしいエルフを貴族にせよと聞こえましたぞ!」


 ハルトは、フンデルの濁った目を見据えて言う。


「そう言ったのです。バルバス帝国はすでに闇の森のダークエルフを解放し、その族長を帝国子爵としています。ルティアーナ王国も旧来の偏見など捨てて、能力のある魔術師を重用しなければ帝国に勝てません」


 王国の秩序を揺るがしかねない発言に、門閥貴族たちは紛糾する。


「最後まで我々に抗った愚かなエルフの処遇は、王国の伝統で最下位に置くと昔から決っている」

「エルフを王国貴族にするなど、それこそ国の滅びだ!」


 ざわざわと騒ぎ立てている門閥貴族たちに、ラウール王は一喝する。


「静まれ!」

「しかし、こればかりは陛下!」


「何も余は、ハルトの申す通りにするとは言っておらんではないか」

「賢明なご判断です」


 さすがにラウール王もそこまで無茶はしないかと、フンデル公爵たちが笑顔になる。


「だが、救国の英雄に頼まれて何もしないわけにはいかぬ。ハルトよ、エルフたちは即刻解放して平民待遇としよう。師団長の件については、これまでがこれまでだ。エルフを魔術師団長にしようとしても、部下が従うまい」


 ラウール王は、一息ついてから言う。


「そこでだ、王領となっている亜人属領をアリキア辺境伯領としてハルトに与えようと思う。そして、その領地のエルフの魔術師たちはそなたの指揮下に置くこととする」

「陛下、なんとおっしゃられるか! 元平民のたかが騎士ふぜいを、辺境伯にするおつもりか!」


 辺境伯とは侯爵にも匹敵し、地方において独自の軍権を持つことも許されている。

 王家の血筋ではない貴族の最高位の一つである。


 そんなことは絶対に許すまじとフンデル公爵たちはまたぞろ騒ぎ立てるが、ラウール王は言う。


「救国の英雄であるハルトに高位を与えるのは、元から決めておったことよ。辺境伯では足りぬぐらいだが、与えるのが亜人属領であれば余の裁可のみでできる。なんなら、そなたら不忠者どもの領地を召し上げて大公爵にしても構わんのだぞ。そこまでしてもよいぐらいの大勲功なのだからな!」

「ぐっ……」


 そう言われると、フンデルたち門閥貴族も黙らざる得ない。

 ハルトとしても、そのまま受け入れられる話とは最初から思っていなかったので、これぐらいが落としどころかと思って「ありがたき幸せ」と頭を下げる。


 国政改革で平民の地位は向上しているので、平民扱いならば虐げられていたエルフたちの待遇も改善されることになるだろう。

 エルフの魔術師がハルトの配下となるなら、それも使いやすくていい。


 聡明なラウール王は、ハルトになるべく自由に動けるように裁量を与えてくれているようだ。

 これなら、もうちょっと欲張ってもいいだろうとハルトは続ける。


「陛下、後一つ、二つ、お願いしたいことがございます」

「なんなりと申すがよい」


「私の部下たちも、王都を解放するのに勲功がありましたので、勲章と恩賞などをお与えいただければと……」

「うむ、よいぞ。勲章だけと言わず、主だった者には騎士爵も与えよう」


 これを聞きつけて、またフンデル公爵が口を挟もうとする。


「そんな平民どもを騎士にするなど!」

「フンデル、貴様いい加減にせよ! ハルトの部下たちは余を救ってくれたのだぞ。その時、貴様や王国軍にいるはずの貴様の息子はどこで何をやっていたのだ!」


 ついに、ラウール王は怒りだした。


「ぐぬぬ、私どもは領地を平定して兵を整えるのに時間がかかっておりまして……」


 フンデル公爵以下、日和見をしていた門閥貴族たちはみんな兵を出さなかったのだ。

 それをラウール王から咎められてしまえば、もうおしまいである。


 フンデル公爵たちの口が止まった隙を見計らって、ハルトが何気ない調子で最後の願いを口にする。


「陛下、私は商売などもしておりまして、免税特権をいただければと思います」

「免税特権とはあれか、教会などに与えているものだな。良いぞ、国王の名に置いてハルトに永世の免税書を発行しよう」


「ありがたき幸せ」


 ハルトは深々と頭を下げた。

 顔を伏せないと、笑いがこらえられなかったからだ。


 門閥貴族たちもあれほど他には騒いでいたのに、免税特権については何も言わないのはその価値がわかってないからのようだ。

 アリキアが手に入ったのも良かったが、ハルトがもっとも欲しかったのが免税特権であった。


 これを持って商売すれば、莫大な富が転がり込むことになる。

 一番欲しかったご褒美をしっかりと手に入れて、ハルトは恭しく王の前から退くのであった。

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